倒せないどころか相手にされない
ロイスさんに言われ家へとクロスボウを取りに戻ったわけだが、もうこの時点で何が来たのかは大体察しがついた。
だって何か飛び回ってるし。
村を覆っているらしい結界まではそれなりに距離があるが、明らかに鳥とは違う影が数え切れないほど居る。
人型で、しかし顔は人のそれとは違い猿と豚をあわせたみたいに醜く、背からは蝙蝠みたいな翼が生えている。
「……悪魔?」
「ガーゴイルだ」
クロスボウを持ってそのまま結界の方へと行けば、既に到着していたらしいロイスさんが俺の疑問に答えてくれた。
※ガーゴイル
石のような体を持った、あるいは石像そのものが動き出した怪物。魔物ではなく「ガーゴイル型のゴーレム」である場合も。
原型はガルグイユという退治された際に首を市街に晒された水を吐く竜であるとされる。
その原型からも分かる通り美術、建築的にはガーゴイルは雨水などを集めて排水する雨どいを指す言葉であり、その機能を持たない単なる石像などは厳密にはガーゴイルではない。
「え? じゃああの魔除けっぽい石像は何て呼ぶんですか」
「……知らん!」
「そんな堂々と!?」
胸張って言いきりやがった。
いや嘘八百教えられるよりはいいけれども。
「グロテスクよ」
「なんて?」
いきなりグロテスクとか言い出したヴィオラに思わず聞き返すが、何か考え込んでいるのか返事が返ってこない。
もしかして悪魔の石像がグロテスクなのか。
「どうだヴィオラ。いけそうか?」
「私が使える一番強力な魔術を使えれば一気に数を減らせそうですけど、結界越しには使えないので外に出る必要があります」
「……そうなったら奴らも殺到してくるだろうな」
そう言って渋い顔をしてバリバリと頭を掻くロイスさん。
今もこちらの様子を窺うように飛び回っているガーゴイルたちは、速すぎて数え切れないが少なくとも十は越えているだろう。
そんな数が一気に殺到したらヴィオラが詠唱が終わるまで対処できるはずがない。
確か強力な魔法ほど詠唱が長いらしいし。
「あれ? 魔法がだめでもクロスボウなら結界越しに撃てるんじゃないですか?」
「じゃあ撃ってみろ」
「ええ……」
提案はあっさり通ったが、どうせ無理だろうな感にあふれている。
どういうことだよと思いながら、それでもクロスボウを手に取りガーゴイルへと狙いを定めたのだが。
「……」
遠目にもそれなりの大きさなのに、普段見かける鳥やらよりも速いのではないかという速度で飛び回るガーゴイルたち。
しかも直線的な動きではなく弧を描いたり、かと思えば突然体をひるがえし方向転換するやつまでいる。
「……当たる気がしない!?」
「だろうよ」
「そもそもアンタ動体標的に当てる訓練してないでしょうが」
「はい?」
ヴィオラの言葉にどういうことだと聞き返せば、射撃武器で固定標的に当てるのはある意味初歩で、動いてる相手に当てるにはさらに技術力や予測、知識が必要とされ一朝一夕でできるものではないらしい。
以前逃げているゴブリンにあっさり当てられたのも、上下左右には動かずこちらに背を向け真っすぐに逃げていたからだろうとも。
「それに当たったところで……ちょっと貸してみろ」
「え、はい」
ロイスさんに言われてクロスボウを渡すと、そのままガーゴイルたちが飛び交う空へと狙いを定め始めた。
「そこだ!」
そして十秒ほどたったところで矢が放たれたのだが……。
――カキンッ!
「は?」
一体のガーゴイルに当たったように見えた矢は、しかしあっさりと弾かれてぽとりと地面に落ちた。
「……硬いな。魔法生物かゴーレムタイプでも魔術で強化されてるやつか」
「そもそもそゴーレムタイプだと急所がないから点の攻撃はあまり意味がありません」
「ちょっと待って」
もしかして元が石像のタイプのガーゴイルと同じくらい生物タイプのガーゴイルも硬いのか。
何でできてるんだよその生物。
「こりゃ自警団を全員招集するしかなさそうだな。レオン!」
「はい!」
「帰っていいぞ」
「そうきたか!?」
名前を呼ばれたので何か役割をもらえるのかと思えば、あっさりと戦力外通告を受けた。
いやある意味当然だろうけど。
この村の自警団員って長年神父様の訓練受けてる俺の上位互換ばっかりだろうし。
「ち、ちくしょー!!」
「気をつけて帰れよー」
結果。クロスボウすら弾き返す奴に何かできる気がしないので、悔しいけど涙の撤退。
神父様が帰って来たらガーゴイル倒せる方法教えてもらって見返してやるんだ!
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「何か役割あげた方が良かったんじゃ……」
「役割っつってもなあ。今回のメインはおまえさんでやれることなんざ壁くらいだ。俺らも含めてな」
レオンが去った後。
その様子を半ば呆れたように見ていたヴィオラの言葉に、ロイスは肩をすくめながらあっさりと否定を返す。
「まだ経験の浅いあいつに他人の面倒まで見る余裕はないだろ。逆に他の奴らに守られるのが目に見えてる」
「でも……」
「まあ今頃あいつの親父が家で準備してる頃だろうからな。ケアは親に任せとけ」
「ルインさんが?」
レオンの父であるルイン。
丁度ヴィオラの母と同年代らしく、この村に母が来たときのことを語ってくれたが、温和そうでレオン以上に戦いに向いてなさそうな人だったが。
「人は見かけによらないってな。それにもしかするともしかするかもしれんからなあ」
「?」
そう言って笑うロイスにヴィオラは意味が分からず、しかし悪いことにはならないのだろうという気がした。