第1話「殺し屋としての人生」
右手に持つ拳銃を構え狙いを定める。
目の前で怯える男の眉間に造作もなくトリガーを引き発砲する。
射出された弾丸が男の眉間を貫いた。
男は頭を落としピクリとも動かなくなる。
死亡を確認すると俺は銃を下ろし溜息を吐いた。
側にあった木箱に腰掛けポケットから煙草を取り出し口に咥え火をつける。
煙を吐き裏路地から微かに見える曇った空を、呆然と眺めながら己の人生について考えていた。
いつからこんな生き方をしているのだろうか。
これまで数え切れないほど見ず知らずの人間を殺し、それで金を稼いで生きている。
それが殺し屋としての人生なのだろう。
だが、俺は心の中でずっとそんな人生を否定している。
普通の人間のように、普通に暮らしたい。
こんな血に塗れた生き方ではなく、普通の人間として、普通の人生の中で生きたい。
だがそんな願望を抱くだけ無駄だ。
俺はもう、到底そんなことが出来ない、してはいけない人間になっているから。
しばらく吸って満足すれば煙草を地面に落とし踏み躙って火を消す。
じきに掃除屋が死体を片付ける。
俺は颯爽とその場を去り電話屋に向かった。
電話が普及したお陰でわざわざ依頼主に直接報告する必要がなくなった。
だがその便利さ故に多額な金を払うことになるが時間は金では買えない。
電話屋に着きカウンターで依頼主の名を店員に伝える。
店員は分厚い本を開きその名前を確認すると電話をかけた。俺は受話器を手に取り耳に当てる。
「荷物は無事に届けた。手数料はこっちの郵便に払ってくれ」
手短に報告を済ませ金を払い店を出る。
今回の依頼の報酬金は二千ドルと聞いている。
日が昇るまでには家に届くはずだ。
この街は毎日のように絶えず雪が降る。
地面が凍結するせいで馬車は滅多に見ない。足を滑らせて転ぶ奴も一日に二人くらいは見る。
そして治安は最悪だ。
俺は生まれてからずっとこの街で暮らしているが、それでも反吐が出る程の犯罪がこの街で起こっている。
暴行、強奪、強姦、殺人、日常茶飯事だ。
俺もその中の一つをしているわけだが。
突然、前から歩いてきた少女が俺にぶつかった。
少女は慌てて謝ろうとしたが凍った地面に足を滑らせて転びそうになる。
俺は咄嗟に少女の腕を掴んで受け止めた。
「気をつけろよ、滑るぞ」
俺は彼女の手を離しながらそう言う。
彼女は唖然とした表情のまま謝罪と会釈をし慌てるように歩いていった。
特徴的な長くも短くもない青髪。
殺風景な街を彩るように鮮やかだった。
何故か俺は彼女をしばらく注視した。
その場で立ち尽くし見送るように彼女の遠ざかっていく姿を見ていた。
当てもなく彷徨っているように感じた。
俺は煙草を咥え直し歩き出す。
彼女のような少女が一人で出歩くなど自殺行為と大差ない。
「いや....っ」
微かに聞こえたその声に俺は振り向いた。
さっきの少女が数人の男に抑え付けられ裏路地へ連れ込まれていく。
あれは確実に強姦される。
それが分かったとしても俺には関係ない。
だが、どうしても俺は無関係のままではいられなかった。
俺が助けに行かなければ、彼女は奴らに強姦され襤褸雑巾のように捨てられる。
俺はすぐさま少女の後を追った。
息を殺し裏路地を進む。
しばらく進むと声が聞こえてきた。
あの男達の話し声と必死に抵抗する少女の声。
「なかなか良い体した餓鬼じゃねえか」
「これなら犯し甲斐があるぜ」
物陰から様子を伺う。男が三人。
一人は彼女を背後から片手で両腕を掴み、片方の手で口を塞いで抑え付けていた。
もう一人の男が徐に彼女の衣服を乱暴に破く。
下着が露わになる。すると突然、彼女を押さえつけていた男が痛っと言って拘束を解いた。
少女が男の指を噛んだのだ。
彼女はその隙に逃げようとしたがもう一人の男に腕を掴まれ失敗に終わる。
必死に抵抗する彼女を男は容赦なく引っ叩き取り出したナイフを首元に当てた。
「大人しくしねえと殺すぞ、糞餓鬼が」
彼女は首元に当てられたナイフを見ると恐怖の表情を浮かべ抵抗をやめた。
涙を流し諦観の表情を浮かべ俯く。
「そのままじっとしてろ。無駄な力使いたくねえからな」
俺は物陰から姿を晒した。
見張りをしていた男が最初に俺に気付く。
「何だお前」
その声で残りの男も俺に気付いた。
「今すぐそいつを離して消えろ」
そう言うと男達は顔を見合わせて笑い出した。
「馬鹿かお前?消えるのはお前さんの方だよ。殺されたくなけりゃさっさと失せな。お楽しみの邪魔になる」
「無駄な殺生は一番嫌いなんだよ。三度目はないぞ。今すぐ彼女を離して消えろ」
俺は男達を睨みつけた。
一番手前にいた男が舌打ちをし懐からナイフを取り出し俺に向かってきた。
「三度目はないと言ったよな」
俺はそう呟き男の返答を待たずに拳銃を手に取り手前の男の眉間に向かって早撃ちした。
男は眉間を撃ち抜かれそのまま倒れ伏した。
一瞬の出来事に俺以外の人間は硬直した。
最初に排莢された薬莢が地面に落ちる前に、俺は少女に一番近い男の脳天を撃ち抜いた。
残った男は何があったかのか理解出来ないままだった。
最初の薬莢が地面に落ち音を立てる。
銃口を男に向けると男は半狂乱になって襲いかかってきた。
発砲しようとトリガーに指をかけるが引けない。
拳銃を見ると排莢の動作部分の薬莢が引っかかっている。
弾詰まりだ。
俺は拳銃を捨て殴りかかってきた男の拳を受け流す。
腕を掴みそのまま肘を叩き折った。
男は悲痛な声を上げる。
容赦なく男の顔面を殴り蹴飛ばした。
体勢を崩した男は倒れる。
俺は地面に落とした拳銃を拾いスライドを引き詰まった薬莢を飛ばし弾を装填する。
「こ、殺さないでくれ....!頼む!」
男は怯えながらそう訴える。
俺は溜息を吐き男の頭に照準を合わせた。
「俺の忠告を無視した。今更何を言おうが無駄だ」
「金でも何でもくれてやる!頼むから殺さないでくれ....!」
折れた腕を上げてまで男は俺に命乞いをする。
だがその男の言葉は余計に俺の怒りを強くした。
「その命乞いは耳が腐るほど聞いた。自分の罪を悔いない屑は必ずそう言って命乞いをする」
引き金を引き弾丸を射出する。
発火炎が生じたその刹那と共に男の命は途絶えた。
拳銃を下ろし息を吐く。
少女の方を見ると彼女は唖然とした表情で状況を把握出来ていないようだ。
「大丈夫か」
そう言って俺は彼女に手を差し伸べる。
落ち着かない様子で彼女は言葉を発しようとしたが声が出ていなかった。
ようやく現状を把握したのか、今更彼女は死体に怯えた。
俺は差し出した手を引っ込めその場を立ち去ろうとする。
「待って....!ください....」
少女の声に足を止め振り返る。
「何だ?」
彼女は怯えた表情のままだったが俺に頭を下げて礼を言った。
「あの....助けてくれてありがとうございます」
「次から気をつけな。この街は治安が最悪だ。お前みたいなガキが一人で出歩くと襲われるぞ」
少女は顔を上げて何故か謝った。俺は特に気にせず裏路地を出た。
死体を見たときの少女の反応を思い出す。
あれが普通なのだろう。
俺には理解し難い感覚だ。
「あの....」
背後から声をかけられ振り返る。
さっきの少女だ。
「どうした、まだ何かあるのか」
彼女は戸惑いながら答えた。
「私を....貴方の家に泊めてさせてください」
全く予想しなかったその言葉に思わず驚いてしまった。
「お願いします....」
そう言って彼女は頭を下げる。
俺は冷たくそのお願いを拒否した。
「無理だ。自分の家に帰りな」
少女は少し悲しそうな表情を浮かべる。
しかし彼女は諦めなかった。
頑なに俺の後ろをついてくる。
少し苛立った俺は彼女に威圧的な態度を取った。
「いい加減にしろ。いくら言っても無理なものは無理だ」
彼女は少し戸惑いながらも首を振った。
見た目に反して頑固な奴だ。
「....三つ数える。それまでに消えなかったらお前の頭を吹っ飛ばす」
俺は拳銃を抜き銃口を少女に向ける。
そしてゆっくりと数字を数え始めた。
少女は焦った表情を見せながらもそこから動かなかった。
俺は淡々と二つ目の数字を数える。
少女は思わず目を瞑った。
そして身体が震え出す。
死の恐怖を感じているのだろう。
それでも彼女はその場を動かなかった。
何故こんなにも俺に執着するのか、終始不思議で仕方がない。
俺は三つ目の数字を言わず拳銃を仕舞った。
「....ここまでしても諦めないか」
彼女は恐る恐る目を開ける。
「名前は?」
彼女は首を傾げた。
緊張が解けた安堵から呆然としている。
俺はもう一度尋ねた。
「だから、名前はなんだって聞いてんだよ」
彼女は慌てながら小さな声で答えた。
「エミ....エミ・ユリアです」
俺はコートを脱ぎ、それを彼女に被せた。
「特別に許してやる。ついてこい」
エミは嬉しそうに笑って礼を言った。
「ポケットに煙草が入ってる。出してくれ」
コートを指差すと彼女は少し慌てながら煙草を俺に渡した。
ライターを取り出し火をつけようとすると
「あの....点けましょうか?」
と彼女は言った。
俺は手を横に振る。
「いや、大丈夫だ」
俺は煙草に火をつけ煙を吐いた。
「貴方のお名前は....?」
煙草の吸殻を落とす。
「ジャック・リリイ」
読んでくださりありがとうございます。
出来る限り面白い物語を書こうと思っているので、是非ブックマークと感想、批評をお願いします。




