ゴブリンを倒した
「よっしゃー! ついにゴブリンを倒すぞ!」
「小声で叫ぶとか器用ね」
ロイスさんから事前に知らされたゴブリン潜伏地点が近いので声を潜めながらも気合を入れる俺に、呆れたような視線を向けてくるヴィオラ。
……なんか最近この視線に安心するようになってきた俺はもう駄目かもしれない。
それはともかく。
神父様の訓練も一応終了し、こうしてゴブリン退治に出向いているわけだが、ヴィオラが同行しているのはいつものお目付け役……というわけでもない。
「うを!?」
「来たわね」
そうしてしばらく身を低くして進んでいたのだが、不意に風切り音がして俺たちの頭上を矢が通り抜けていく。
とはいえその狙いはわき目もふらず身を晒して逃げていた時のそれとは違い全く見当はずれな方向で、恐らくは音と草の揺れなどから大雑把にこちらの居場所を予想して撃ってきたのだろう。
以前の俺だったらそれだけで混乱していただろうが、今なら矢の飛来した方向から敵の位置を推測する余裕すらある。
同時に神父様が「ぽんぽん撃つな」と言っていた意味も実感する。
相手からすれば自分の位置を教えているようなもんだしなあ。
「よーし。気付かれないように回り込むぞ」
「はあ。何で私が」
そう愚痴りながらもちゃんとゴブリンたちに見つからないよう伏せながら付いてくるヴィオラ。
何でかと言えば今回はヴィオラにも役割があるからだ。
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クロスボウと森での戦いの訓練を始めてしばらくして俺は悩んでいた。
何とか森の中で敵(神父様)を見つけるのには慣れてきたが、相変わらずクロスボウは扱いづらい。
かといって俺が普通の弓使っても矢が真っすぐ飛ばない。
せめてもう少し矢の装填が楽にならないかなあと。
「それは難しいでしょうね。訓練を重ねれば少しはマシになるでしょうが、劇的に早くなることはないでしょう。どうしても力が要りますからゴリラでもないと手早くというのは無理ですね」
「ゴリラ?」
「東大陸の奥地の森にいる猿の仲間ですよ。普通の猿より体が大きく力が強いですが、争いを好まず温和な性格のため森の賢者と呼ばれています」
「賢者とは」
力が強いのに賢者。……それ神父様では?
神父様はゴリラだった?
「ちなみに私は南大陸の出身でゴリラの仲間ではありません」
「あ、はい」
口には出さなかったのだが察したらしい神父様から笑顔で訂正が入った。
というか東大陸とか南大陸ってなんぞ。
俺自分が居るのが何大陸かすら知らないぞ。
「でもやっぱり連射速度でゴブリンに負けてってあー!」
「何叫んでるのよ」
ゴブリンは力自体は人間と大差ない。
なのに俺たちを襲ったやつは今の俺とは比べ物にならない間隔で矢を連続して撃って来ていた。
そこから考えられる予想に声をあげた俺を、相も変わらず呆れたような目で見るヴィオラ。
この娘っ子。この反応からして最初から気付いてたな。
何で言わなかった……つったら神父様に言われて俺に自分で気付かせるためなんだろうけど。
「気付いたようですね。ではそれに対する方法も分かりますね」
「はい! ヴィオラを連れていけばいいんですね!」
「何で私!?」
神父様に聞かれて元気よく答えた俺に今度はヴィオラが叫んだ。
何でて。
「え? 他の人に頼んだ方がいいですか?」
「私としては万が一に備えてヴィオラが付いてくれた方が安心なのですが」
「うぐ!?」
俺はともかく尊敬しているらしい神父様に言われてぐうの音が出てるヴィオラ。
いや本当珍しいなこいつがここまでやりこまれてるの。
そういうわけで神父様からも言われて、今回のゴブリン退治ではヴィオラも重要な役割を果たすことになったわけだ。
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「クソッ外した!」
おおよその位置も分かり手近な木の影で身を潜めながらずっと相手の出方を窺っていたのだが、藪の中から出た緑色の顔を確認し撃った矢は、逸りすぎたのか狙いから僅かにズレてゴブリンの横顔をかすめていった。
しかしゴブリンはゴブリンで突然の狙撃に混乱しているのか、藪から顔を出したまま周囲を見渡している。
正に隙だらけ。攻撃するなら今。
だがクロスボウの矢の装填には時間がかかる。
ならどうすればいいのか。
「ヴィオラ」
「はい」
撃ち終えたクロスボウをヴィオラに差し出し、代わりにもう一つのクロスボウを受け取る。
そう。装填に時間がかかるなら最初から装填してあるクロスボウを複数用意すればいいじゃないか作戦だ!
なおもう一つのクロスボウの購入費も神父様が用意してくれた。
……いい加減教会の掃除だけでは返せないくらい恩がたまってきているのだが俺はどうすればいいのだろうか。
「落ち着いて。ゆっくりと。絞るように」
勢いよく引鉄をひいて狙いがズレないよう、慎重に指に力を込めていく。
「ぎぃぎゃああ!?」
「よし! ってまだ動けるのかよ!?」
そして狙い通りに飛んでいった矢はゴブリンの顔面に突きたったのだが、当たり所がよくなかったのか、顔から矢を生やしたゴブリンは倒れることなくこちらを睨めつけてクロスボウを構えてくる。
二つ用意していたクロスボウはどちらも撃ってしまった。
だがまだだ。ここで付いて来てもらったヴィオラが重要な役割を果たすのだ。
「重要な役割ってただの矢の装填係じゃない!?」
「口より手ー動かせー」
「やってるわよ!?」
「おう。サンキュー」
さっき俺に器用だとか言ってたくせに、自分も小声で叫んでるヴィオラからクロスボウを受け取る。
そう。クロスボウが二つあるなら片方撃ってる間にもう片方に矢を装填してもらえばいい。
というかこの方法は割とポピュラーなもので、騎士なんかもクロスボウを使う時は従者などに装填を任せることがあるらしい。
「これで!」
顔に矢を受けたゴブリンは怒りと痛みに我を忘れているらしく、明後日の方向に矢を放っても苛立たし気にこちらを睨んでいた。
もうここまできて外す方が嘘だ。
「ぎぃっ!?」
「よっしゃ!」
今度こそ狙い通りに標的を貫いた矢は一瞬でゴブリンを絶命させたらしい。
さきほどとは違う途切れるような短い悲鳴をあげ、ゴブリンが藪の中に崩れ落ちる。
だがまだだ。
今回俺はヴィオラに矢の装填を任せたからクロスボウを比較的短時間で連射することができた。
ならそれに匹敵する速度でクロスボウを撃っていたゴブリンは?
「おお。逃げてる逃げてる! ヴィオラヴィオラ!」
「分かってるわよ名前連呼するな!?」
ゴブリンが沈んだ藪が激しく揺れ動き、周囲の草場をかき分けながら何かが遠ざかっていく。
その何かを、ヴィオラからクロスボウを受け取り即座に追いかける。
そう。ゴブリンは最初に神父様が予想したような単独ではなかった。
しかしこちらを包囲できるほどの数ではない。
恐らくは俺とヴィオラがやっていたのと同じように、ペアを組んでクロスボウを撃つ係と矢を装填する係に分かれていたのだろう。
だからあんなに撃ってくる間隔が短かった。
「よし。一匹だけだな」
倒れたゴブリンがいた藪を踏み越え、相手が逃げた方向を確認すれば、緑色の肌をした小さな人影が背を向けて必死な様子で逃げていた。
本当に隙だらけだ。
でもきっと最初に出会って混乱して逃げ回っていた俺もあんなだったのだろう。
だが短期間とはいえ俺は神父様に対処法を叩き込まれ、立場は逆転した。
狩られる側ではなく狩る側となって、ゴブリンの背にクロスボウの狙いを定める。
「ギィエア!?」
「よし!」
相手が動いているので不安はあったが、放たれた矢は見事に後頭部を射抜き、絶命したゴブリンは糸が切れた人形みたいに四肢を投げ出し転がった。
その様を見て思わず拳を握る。
スライムやスケルトンの時のような不完全燃焼ではない。
完全に俺の勝利だ。
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「うわ……これがゴブリンか」
周囲を確認したがやはりゴブリンは二匹だけだったらしい。
そして改めて仕留めたゴブリンを近くで観察してみたのだが、老人みたいに顔はしわくちゃなのに歯は大きく異様に発達していて、何だか不気味さすら感じるアンバランスさだ。
これが集団で襲いかかって来たら確かにビビるかもしれない。
「意外に早く終わりましたね」
「あ、神父様」
神父様の声がしたので振り向けば、相変わらず真っ黒な神父様が藪の中から姿を現す。
訓練の時から思ってたけど、よくその裾の長い法衣で森の中動き回れるな。
「後始末はこちらでやっておくのでもう戻っても大丈夫ですよ」
「分かりました。行こうぜヴィオラ」
「私は先生と話すことあるから、先に帰ってて」
「? 分かった」
何やら不機嫌そうにヴィオラが言うので、気にはなったが素直に言うことを聞いておく。
やっぱり補助役にさせたのが不満だったのかなあ。
どうやって機嫌をとるべきか。そんなことを考えながら俺はクロスボウを抱えて村へと戻った。
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「……あいつ大丈夫なんですか? スケルトンの時はあんなにとどめ刺すの躊躇ってたのに」
「それを聞くために残るなんて。ヴィオラは優しいですね」
「……」
自分の言葉に何も返せず、しかし顔で「不服だ」という感情を全力で示すヴィオラに、神父は苦笑しながら言葉を続ける。
「今回は人型とは言え人の成れの果てでもない異種族でしたからね。その辺りの線引きも人によって違うのでしょうが、何より武器がクロスボウだったことが大きいでしょう。直接手に肉をえぐる感覚が伝わらないだけで、罪悪感の類は大幅に軽減されます」
「……もしかしてそのためにわざわざ向いてないって言ってた射撃戦で倒させたんですか?」
「ええ。よく分かりましたね」
あっさりと認める神父に、ヴィオラは呆れた、しかしどこか安心したような顔でため息をつく。
「本当に。先生に師事できるなんて世界で一番の幸運かもしれないのに、あいつ全く自覚ないんだから」
「仕方ないでしょう。レオンにとって私は幼いころから顔見知りな近所のおじさんでしょうし」
「おじさんて……」
その顔で言うのか。しかし実年齢を考えれば。
どうにもつっこみづらい神父の冗談に、ヴィオラも言葉に詰まる。本人は本気で言っているのかもしれないが。
「しかしゴブリンが自力でクロスボウを作れるはずがありませんし、何より効率の良い使い方まで知っていた。一体どこから来たのやら。しばらくは警戒を続けた方が良さそうですね」
ゴブリンが使っていたクロスボウを拾い上げ、静かに言う神父。
その眼は先ほどまでとは違う、冷徹な色を帯びてゴブリンたちがやってきたであろう森の先を見つめていた。
「……でも仮にこいつらが万単位で来ても先生なら一人で殲滅できませんか?」
「できますね」
「できるのかよ」
実は潜伏して見守っていたロイスからのつっこみ。
やはりこの村は世界で一番安全なのかもしれない。