いじめカッコ悪い
「あーやっと終わった」
「お疲れさま」
日課となっている森耐久マラソン。
いい加減慣れてきたと思ったら、さらに距離を伸ばされるということが繰り返され、なんかもうその内に森の向こう側まで突き抜けるんじゃないかという気がしてきた。
というか相変わらずヴィオラが付いて来てるんだけど、身体能力は強化されてるにしても疲労までなさそうなのはどういうことだ。
歩くのと同程度しか消耗しないにしても、ちょっとした散歩という距離や時間じゃないぞ。
「腹減ったなあ。さっさと帰るか」
「私も教会に帰るわね。先生に報告もしておくわ」
「おう。サンキュ。って、そういえばヴィオラの分の飯も神父様が用意してんだろ? やっぱり質素だったりするのか?」
「それどころか『成長期なのだからもっと食べなければいけませんよ』って勧めてくるわよ。そのせいでここに来てからどんどん食べる量が増えて……」
「お、おう」
そうどこか悲愴な表情で言うヴィオラ。
もしかして俺の長距離走についてきてるのって、食べ過ぎた分消化するためなのか。
神父様は純粋に善意で勧めてるんだろうけど。
「まあとりあえず村に帰……あれ? 馬か?」
「え? この村牛はともかく馬は飼ってないでしょう」
そういうヴィオラだが、実際村とは別方向の平野に馬がいる。
遠目にも目立つ白色で、なんだかどんどん大きくなって……?
「うおっ。こっち来てる!?」
「あれは……ユニコーンだわ」
「はあ!? なんでそんなもんがここに居るんだよ!?」
そう驚いている間にも馬――ユニコーンは接近を続けそのままぶつかってくるのかという勢いだったが、数歩手前で突然減速すると、ゆったりとした足取りで近付いてくる。
……俺を素通りしてヴィオラに。
「……伝承通りね。私も初めて見たんだけど」
「あー乙女にしか懐かないんだっけ。というか本当に角生えてんだなあ」
少し戸惑った様子のヴィオラに対し、お構いなしに甘えるようなしぐさをするユニコーン。
その額からは捩れたような形状の長い角が生えていて、それでヴィオラを傷つけないようにするためか顔を横に向けてすりつけている。
「でもこれどうすれば……ちょっと! 少しは加減して……」
しかしかなり強い力で顔をすりつけているらしく、徐々にヴィオラのローブがズレて捲れ始めている。
何やってんだこのエロ馬。
「おまえいい加減離れろ!」
「え? ちょっと待ってレオン!?」
流石にこれは傍観できないので、ヴィオラからユニコーンを引き剥がそうとしたのだが……。
※豆知識
ユニコーンは純潔の乙女を好むため貞淑や神聖な象徴とされることもありますが、非常に気性が荒く自分の倍以上の大きさの動物にも挑みかかり、その角の一突きは象をも絶命させるとされています。
また相手が女性であっても処女でないと分かると怒り狂い殺してしまうなど危険な側面も持ち、その凶暴性から悪魔の象徴として扱われることもあるほどです。
要するに処女以外が近付いたら死にます。
「こ、このエロ馬の癖に……」
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
ユニコーンをヴィオラから引きはがそうとしたものの、俺が邪魔しようとすることに気付いたのか突然顔をこちらに向け、その長い角で攻撃してきやがった。
当然俺も剣で応戦したが、首振ってるとは思えないほど角の先端の速度があり普通に負けた。
というか何で角なのにこんなに切れ味がいいんだよ。
角がかすめたところの服が薄く表皮と一緒に斬り刻まれたし、直撃は避けたけど表面えぐられたらしく左の二の腕から凄い血が出てるし痛ぇ。
ともかくコテンパンにやられて自分ではどの程度の怪我か把握しきれないが、少なくともいつもなら呆れてるヴィオラが焦るくらいヤバい。
「あっ、ちょっとやめなさい! どうすればいいのよこいつ!?」
そして俺を一方的にボコりやがったユニコーンは、またしてもヴィオラにすりより甘え始めている。
角をヴィオラに当てないようにするために顔は横を向いているわけだが、そのせいで俺から見える目が明らかにこちらを馬鹿にした色を帯びている。
マジでぶん殴るぞこのエロ馬。
「何事ですか!?」
俺たちに何かあったのを察知したのか、突然地面に魔方陣が浮かび上がったと思ったらそこから姿を現す神父様。
何か当たり前のように瞬間移動してきたけど、それ伝説クラスの凄い魔法じゃないんですか。
「レオン……にヴィオラ……」
そしてズタボロな俺を見て一瞬固まり、さらにユニコーンにいいようにされているヴィオラを見て大体察したらしい神父様。
――その日。魔王が降臨した。
「どきなさいヴィオラ。狙いがズレます」
「落ち着いてください先生!? 先生が本気でやったら地形が変わっちゃいます!」
何か右手から禍々しい光を放ってる神父様と、縋りついて必死に止めるヴィオラ。
その先ではユニコーンが馬なのに腰を抜かして転がっており、そのすぐそばから森の奥まで、さっき神父様が放った衝撃波っぽいもので削られた扇状の断層が広がっている。
ヴィオラが言ってた魔法使いが本気出したら周囲が更地になるって本当だったんだなあ(現実逃避)。
「レオン! 課題です! あの腐れ馬をぶち殺しなさい!」
「神父様言葉選んで!?」
完全にキャラ変わってる神父様に思わずつっこんだ。
何でここまで怒ってんの神父様。
俺をけしかけるということは、俺がやられたことよりヴィオラが好き放題されたことに怒ってるのか?
「い、いやでも全然勝てる気がしないというか……」
「こうして生きてるという事はユニコーンの攻撃はある程度避けられましたね。それなら簡単に勝つ方法があります」
「マジで!?」
何で攻撃避けられたら簡単に勝てるの。
多分そこまで考えて勝てって事なんだろうけど。
そしてそこを話さないという事は課題は建前だけじゃないし、腹いせで俺をけしかけるわけでもないらしい。
「ふっふっふ。せいぜい首を洗って待ってなさい馬」
「いやもう降伏のポーズとってますけど」
神父様に睨まれて、地面に転がったまま腹を見せて必死に首を振っているユニコーン。
これ俺が改めて倒す必要ある?
ともあれ神父様からユニコーンを倒せという課題をいただいた。
当のユニコーンに戦意残ってるか怪しいけど。