神父様が恐い
ゴブリンらしき相手に森の中で狙撃された次の日。
とりあえずは情報が集まってからだと昨日は解散となったのだが、朝になるなり神父様から「早速訓練をしましょうか」と呼び出された。
「しかし集合場所が森の入口って……」
そりゃ森での戦い方を訓練すると言っていたから森に入らないと話にならないだろうが、肝心の襲撃者の動向は掴んでいるのだろうか。
訓練中にまた狙撃されたりしないだろうな。
そう思いながら村を出て森の方へと向かったのだが……。
「ふっふっふ。よく来ましたねレオン」
「神父様?」
森と平野の境目に来たところで、どこからともなく聞こえてくる神父様の声。
本当にどこから聞こえてくるのか分からないのだが、これも魔法なのだろうか。
だとしたら何の意味があるんだこの魔法。
「いきなりですがレッスンその一です。私はどこに居るでしょうか?」
「馬鹿にしてんですか」
どこに居るんでしょうかも何も、服が黒けりゃ髪も黒くおまけに肌まで黒い神父様が、夜ならともかく昼間どんだけ悪目立ちするかという。
森の少し奥。
鬱蒼と生い茂る藪の影に隠れているようだが、案の定黒すぎて森の緑から浮きまくっている。
「流石ですねレオン。もう見つけましたか」
「馬鹿にしてんですか」
神父様は小生意気な弟子と違って褒めて伸ばす人だが、これはいくらなんでもなめてんのかと言いたくなる有様なので重ねて抗議しておく。
いや。でも立ち上がって藪から顔を見せた神父様は満面の笑みだ。普段が普段だから本気なのか冗談なのか分からねえ。
「では次です。ヴィオラも隠れていますがどこに居るでしょうか」
「えー?」
そう言われてヴィオラはヴィオラで金髪だから目立ちそうだなと思ったのだが、いくら見渡しても金色の物体が見つからない。
流石に頭は出してないか?
そう思いながらしばらく見渡していたが、少し不自然なところを見つけてもしかしてと思う。
「……神父様の隣ですか? なんか丸いものが」
「正解。やはり目がいいですね」
「簡単すぎるだけじゃないですか」
俺がそう言うと、神父様の隣から例によって小生意気なことを言いながらにょきっと生えるみたいにヴィオラが姿を現す。
どうやら頭に緑色の布を巻いていたらしい。それだけで案外見つけにくくなるもんだなあ。
「では最後です。ロイスはどこに居るでしょうか?」
「ええ!?」
まさかまだ隠れているとは思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
いやでも本当に怪しいところはこれ以上ないぞ。
そもそもヴィオラや神父様よりも体がでかいロイスさんが完全に身を隠せそうな場所が……。
「えー……分かりま」
「ここだあっ!!」
「ぎゃああああっ!?」
分からないと正直に言おうとしたら、突然目の前の草むらが盛り上がり野太い男の叫び声がしたので思わず悲鳴をあげた。
何故叫ぶ必要がある!?
「ハッハッハ。まだまだだなレオンの坊主」
そういって俺の目の前で仁王立ちで笑っているのは、元傭兵で村の自警団の団長もやっているロイスさん。
背は村の誰よりも高く四肢も筋肉で盛り上がった見るからに強そうなおっさんなのだが、その体のあらゆるところに草の束を巻きつけて毛虫みたいになっている。
え? まさかここでずっと伏せてたのかこの人?
俺が村から出て到着する前からずっと?
「ありがとうございましたロイス。引き続き警戒を頼みます」
「おうよ! なるべく村に近付かないよう威嚇しておきますさ!」
そう言って毛虫状態のまま森の奥へと向かっていくロイスさん。
ああ。あれなら確かにゴブリンからも見つからないかもしれない。
というかロイスさん一人でゴブリン倒せるのでは。
「しかしそう簡単にもいかないのが難しいところです。さてレオン。貴方がロイスを見つけられなかったのにヴィオラを発見できたのは何故だと思いますか?」
「えーと……」
分かりませんと言いたくなるが、これはいつもの「よく考えなさい」というやつだろう。
自分で考えて答えを見つけるのも重要だと。
「あ、頭が丸いから?」
「何言ってんの?」
ヴィオラを見つけた時のことを思い出し素直に言ってみたら、そのヴィオラに呆れたような目で見られた。
いや確かに頭丸いのは当たり前だけどさあ!
「正解です。よくできました」
「ええ!?」
「よっしゃ!」
しかし神父様から花丸をもらえたので握り拳を掲げる
隣で驚いているのを見るに、この方面の勉強はヴィオラもしていないし慣れていないらしい。
珍しく俺が優位に立てるぞ!
「完全な円形や直線の物体は、一部の例外を除いて自然には存在しません。なので自然物の中にそれらが紛れていると見つけやすいわけですね」
「あー河原の石とかならともかく確かに森の中にはないかも」
俺がヴィオラを見つけられたのもジグザクした藪のシルエットの途中が丸くなってたからだし、色を偽装するだけじゃダメだという事か。
「さて。そういった索敵とは別にもう一つ問題が発生しました。あなたたちに射かけられた矢をロイスが見つけて来たのですが」
「え? これ矢ですか?」
差し出された棒を反射的に受け取ったが、それは俺が見知った矢より少し太いし何より短かった。
しかし途中で折れたわけでもないらしく、ちゃんと弦をかける矢筈も先端の鏃もある。
なんだこれ。
ゴブリンって体小さいらしいし、矢も小さいのか?
「それはクロスボウの矢です。随分と厄介なものを持ってますね」
クロスボウというと台座に弓がひっついたみたいなアレか。
村の人が狩りとかで使っているのは見たことないし、現物もよろず屋でちらっと見たことがあるくらいだが。
「クロスボウって厄介なんですか?」
「ええ。弓というのは威力と射程に優れる強力な武器ですが、素人では狙いをつけるどころか前に飛ばすことすら難しい専門技術が必要な武器です。しかしクロスボウは違います。素人でも引鉄をひけば撃てますし、狙いも定めやすい。徴兵された農民たちでもクロスボウを持たせれば強力な弓兵部隊として機能するでしょう」
「ええ、そこまで」
しかしこっちが身を晒した瞬間に体スレスレを撃ってきた早さと正確さには納得いったというか。
今思えば視認してから弦引いてたんじゃ到底不可能な早さだったよなアレ。
「そしてこれがクロスボウです」
「おお! なんかかっけぇ!」
神父様が法衣の下から取り出したのは、よろず屋で見かけたこともあるクロスボウ。
興味はあったけど、よろず屋のおっさん武器の類はあんま触らせてくれないんだよなあ。
「さあレオン。このクロスボウに矢を装填してみてください」
「分かりました!」
これはアレだな。
ゴーデンダックの時と同じく神父様が俺に武器買ってくれたということだな。
そのことが嬉しくて俺は深く考えず言われた通りに弦をひいて矢を装填しようとしたのだが……。
※豆知識
クロスボウは「敵を殺してしまう可能性が高いから」という理由で異教徒以外への使用を禁止されたこともある強力な武器です。
連射性を高めるために弦の張りを弱くしたものもありますが、威力の低さからあまり普及せず、ほとんどは専用の器具などを用いて弦をひくこととなります。
要するに強力なクロスボウの弦を素手で引くとかゴリラでもないと無理です。
「指が! 指があ!?」
「先生レオンには厳しすぎませんか?」
「いえ。まさかここまで勢いよく引くとは」
意気揚々と弦をひこうとしたもののビクともせず、逆に弦が思いっきり指に食い込み悶絶している俺を見ながら何か言ってる師弟。
実際神父様俺が言っても聞かないから実践させて覚えさせようとしてるとこある。
「こんなもんどうやって引くんですか!?」
「クロスボウの矢の装填は地面に固定して両手を使うか、専用の道具を使います。とりあえず弦の強さを実感してもらい危険だから向ける先に気をつけろと言うつもりだったのですが、指は繋がっていますか?」
「繋がってない可能性あったの!?」
やだこの神父様恐い。
多分指ちぎれても口笛ふきながら治せそうなのがさらに恐い。
「さて。では森の中での索敵と折角なのでクロスボウの習熟。この二つの訓練を重点的にやりますよ」
「分かりましたー」
まだ指は痛いけど。
ともあれ索敵とクロスボウの訓練なら普段の神父様相手の剣術の訓練よりは楽そうだな。
それが間違いだと思い知らされたのはこのすぐ後だった。