ゴブリンがずるい
「……これ、意外にきっつい!」
スケルトンを倒したというか神父様が聖剣グッサァして停止させてからしばらくして。
俺は神父様からの言いつけで西の森を剣を持ったまま全力疾走していた。
何を言っているのか分からないだろうが俺も何をやらされているのか分からない。
走るのは体力づくりのためだろうが、何故剣を持ったうえで森の中という障害物だらけのところを走り回らないといけないのか。
地面は穴やら木の根やらで凸凹だし、枝が伸び放題で顔の近くをかすめていくし、その枝葉や藪で視界が悪くうっかり穴に落ちたり木に正面衝突したのは一度や二度じゃない。
だったらスピードを落とせという話なんだが、神父様には「全力でやりなさい」と言われているし、何より監視者が居るので手が抜けない。
いや本当に何でこんな場所走らされてるんだ俺は。
「何でって、足場や視界が悪い場所でも問題なく動けるようにするためでしょ。剣については同じく走ってる最中にどっかにぶつけないように体に覚えさせるため。特にアンタは注意力散漫だし」
「うぐっ!?」
隣を並走するヴィオラに納得のいく説明をしてもらえたと思ったら、最後にグッサァと心を刺されて詰まった悲鳴みたいな声が出た。
そう。並走している。
年下の! 女の子が! 全力疾走してる俺の横を!
「どうも先生はアンタを単なる剣士じゃなくて、いろんな状況に対応できる戦士に育てるつもりみたいなのよね。冒険者になるっていうの本気で応援してくれてるんじゃない?」
「やっぱり……魔法使いずりい!」
「はあ? 何でそんな話になるのよ」
息が切れながらも思わず漏れた俺の文句に、呆れたような視線を向けてくるヴィオラ。その顔に疲れた様子はなく息も上がっていない。
だってずるいだろ。
何でもやしの代名詞な魔法使いが一応は剣士の俺の全力疾走にあっさりついてきてんだよ。
しかも今は比較的開けた場所を走っているから並走しているが、枝やら藪やらが邪魔なときは俺の後ろに回って盾にしている。
そういう意味でもずるい。
「魔力で身体能力を上げてるの。もっとも身体能力上げただけじゃコントロールできずに振り回されるし、格闘戦で専門の戦士に敵うわけがないから好き好んで使う魔術師は少ないわよ」
「じゃあ何でおまえ、あっさりコントロールしてんの!?」
「先生の教育方針よ」
その一言に納得。
だって先生って拳一つでスケルトン視界の外まで殴り飛ばす神父様だし。
使える者は全部使えって考え方みたいだから、弟子にも身体能力アップとやらの有効的な活用方法を教え込むことだろう。
……ん?
もしかして俺現時点で肉弾戦でもヴィオラより弱いのか?
「どうかしら。私は単純な体の動かし方を習ってるだけで、剣術とかは素人だし。さっきも言ったようにいくら身体能力上げても付け焼き刃じゃ……レオン伏せて!」
「なあ!?」
突然叫んだヴィオラに肩を掴まれ、中途半端に勢いを殺された俺はそのまま態勢を崩しごろごろと地面を転がる羽目になった。
「いきなり何すん――」
当然それに対し文句を言おうとしたのだが、その前にガスっと何かがぶつかるような音が響き渡った。
「……は?」
俺がいる場所から少し先。
ヴィオラに止められ転がっていなければ通過していたであろう場所を何かが通り過ぎ、その後ろにあった木の幹に突きたっていた。
「狙撃よ! いいから頭下げなさい!」
「はあ!?」
いきなりの攻撃に混乱するものの、ヴィオラの指示通りに体は動き手近な木の影に身を隠す。
狙撃って、弓か?
何でこんな森の中でいきなり射られないといけないんだ。
「よくおまえ気付いたな」
「殺気を感じたの」
殺気を感じることのできる魔法使いとは。
こいつ剣術は習ってないとか嘘だろ。
何でさらりとそんな達人みたいな感知能力持ってんの。
「姿が確認できない。かなり用心深いわね」
「でも弓だろ? こんな場所でそうそう当たるわけがないし、一発外したところを一気に近付けば……」
「馬鹿!?」
そう言いながら木の影から顔を出し様子を見ようとしたのだが――。
――ヒュン。
「……」
眼前を風切り音をたてながら矢がかすめて行ったのですぐさま引っ込んだ。
何今の反応速度と命中精度。
少しでも身を晒したら射られるじゃん。
ここから動けないじゃん。
「――風の精霊よ。悪意断つ境界となり我らを覆え」
「何を……って、うをぉ!?」
そう俺が絶望していると、何やら呪文を唱えるヴィオラ。
すると俺とヴィオラの周囲を突然嵐を思わせる風が吹き荒び、次第に弱まると、俺たちの体を中心に渦を巻くように風が覆っていた。
「風の障壁魔術よ。矢避けにもなるから効果が切れないうちに逃げるわよ」
「え? おまえなら倒せるんじゃ」
「相手が人間だったら殺したらまずいの。それに正確な位置が分からないまま魔術撃ちまくったら周囲一帯が更地になるわ」
「お、おう」
戦わずに逃げるのが予想外だったが、その逃げる理由も予想外だった。
つまり今の状況でも勝てはするけど「やりすぎちゃったてへぺろ☆」となるから戦わないと。
魔法使い恐ぇ。
「とにかく魔術の効果がある内は射られても大丈夫。身を隠すとか考えずに一気に駆け抜けるわよ」
「分かった」
そうして二人して同時に木の影から出て走り出したわけだが。
「恐えええええっ!?」
後ろから断続的に飛んでくる矢。
ヴィオラの言っていた通り矢が近付くと体の周囲を覆っていた風の渦が一時的に強力になり反らしてくれているのだが、矢の勢いが強すぎるのかそれとも元々そういう仕様なのか割と体のギリギリを通っていく。
これ矢が飛んで来た時に横に動いたらうっかり刺さるんじゃないか。
そう後になってヴィオラに聞いてみたら無言で視線を反らされた。
おまえそういうことは事前に注意しとけよ。
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「弓を使うということはそれなりに知能があり人型である可能性が高いですね。ゴブリンあたりでしょうか」
森での訓練中に狙撃され慌てて逃げ帰った俺たちを出迎えた神父様は、話を聞くとそう冷静に相手の分析を始めていた。
ゴブリンてあの小鬼? 雑魚の代名詞だと思ってたのに俺殺されかけたんですけど。
スライムの件と言い俺はやはり人間の雑魚なのか。
「ヴィオラ。ロイスへ伝言を頼みます。森に弓を使う何かが潜んでいるので警戒レベルをあげるようにと」
「分かりました」
先生の言葉を受けて教会から出て行くヴィオラ。
元傭兵なロイスさんは村人たちによる自警団の長も任されているらしい。
いつも男衆を集めて飲んでるのも親睦を深めるための一環だとか。
てっきり飲んだくれどもが珍しい酒目当てで集まって騒いでるだけなのかと。
「さて。レオンのことだから『雑魚に手も足も出なかった』と落ち込んでいるのでしょうが」
「何で分かるんですか!?」
俺そんなに分かりやすく落ち込んでたか。
というか飛び道具がずるい。あんなの一方的にやられるじゃん。
「ゴブリンが雑魚だというのは英雄たちの逸話などで広まった誤解ですよ。実際には多くの駆け出し冒険者たちが餌食になっていますし、集団になるとベテランの兵士でも苦戦します。まあ今回は単独のはぐれでしょうが」
「え? 何で分かるんですか?」
「集団だったら貴方たちが狙撃を警戒して動きを止めた時点で包囲殲滅されています」
「うわあ」
確かにこっちはしばらく隠れて動きを止めてたんだから、仲間がいたらそこを一気に叩かれてたのか。
しかしそうはしなかった。
「ん? じゃあもしかしてあっちは単独で、接近戦はしたくなかったからひたすら弓だけ撃って来てたんですか」
「そうそう。そうやって相手が何を考えているか予測するのも大事ですよ」
褒められた。
いや割と真面目に俺が頭使って褒められたの久しぶりじゃないか。
「ゴブリンはそれなりに知能があり、武器を使い戦術らしきものも駆使してくるので厄介ですが、体は人間より小さく正面からの一対一であればそのあたりの村人でもなんとかなる程度です。要は他の魔物より脅威なのは狡賢いからですね」
「えー何かそれ人間の方が馬鹿だってことみたいじゃないですか」
「どちらかというと心構えの問題ですね。先ほども言ったように雑魚だという誤解のせいで侮って罠にはまる者も多いです」
「うっ」
俺も正にそう思っていた人間の一人なので何も言えねえ。
というかヴィオラ居なかったら普通に死んでたよなアレ。
「でも不意打ちされたらどうしようもなくないですか。俺殺気を感じるなんて達人みたいなことできないし」
「ふむ。貴方は目がいいので慣れれば小さな違和感にも気付けるようになると思うのですが」
そこまで言うと口元に手をあてて何やら考える神父様。
おおっと。これは何だか嫌な予感がするぞ。
「そうですね。丁度いいですしゴブリンの討伐は少し遅らせて、森のような場所での戦い方の訓練をしましょうか」
「ほらな」
ある意味予想通りな展開に誰に言うでもなくそんな言葉が出た。
というか森での戦い方ってどんなだよ。
何をやらされるのか予想できずちょっと不安になった。