冒険の旅に出たい
「旅に出たい」
「いきなり何言ってんのアンタ」
麗らかな春の陽気が心地よいとある日の午後。柵の向こうで牛が「もー」と鳴いてる田舎村にて。
昼飯も終わり気力十分な俺が決意表明をしたというのに呆れたような声を出す金髪少女。
名をヴィオラといい俺より歳は一つ下の十三歳のはずなのだが年長者への敬意は欠片もない。
今も冬の湖を思わせる青い目で冷たい視線を向けて来ている。
「いや。俺も来年には成人扱いじゃん?」
「不安しかないわね」
「黙らっしゃい。俺としてはこんな田舎で終わるつもりはなく冒険の旅に出たいわけだよ」
「アンタ先生に剣習い始めたと思ったらそんなこと考えてたの」
「そんなこととは何だ。冒険は男のロマンなんだよ」
ちなみに先生というのはこの村の神父様のことだ。
俺が習っている剣術はもちろん魔法も使える。ヴィオラのようないかにも魔法使いですといった感じのちょっとお洒落なローブを着た都会っ子がこの村に居るのも神父様に師事するため。
何でアンタこんな田舎でくすぶってんのと聞きたくなるようなスーパー神父様だ。
ちなみにそんな俺からすれば高嶺の花とも言えるヴィオラが共に行動していることが多いのは、別にヴィオラが俺に惚れてるなんてご都合展開でも何でもなく、単に村の人口が少なすぎて歳の近い子供が俺以外にいないだけである。
多分神父様から教わること教わって村から離れたら二日で忘れられる。
そんな悲しい関係。
「やめときなさいって。アンタ体格いいわけじゃなければ何か特殊能力があるわけでもないのに何でそんな分不相応な夢を抱いちゃったの」
「え? 旅立つことすら分不相応なの?」
別に「魔王を倒す!」とか「国一番の冒険者になる!」とか言ってるわけじゃないのに何この低評価。
これが見下してたりからかってたりするのなら普通に反発するけど、この娘っ子本気で心配して言ってやがりますよ。
これだから魔法なんてハイカラなものを使える選ばれし者は。
「俺だって剣術の素質はあるって神父様に言われてんだぞ! そこらの雑魚魔物なんぞに遅れは……」
「あ、おーい! レオンにヴィオラ!」
それでも俺が反論しかけたところで何やら名前を呼ぶ声が。
俺の名前はレオンハルトなのだが村の皆は略してレオンと呼ぶ。
ちなみに初対面でヴィオラはこの名前(勇敢な獅子)について「名前負けしてるわね」と先制攻撃をしかけてきた。
全力で喧嘩を買ったけど魔法使いには敵わなかったよ……。まあ神父様にお叱り受けて素直に謝ってきたから許したけど。
ただし俺も「女子に手を上げるとは何事ですか」とお叱りを受けた。
言ってることはもっともだけど相手が相手なので納得いかない。
「何だフーゴさんかよ」
「何だとは何だ。こんなとこほっつき歩いてちゃんと神父様のとこで勉強してんだろうな」
「今日は午後から休みだって言われてんだよ!」
振り向いたそこに居たのは村人のフーゴさん(二十五歳)。
村に適齢期の女性がいねえと長らく独身を謳歌(本人談)していたが、この度神父様に美人な未亡人を紹介されゴールインした新婚さんだ。
こんな田舎に嫁いでくる美人な未亡人とかそれ絶対なんか厄ネタ埋まってるだろと思ったが、神父様の紹介だけはあるというか普通によくできたお嫁さんで現在フーゴ氏は順調に肥えている。
村人たちの間では実は奥様は魔女でフーゴさんを太らせて食べるつもりではと言われてるが、当然冗談でありただの幸せ太りである。
「それで何なんだよ。いきなり声かけてきて」
「おおそうだった。いや西の森にスライムが居るのを見かけてな。一匹だけだったからはぐれだろうが、念のため森には近付かないようにしてくれ。ヴィオラもこいつが馬鹿やらないように見ててくれよ」
「分かりました」
ヴィオラの返事を聞くと他の村人にも伝えるためかさっさと去っていくフーゴさん。
何でヴィオラの方に監視を頼んでヴィオラもそれを当然のように了承するんですかね。
俺年上ぞ?
しかし……。
「……チャンスだな」
「死ぬわよ」
「まだ何やるか言ってないのに!?」
危険だとか無謀だとかいう警告通り過ぎて死亡宣告しやがったよこの娘。
どこまで俺が弱いと思ってるんだ。
「スライムだぞ? 人里周りに出ても数が少なければ放置される雑魚の代名詞だぞ? そんなものに俺が負けるとでも?」
「何でフーゴさんがわざわざ近寄るなって警告したと思ってるのよ。魔物の雑魚だからって人間の雑魚のアンタが勝てるとは限らないでしょ」
「むしろおまえに殺されそうなんだが」
痛い。心が痛い。
こいつに人の心はないのか。
もう少しオブラートに包むというか。
「ストレートに言わないとアンタ理解しないじゃない。せめて神父様に聖剣でも借りてきなさいよ」
「何そのオーバーキル」
スライムに聖剣ってなんのいじめだよ。
そもそも神父様聖剣持ってんのかよ。どこの勇者だよ。
「いくらなんでも馬鹿にし過ぎだっての! スライムくらい余裕で倒せらあ!」
「あ、ちょっと。もう!」
いい加減あたまにきたのでヴィオラの制止も振り切り西の森へと向かう。
待ってろスライム!
今俺がおまえ倒しに行くぞ!