7 金棒
話は森の中に戻りますので、4話の後とご理解ください。
あれから数日たった。
急ぐ旅ではないし、森の外が安全という訳では無い様だから、俺はのんびり素材集めをしながら、森の中を移動している。
「えーと、丸太と棒(大)で、クラフト スコップ」
「丸太と棒(大)で、クラフト 鍬」
そして現れましたよ、木製スコップと鍬が。
「さぁ~てやるか。昼前には作業を終わらせたいし」
ザクッ
そう言いながら俺は大地へと、木製の鍬を振り下ろした。
「鍬を~~ザクッ、ザクッ、ハイー、ザック、スコップ、ズゴ、ズゴ、ズッゴック」
俺は妙な歌を歌いながら、地面に木製農具を突き立てる。
そして、20分ほどして目的のそれは、出来上がった。
「よっしゃできた。ちゃちゃちゃちゃちゃっちゃ~~ん。み~ず~た~ま~り~」
ん?なんか効果音が全然違う気がするな。ちゃが多いか?
そもそも、全然違うやつの効果音か?
まあ、あれだ。
「誰が聞いているという訳でもないし、どうでもいいか。狙い通り、水も出たことだし、これで水問題は解決するかな」
俺がやっていたのは、地面に穴を掘る作業。
別に畑を作っていたわけではない。
地面に直径30cm程の穴を掘り、深さ80cm程で水っぽいべちゃべちゃした土が出てきたので、そこでしばらく放置。
そうしてできたのが、穴の底にちょっと溜まった、この水たまりという訳だ。
「ふい~汗かいた。タオルは……」
俺はBP内のタオルっぽい布を使おうとしたが、そこで手を止めた。
「……このタオル、使ったら汗を吸って汚れてしまうよな」
俺はタオルをBPに戻して、服を脱ぎ始めた。
先ず、上着を干して、下着を脱いで軽くたたんで絞る。
……どうしよう。
これも一種の水分だよな。
いや、勿論きれいじゃないし、塩分が含まれているけど……。
海洋事故や大航海時代の船員だったらどうするかな。
なんか、小便も飲むとかいう話聞いたけど、どこまで本当だろう?
俺はしばし自分のシャツを見つめ、掘った穴の上で絞った。
ちょっと汗が絞れた。
そのあと体をふいてから、再び絞って干した。
「食べ終わった缶詰めと、小石と木炭(消し炭)と砂、よ~しクラフト 浄水器」
俺のクラフト宣言を受けて、一瞬文様が浮かび素材がペカーと光る。
するとそこには直径50cm高さ1m程の円柱が現れた。
「……明らかに素材より完成品の方が大きいな。空き缶数個でこの大きさって何倍になったんだこれ?」
助かるっちゃ助かるんだけどさ。でも、水魔法とかあればもっと楽な気もするんだよな。
あ、この世界って魔法あるのかな?
魔物が居てゾンビが氾濫しているファンタジーな世界だし、魔法あるよな?でも、弓矢や石斧とかの物理攻撃で倒せるから、魔法が無くて物理で殴れ的な、戦いをしている世界の可能性もあるか。
俺はこの世界の現状について、あれこれ想像しながら、作業を進める。
「最初から浄水器に、泥水入れるのもなんだし、明日の朝に夜露を集めてからにするか。一晩おけば穴の水も増えて、泥が沈んで少しはましになるだろうし」
掘った穴にゴミが入らないように、葉のついた木の枝を何枚か重ねる。
何だか落とし穴のようにも思えるけど、こんな小さな穴にかかる奴はそういまい。
「さて、水を手に入れるまでは、ここを動くことはできないから、周りにバリケードとトラップを作るか」
焚火の火で燃やすのは楽だけど、ドロップアイテムがだめになるのが欠点だ。
ドロップアイテムは、食料だけじゃなく、武器が出ることもあれば、クラフト素材や包帯の様なアイテムが出る事もあり、無暗に燃やしてロストするわけにはいかない。
「とはいえ、もったいないからといって、全て持っても行けないからなあ」
現状、BPのストレージ枠は、全て埋まっている。
ストレージ枠一つにつき、同一アイテムを99個収納することができるが、枠に余裕のない場合は収納するアイテムの取捨選択を迫られることになる。
ゲームとは違い、枠の数を超えてもBPに物理的に入るならば詰め込めるが、その詰込み分には重量軽減がかからないので、余分に入れた分は当たり前に、BPの重量として俺の背にのしかかってくる。
残念ながら、俺はオレンジ色の服を着た格闘家ではないので、そのような状態で動いても大した修行にはならないし、激しく動いたり戦ったりなどできるはずもない。
木の枝でバリケード代わりの柵を作る。
ハッスルタイム前のゾンビなら、この柵で足止めして殴るか弓等で攻撃すれば、十分対処できるだろう。
次に罠だが、先程の穴で思いついた物がある。
「クラフト 落とし穴」
落とし穴はその名の通り、普通の落とし穴だ。
必要な素材は木の枝のみだが、作成のためのツールとして、スコップが必要になる。
先程も使用したが、スコップには耐久値の設定があり、その耐久値がなくなると壊れてしまう。使い過ぎた道具が壊れる事を思えば、この辺りの仕様はむしろ当然ではある。
柵の内側に落とし穴を設置する。
先程の水たまりの穴とは違い、クラフトなので一瞬で完成する。
穴の底には木製の槍が幾本も立ち並び、落ちた獲物を貫く仕様で、手掘りした穴とは違って何故か水が染み出すことはない。
思わず首をひねってみるが、これもそういう仕様と理解するしかないな。
落とし穴を設置すると、如何にもここに落とし穴があるという感じの、蓋が地面に作られた。
「ゲームの時も思ったけど、こうしてみると地面の色が違うし、微妙に盛り上がってもいるから、違和感が半端ないな。こんな分かりやすい罠に、この世界のゾンビ達は、ハマってくれるのだろうか」
少々の不安要素もあるけど、余計なことをするとゲーム的な補正効果がなくなる恐れがあるので、余計なことはしないことにする。
そして他に必要なものは……今夜の寝床かな
俺のやっていたゲームでは何種類かの建物を作ることができた。
そうした建物は、プレイヤーの拠点様にデザインされたもので、必要素材や設置環境によって形状を選べるが、基本的な機能は全て同じものだ。
「クラフト スモールハウス」
スモールハウスは、小さな丸太小屋のようなもので、ゲームの時は、こうした建物で寝ることで、体力や怪我の回復を促進する他、ゲーム内時間の調整やセーブ・ロードを行うことができた。
「ハウスメニュー……当たり前だけど、セーブもロードもないか。他は……パーティー管理機能があるけど、役に立つのかな?」
ゲームでは、プレイヤー同士でパーティーを組めば、アイテムのトレードやチャットができる仕組みがあったが、実際にはあまり利用されていなかった。
それは、ボイスチャットが普及したことで、面倒なチャットをする必要がなかったし、プレイヤーの多くがアイテムトレードで、自分のGUIにトレード画面が表示されて、視界が遮られるのを嫌がったためだ。
トレード画面で交換されたアイテムは、直接相手のBPに入り、表に出る事はないので安全なトレードができるが、一方トレードで他者の目を封じ、仲間に襲わせるなどの行為も可能だった。
また、NPCをサポートキャラとして、連れ歩くことができたが、このNPC達にも問題があり、敵が来てもスルーして戦わないし、当たり(障害物になる)判定があるため、突っ立っていられるとプレイヤーの行動の邪魔になる。うっかり攻撃してしまうと逆上してプレイヤーを攻撃してくるなど、実は敵じゃないのかという行動が多かった。
「ま、リアルで人間に矢を当てたら、逆上されても仕方ないけどな」
そんなことを考えながら、健太郎が残した粗末な寝台を、スモールハウス内に設置して眠りについた。
オーアー ブアーカー ガー カー アー ホー
暗くなった森にゾンビの唸り声が響く。
若干、唸り声らしからぬものも混ざっていた気がするが、異世界だから現地言葉なのだろう。
「今日は鎧系が多いな。この連中はどこかの兵隊か、冒険者とかそんな感じかな?服装からすると中世ぐらいの文明に思えるけど、近接戦をするならむしろ現代装備より、適しているか?」
ゲームでは、機動隊が装着しているようなプロテクターや、防弾チョッキとヘルメットがあったが、手足に関しては後ろ面がむき出しだった。
また、衣服についてもいくつか用意されていたが、その素材などについては言及されていないため、その強度は不明だ。
そもそも、防弾ベストなどは、銃弾や爆発による飛散物から、重要臓器を守るために作られたものなので、銃撃戦とうで体を守るには適しているが、魔物やゾンビはわざわざ体を狙わないので、十分な装備とは言えない。
なぜなら野生動物が、最初に狙うのは四肢への噛みつきで、その後に押し倒して首狙というのが一般的だ。そして、ゾンビは首筋を狙ってくるし、恐らくは魔物も同じような攻撃をしてくるだろう。
「だけど、甲冑系がゾンビになられると、普通のより倒しにくいから困るんだよな」
この数日間で分かった、ゾンビの倒し方のコツは、頭部か背骨を重点的に攻撃するのが良いという事だ。
だが目の前のゾンビは、青銅のような鎧を着ており、噛みつき対策なのか、頭部や首筋のガードが非常に堅い。むき出しの頭なら、石斧で殴れば、一、二撃で倒せるし弓矢でも二発打ち込めば高確率で倒せるが、兜の上からの攻撃や体を狙った場合はそう簡単ではない。
何せ相手は最初から死んでいるので、失血死はしないし心臓を突いても、ろくなダメージにはならない。
その上鎧を着ているのだから、体に対してはほとんどお手上げだ。
「ま、それでも俺には地道に殴っていくしか、道がないんだよな。装備スロット 3 金属バット。死ね、ゾンビ共!」
俺は柵越しに、こちらへと身を乗り出しているゾンビの頭に、金属バットのフルスイングをおみまいした。
「ああああ、結構痺れる~~~」
金属を叩いた感触が、バットのグリップに伝って俺の手を痺れさせるが、それでもゾンビの首を折ることには成功したらしく、俺に殴り飛ばされたゾンビは地に伏して間もなく消えた。
金属バットは、何らかの金属を素材にして作るバットだが、実態は“鬼に金棒”の金棒のような凶悪なデザインにして、中空ではなく金属の塊そのもの。
見る者に『それはバットじゃない』というツッコミをさせる事必至の一品だ。
これは、ヘルムの上からでも、十分なダメージを与えられるようにと用意したもので、ゾンビが消滅する前に手放した剣を、回収して素材として使用している。
剣をそのまま使用していないのは、俺に剣の心得がない事と、普通の青銅の剣よりもバットモドキの方が、ゲーム補正が働く分重量軽減され、俺にとっては扱いやすいからだ。
「おら、おら、おら、くたばれ腐れゾンビ」
俺はそう叫んで、柵の向こうに押し寄せてきたゾンビを、金属バットで殴りつけ、振り回された剣をバットで弾き、時に柵を超えてきたゾンビに、ヤ〇ザキックをしながら、一匹また一匹と屠っていった。
うん、非常にガラが悪いな。たぶん俺がやっていることは、殺陣のように格好のいいモノではなく、ヤンキー漫画の一コマみたいな感じだろうけど、これでも命がけだからさ、叫んで自分を鼓舞してなけりゃ、精神が持たんのよ。
そうして暴れまわった俺は、どうにか月が赤さを増す前に、集まったゾンビを殲滅し終えて、再び寝台へと寝転がった。
ああ、血と汚物に濡れた服が臭い。異世界なんてろくなもんじゃないな。
次回は来週12日20時予定です