お使いイベント(ガチ)
「間合いの詰め方が甘い!」
「グホッ!?」
まだ日が昇り始めたばかりの早朝。
折角盾を貰うわけだしと親父から盾を使った戦い方を教わっているのだが、まさかの実戦形式な上に容赦がない。
いや神父様も割と容赦ないけど、あの人の訓練ってきついだけで肉体的なダメージはそれほどではないんだよなあ。
そこはやはりよそ様の子供を預かっている立場だからだろうか。
しかし親父の訓練は身内なせいかガチである。
隙あらば手にした剣代わりの棒で殴ってくるし、先ほどは訓練用の木製の盾を構えたままタックルされた。
当然体格的には負けている俺は吹っ飛ばされる。
いや自分でも予想外なほど……地面から両足離れる勢いで吹っ飛んだぞ。
牛かこの親父は。
「ちょ……そんなんありかよ!?」
「盾は守るためだけに使うものじゃないぞ。今みたいに体当たりに使ったり、そのまま殴ることもある」
「盾とは」
え。もうそれ武器の一種じゃん。
というか騎士の戦い的に盾で殴るのはいいのか。
「あとは攻撃を受けるにしても正面からは避けることだな。こう斜めに受けて力を逃すようにだな」
「さっきみたいに体格差ある相手が体ごとぶつかってくるの斜めに受けた程度でどうにかなるのか?」
「ならん」
「ええ……」
あっさり前提翻しやがった。
いや状況に合わせて対応しろって事なんだろうけど。
「受けずに避ければいいだろう」
「そんな簡単に」
「いや真面目な話だな。武器の類を持つとその武器を使うことに固執して、逆に対応の幅が狭まったりするんだ。剣を持ってるからって斬らずに蹴ってもいいし、盾を持っていても攻撃は受けずに避けていいんだ」
「あー」
なるほど。
確かに武器を持っていることの優位性は強いが、だからといってそれに依存したら逆に不利になることもあると。
というか以前親父は神父様の戦い方はある意味邪道だと言ってたけど、親父の戦い方も何でもあり感強くないか。
「そもそもあの人は基本は魔術師で接近戦は心得があるだけで苦手だからな」
「苦手の意味を辞書でひいてこい」
何処の世界にスケルトン砲弾みたいな勢いで殴り飛ばす接近戦苦手な神父が居るんだ。
「いや本当だって。魔術抜きの剣の試合なら俺でも勝率五割は行くぞ」
「基準が分かんねえよ」
それ神父様が魔法抜きなら意外に弱いのか、それとも親父が予想以上に強いのかどっちだ。
というか親父も親父でそんな強いなら何でこんな田舎で農業やってんだよ。
いやそれ言い出したら、そもそも曾爺ちゃんが何で騎士辞めて農業始めたのかって話になるけど。
「さて。朝飯まではもう少し時間があるし、もう一本行くぞ!」
「やるのはいいけどもう少し手加減しろよ!?」
さっきみたいに一撃で終わったら稽古にもならんわ。
そんな抗議も虚しく朝飯になるまでボコボコと殴られ続けた。
マジで容赦ねえこの親父。
・
・
・
「本当に容赦なかったら痣ですんでないでしょ」
「いってぇ!?」
最近自習室と化している教会の一室。
今朝のことについてヴィオラに愚痴ったら、呆れたような目で腕に浮かんだ痣をつつかれた。
何しやがんだこの娘っ子。
「ガーゴイルをメイスで粉砕するような人よ。本気でやったら木の棒でもアンタの骨粉砕されてるに決まってるじゃない」
「何それ恐い」
でも言われてみれば確かに。
まあ俺の全身の骨が粉砕される前に木の棒も折れるだろうけど。
「それにしても神父様帰ってくるの遅くないか? 長くても一週間って言ってただろ」
「もめてるのかもしれないわね。今回の教皇の候補者は支持がほぼ二つに割れてるから」
「え? でも決定自体は多数決でやるんだろ?」
「その多数決で三分のニ以上の支持が必要なの。条件を満たさなかったら、負けてる方が折れるか空気読むまでひたすら繰り返すのよ」
「何その無駄な争い」
最終的に負けてる方が折れるか空気読むなら繰り返す意味は。
そこまでやらないと負けてる方を支持してる側が納得しないのか。
「つまり今の枢機卿は空気読めないやつばっかりだと」
「先生相当苛立ってるんじゃないかしら」
さらっと言ってるが大丈夫かそれ。
八つ当たりで聖都が燃やされないか。
「アンタ先生を何だと思って……」
「おーい。レオン、ヴィオラ! 今暇かい! 暇だね!」
何か言おうとしたヴィオラだったが、突然響いた甲高い声に遮られる。
「……ゲルダ婆?」
「まあ、相変わらず口が悪いねレオン! せめて婆ちゃんと呼びな!」
何事かと振り返れば、そこにはドアを開けて入ってくる背筋が伸びた婆ちゃんに、杖をつきながら歩く腰の曲がったご老人が何人か。
部屋の中の平均年齢が一気に上がった。
「どうしたんだよいきなり」
「今年の春の祭りについて話し合ってたんじゃがのう。神父様が居らんのでおぬしらに直接聞かんといけんことがあってなあ」
そう言うのは歳の割にピンシャンしてるゲルダ婆とは違い、それなりに老けてるマルセル爺。
春の祭りって。いつも豊作祈ってやってるアレか。
「春の祭りには成人してない男女が行う儀式があってなあ。今までは女の子が居らんかったが、今年はヴィオラちゃんが居るじゃろう。良ければ参加してもらえんかと思ってなあ」
「私で良ければ」
そうマルセル爺の言葉にあっさりと了承するヴィオラ。
前から思ってたが、こいつ俺の両親といい年長者相手には態度がやわらかいな。
なんか同年代に恨みでもあるのか。
「ありがとうね。で、レオン!」
「なんだよ!?」
いきなりゲルダ婆にでかい声で名前を呼ばれちょっとビビる。
何で耳が悪いわけでもないのに一々うるさいんだよこの婆ちゃんは。
「儀式には杖を二本使うんだけどね。一本足りないんだよ。それもちゃんと教会で聖別されたものを使うんだけど、神父様居ないしいつ帰ってくるか分からないだろう」
「うん。それで」
「ちょっと街行って買ってきな!」
「軽いな!?」
そんなおつかい頼むノリで行ける距離じゃないぞ。
「何で事前に準備してないんだよ」
「わしらも久しぶりだからそういう儀式があるのスコンと忘れとってなあ」
「マルセルが思い出さなかったら危なかったね」
マジかよ。
この老人会に村の運営委ねといて大丈夫なのか。
「まあ広い街道に出て馬車が捕まりゃ半日もせずに着くよ」
「捕まらなかったら?」
「夜も歩くか野宿だね」
マジかよ。
旅初心者には難易度高くないかそれ。
「心配せんでもロイスを護衛につけるよ。足りないのは男の子が使う方の杖だから、アンタが自分で買って来た方がいいだろうということになってね」
「あーそれなら大丈夫か」
何せ元傭兵だ。当然旅にだって慣れてるだろう。
一日で着く場所なんて散歩感覚かもしれない。
「日にちには余裕があるからのんびり行っといで。社会勉強みたいなもんさ」
「分かった」
まあ確かに俺も村から出たことないし、丁度いい機会かもしれない。
そんなわけで街へとお使いに行くことになった。
どんなとこなんだろうなあ。