盾を貰った
「まあ要するに、自分ができる範囲のことをやれってことだな」
ガーゴイルの討伐も死者を出さず終わったその日の夜。
今日の戦いについて話しながら、燻製肉をつまみつつ上機嫌に琥珀色の酒を飲む親父。
いつもならそんな上等なもん嗜んでいない親父だが、自警団の出動があったときはロイスさんが報酬代わりに酒をくれるらしい。
もっとも親父はあまり酒に強くないので、舐めるようにちびちびと飲んでいるが。
「えーでも神父様の方針だと俺一人で突っ込まされるし」
「そりゃおまえがそれなりに見込みがあるから、今は広く武器の使い方や対応を学ばせてる段階だからだ。村のほとんどの連中は基本は剣術だけで、他は適性がある武器の扱いは一つ二つくらいしか習っちゃいない」
「マジかよ」
え、俺見込みあったの。
我ながら不甲斐なさすぎて半ば呆れられてると思ってたよ。
「まあ手持ちの札が多いのはいいことだ。曾爺ちゃんも戦う前の備えの段階から戦いは始まってると言ってたなあ」
「あー」
そりゃ騎士様だったんだから部下とかも居たんだろうし、余計に事前準備が大事だったろうな。
「そういやあの盾も曾爺ちゃんのか? なんかいかにもな紋章入ってたけど」
盾の中央に描かれていたのは、逆三角形の盾の図形の周りを囲うように配置された翼の生えた獅子やら兜やら。
見るからにお偉いさんが使ってそうな紋章だ。
「おう。騎士にとって盾は剣と並んで重要なものらしくてな。同期のことを盾仲間なんて呼ぶんだと。それに戦場では盾の紋章で敵味方を識別することもあるらしくてな。紋章見て何処の誰だか判別する紋章官なんて役職もあるらしいぞ」
「ええ……それ目立つんじゃ」
「騎士は目立ってなんぼだろう。まあ魔物が出始めてからはあんま意味ないんで隠す人間もいるそうだが」
確かに魔物相手なら敵味方の識別を紋章に頼る必要もないだろう。
いや有名人なら味方の鼓舞に使えるかもしれんけど。
「そういやあの盾ってカイトシールドとかいうやつでいいのか?」
「いやヒーターシールドらしいな。形は大体同じだが」
※豆知識
カイトシールドは主に馬上での戦いを想定した盾であり、足元までカバーするために逆三角形の形をしているとされる。
対してヒーターシールドは鎧の発展により足元の防御力が上がったため守るべき範囲が減り、カイトシールドを扱いやすく小型化したものである。
小型軽量化されたためヒーターシールドは歩兵が運用することも多い。
「ちなみにカイトシールドのカイトは凧の形に似てるからで、ヒーターシールドのヒーターはアイロンのことらしい」
「カッコ悪!?」
あんないかにも騎士が持ってそうな盾なのに名前それでいいのか。
いやゴーデンダッグといい武具の名前ってそんなもんなのか。
「だが盾が使いようで便利なのは見れば分かっただろう。剣で防御するのにも限度があるし、何より攻撃の手が止まるからな」
「あー」
確かにあの後も親父はガーゴイルの攻撃を何度か防いでいたが、高確率で盾で攻撃そらしながらカウンターを決めていた。
あれは確かに剣一本でやるのは難しい。
「まあ今回はヴィオラちゃんが居たから無理してこっちから攻撃する必要はなかったんだけどな。魔術師なしでもああやって倒せるという実例をおまえに見せてやろうかとな」
「俺のためだったのかよ」
確かに一時とはいえヴィオラの守りが疎かになるのにガーゴイルをタコ殴りにしてたが。
というかカウンター決めるまではともかく、その後相手を一方的にメイスで蹂躙するのは果たして騎士の戦いなのか。
「人間相手ならまだしも魔物にはらう敬意も誇りもねえって曾爺ちゃんが言ってた」
「マジかよ」
要するに元騎士な曾爺ちゃんも魔物相手なら残虐ファイト上等だったと。
まあ言葉も通じず交渉もできないんだから、お上品に戦ってもこっちが危なくなるだけか。
「あの盾はまだまだ俺が使うからやれないが……そうだ、俺が若い頃に使ってた盾をやろう」
「それあのカッコいい紋章入ってる?」
「入ってない」
盾をもらえると聞いて少し期待したが、あっさり否定されちょっと落ち込んだ。
まあ実際に冒険者になっても使うと考えたら、あんな分不相応な紋章入りの盾とか騒動の種にしかならないか。
そう考えた紋章が後に自分を救うとはこの時は思ってもいなかった。