何か来た
神父様が出ていった次の日。
「……暇」
まだ一日しか経ってないというのに、俺はいつもなら神父様に勉強を見てもらっている教会の一室で暇を持て余していた。
いやだって神父様がいざという時にすぐ駆け付けられないからと、危険な訓練の類は禁止されてるし、西の森の持久走もできない。
かといって勉強をしようにも神父様がいないから効率が悪いしと、できることが殆どない。
改めてこの村の田舎っぷりを思い知らされた。
まさか神父様が居なくなるだけでここまでやることがなくなるとは。
「それ見張る人がいないからサボってるだけじゃない」
「うぐぅっ!?」
そんな愚痴をもらしたら、隣で何かの本を読んでいたヴィオラに思いっきり正論を叩き込まれた。
いやだって実際分からないとこあっても聞く人いないから全然勉強進まないし。
「聞かなくてもある程度分かる分野やればいいでしょう。アンタ冒険者になりたいのに地理とか歴史さっぱりじゃない。覚えとかないと痛い目見るわよ」
「なんでおまえ俺の不得意分野把握してんだよ」
確かに俺は暗記系の勉強はさっぱりだ。
じゃあ何が得意かって?
……やっぱり冒険者なら体を動かせるようになっとかないとな!
「あーそういや神父様が東大陸とか南大陸とか言ってたけど、ここって何大陸なんだ?」
「……」
「そんな未確認生物発見したみたいな目で見んなよ」
いやマジで何その目。
ヴィオラに呆れた目を向けられることには慣れてるが、そんな不可解そうな目をされたの初めてだぞ。
「……それって田舎なら当たり前の認識なのか、アンタが桁外れに世間知らずなのかどっちなのかと思って」
「ゴメン。俺が世間知らずなだけだと思う」
なるほど。そういう反応か。
そこで俺が世間知らずだと断定しないあたり案外優しいなヴィオラ。
実際俺が世間知らずなだけだからその優しさを俺自身が無意味にしてしまっているわけだが。
「はあ。ここは南大陸よ。その中でもこの村は大陸のほぼ中央にあるわね」
「へー。……あれ? じゃあ神父様がわざわざ南大陸出身って言ってたの何でだ?」
「先生みたいな黒髪に黒い肌の人間は北大陸に居るのよ。でも先生はそこの出身じゃなくてこの大陸の生まれってこと」
「あんな目立つ人が沢山いるのかよ北大陸」
逆に北大陸には沢山いるから目立たないのか?
いや、そもそもその人たちも神父様みたいに服まで黒尽くめではないだろうけど。
「ちなみに先生が出かけていった教会の本部はこの大陸の西の端にあるから、本来ならそんなに短時間で行って帰って来れるような距離じゃないの。途中に険しい山脈があるからそこで力尽きる旅人も多いし」
「ひえー恐いな」
「だからそういう地理を分かってないのにふらついたら死ぬって言ってるのよ」
「……なるほど!」
地理を覚える事の大切さがよく分かった。
せめて次の目的地までどれくらいかかるかくらい把握してないと、それこそ迷うか食料尽きて死ぬな。
「ヴィオラ! 居るか!」
「はい?」
そんなことを話していたら、突然部屋の扉が開いて大きな影……ロイスさんが駆け込んでくる。
何事だ。
というか走り込んできたのにドア開けるまでめっちゃ静かだったぞ。
森の中での擬態といい本当にただの元傭兵かこの人。
「どうしたんですか」
「魔物の群れが出た。結界があるからわざわざ神父様を呼び戻すほどじゃないが、居座られても面倒だ。殲滅するの手伝ってくれ」
「分かりました」
「ロイスさーん。俺は?」
ロイスさんの言葉にあっさりと頷いて立ち上がるヴィオラだが、隣にいる俺が居ないかのように扱われてるのは何でなんですかね。
「おまえはいらん」
「マジかよ」
情け容赦なくぶった切られた。
いやちょっと待って。俺だって何かの役に立つだろ。
接近戦させるのが不安だっていうのならクロスボウだって使えるし。
「あーいや待てよ。確かに一度戦わせるのもありか?」
「もうその言葉の時点で負けるのが目に見えてるわね」
「ええ……」
駄目もとでけしかけられるとか何が来たんだよ。
神父様曰くクロスボウは甲冑や場合によっては分厚い盾も貫通するらしいから、大抵の魔物には効くだろうに。
「いや上手く当たれば効くだろうが……まあ見りゃ分かるだろう。さっさとクロスボウ持ってこい」
「了かーい」
そんなわけでクロスボウすら歯が立たないらしい何かと戦うことになった。
マジで何が来たんだよ。