宝箱が爆発した
その日は普通の――スライムが出たとかゴブリンに襲われたなんてことはない普通の日だった。
「あれ? 神父様は?」
「んー?」
教会にあるいつも勉強を教えてもらっている部屋にいつも通りにやってきたのだが、そこに神父様はおらずヴィオラが一人で手を動かさずにお手玉をしていた。
何を言ってるんだと思われるだろうが俺も何やってんだかよく知らん。
なんでも魔力で玉を浮遊させているらしいので多分訓練の一環なのだろう。ヴィオラは暇になるといつもこれをやっている。
つまり話してる最中にヴィオラがこれをやり始めたら「おまえの話つまんねえ」という意味だ。
そして悲しいことに割と頻繁にこの不動のお手玉は発動する。
だって性別違う上に性格まで噛み合わないんだから世間話も噛み合うわけねえじゃん!?
村に同年代の子供が他に居ないって理由がなければ間違いなく俺相手にされてないぞ。
「なんか調べものがあるから少し離れるって」
「え? 神父様が調べものとかすんの?」
「アンタ先生を何だと思ってるの」
「生き字引」
いや本気で。
だって俺が何か質問したら神父様即座に答えてくれるぞ。
考えたら分かることだと「自分でよく考えなさい」と言って敢えて教えてくれないこともあるけど。
それはともかく。
「さっきから気になってんだけど、何だそのあからさまな宝箱」
そう。部屋に入ったときから気になっていたのだが、いつも神父様が使っている机の上に「いいもん入ってんぜ!」と全力で主張してる宝箱が鎮座している。
主な素材は木だが枠組みと鍵穴付近は金属製といういかにもな宝箱だ。
こんなものを見て手を出さずにいられる男の子がいるだろうか。否。いるはずがない。
「アンタねえ。怒られても知らないわよ」
「大丈夫だって。壊すわけじゃないんだし」
頭ほどの大きさのそれを片手で支えながら蓋を開けようと試みたが、鍵がかかっているらしくビクともしない。
本来ならここで諦めるのだろうが、宝箱のそばにはあからさまに古びた金属製の鍵が。
なるほどこれかと見た目の割にはずっしりとしたそれを手に取り宝箱の鍵穴へとつっこんだのだが、何かがひっかかっているのかそれとも別の物の鍵なのか回らない。
それでもどうにかならないかとガチャガチャと鍵をこねくり回していたのだが――。
「……え?」
「やば!?」
突如宝箱の隙間から木漏れ日のように光が出たかと思えば、次の瞬間轟音と共に衝撃が走り教会が派手に揺れた。
・
・
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「……私の不注意ですね」
しばらくして。
爆発音を聞きつけたのか扉を蹴破るようにしてやってきた神父様だったが、部屋の中の惨状と俺が手にしているもので瞬時に察したらしく、そう言って片手で顔を覆いながら項垂れた。
やめて!?
俺が事の元凶なのに怒られずに反省されたら居たたまれなくなる!?
「しかし爆発自体の威力はともかく二次被害の可能性もありましたし……ヴィオラは無傷のようですね」
「はい。障壁をはりました」
「素晴らしい。咄嗟の判断で詠唱を破棄した上で十分な強度の障壁の展開。身を守ることに関してはもう一人前といっていいでしょう」
「ありがとうございます」
俺がやらかしたせいでヴィオラが一人前になってしまった件。
障壁なんぞはれない一般ぴーぽーな俺は髪の毛の先が軽く焦げてるんですが。
いや髪の毛焦げた程度で怪我らしい怪我なかったけど。
「この宝箱の罠は殺傷よりも音と光で警告を発することが主な目的ですからね。先ほどの爆発が敵地で起きたらどうなると思いますか?」
「敵が殺到します」
うん。というか敵じゃなくてもさっきの神父様みたいに「何事だ!?」とすっ飛んでくるわ。
使いようによっては囮にもなりそうだけど。
「ほう。そういう発想が出るとは。やはりレオンは冒険者向きですね」
「先生。勝手に人のモノ触って爆発させたのは叱った方がいいと思います」
俺の感想に何やら感心する神父様と、挙手をしながらジト目で俺を非難するヴィオラ。
神父様常識を投げ捨ててるところあるから弟子のはずのヴィオラが軌道修正することが結構ある。
あと爆発したはずの宝箱だが、普通に原形を留めたまま机の上に残っている。
どういう仕組みだよ。
「これは魔術のかかった宝箱ですからね。普通より頑丈ですし、先ほどのように不正な手段で開錠を試みると爆発します。知り合いに頼まれて作ったのですが、はからずも効果は実践できましたね」
「何でそんな手間暇かけてんですか」
「鍵というのは安物だと少し知識があれば簡単に開けられるんですよ。この宝箱も基本を知ればレオンでも五秒で開けられます」
「マジで!?」
それ鍵の意味あんの?
いや、ないからわざわざ魔術でトラップ仕掛けてんだろうけど。
「一般的に普及している鍵はウォード錠というのですが、これは鍵穴の中に障害物があり、適合した鍵でないとその障害物にひっかかり回らないようになっています。逆に言えば障害物さえ避けられるなら厳密に鍵の形状が一致しなくてもいいのです。ものによっては先端を曲げだだけの針金でも開きます」
「意味ねえ……」
「その意味ないもの爆発させたのアンタでしょうが」
「うぐ!?」
ヴィオラの呆れたような言葉に俺の繊細なハートが大ダメージ。
だって宝箱が爆発するとは思わないじゃん!?
「レオン。それは違います。ダンジョンに中身が入ったまま放置されている宝箱など最初から開けられることを前提としているものです。九割以上は罠ですし中にもろくなものは入っていません」
「子供の夢を壊さないで!?」
ダンジョンの宝箱って冒険の一番と言ってもいいわくわくポイントじゃん!?
当たりが一割以下ってもう開けることが罰ゲームじゃん!?
「レオン。逆に考えなさい。貴方がダンジョンを作るなら良いものが入った宝箱を無防備に置いておきますか?」
「置きません」
子供の夢という名の駄々は一言でさらに粉砕された。
むしろ俺なら何も入ってない宝箱を大量に設置するな!
「もちろんウォード錠の中にも素人では手が出ないような複雑なものもあります。その場合障害物が複雑になるのに合わせて鍵の形状も複雑になるので、その複雑さに芸術性を見出し職人にオーダーメイドで鍵を作らせて自慢し合う貴族たちもいます」
「貴族って暇なんですか?」
大事なもんしまうための鍵を自慢するって本末転倒してないか。
貴族だから宝箱の鍵とかじゃなくて自分の屋敷の鍵とかか?
いや自宅の鍵を自慢し合うってますます意味が分からねえ。
「貴族というのは大抵酔狂な趣味があるものですよ。そして冒険者というものはその酔狂な趣味の貴族たちの金払いがいいから存続できている部分もあるので馬鹿にしたものではありません。といいますか一般的には冒険者そのものが酔狂です」
「もうやめて!?」
神父様俺を冒険者にしたいのか諦めさせたいのかどっちなの。
「そうですね。丁度いい教材もありますし、レオンにも開錠のコツを教えておきましょうか。もしかすれば旅先で人助けのために勢いで貴族に逆らって投獄されるかもしれませんし」
「何その具体的な予想!?」
というか脱獄推奨していいのか聖職者。
いやこの人相手に正当性がなかったら貴族相手でも殴り込みに行きそうだけど。
「先ほども言ったように開錠自体は簡単ですが、障害物に一定以上の刺激を与えると爆発するので難易度はそれなりに高いですよ」
「なんでそれなりに高いやついきなりやらされるんですか!?」
結局そのまま開錠の授業となったわけだが、神父様の言った通り鍵を開けること自体は針金で簡単にできたが、鍵と違ってろくに固定されない針金を障害物に触れずに回すというのが予想以上に難しく、十から先は数え切れないレベルで爆発した。
爆発自体の火力は低いので怪我はしなかったが、もし俺が短髪だったら丸坊主になったであろうほど髪が焦げてちょっと泣いた。