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5 騎牛

10話ほど続きを書いたのでアップしてみます。

ガッツガッツガッツガッツ


不毛の荒野を四頭の牛が駆ける。

牛の背にはそれぞれ人が乗っているようだが、防寒日よけ用のオーバーコートに身を包み、顔には砂塵除けの布を巻いているため。容姿はおろか男女の区別すら不明だ。

四頭の牛は、やがて小高い丘に差し掛かると、そこで一度足を止めた。

牛から降りた四人は、それぞれ保存食を口に入れ、皮袋のぬるい水を口に含む。

そして、一人はその場で腰を下ろし、一人が牛に水を与え、一人が周辺の警戒についた。

最後の一人は、荷袋からいくつかの木片や火口箱を取り出し、慣れた手つきで火打石と火打金を打ち合わせて火口に着火した。


「相変わらずジョスさんの火付けは早いな」


牛の世話をしていた者から、若い男の声が上がる。


「まあ慣れているからな。それより早く水を飲ませてやれ」


対して火口箱を扱っていた者からも声が上がるが、その声は先の声よりは幾分年嵩に思える。

やがて、ジョスと呼ばれた男の手元から、黒々とした煙が立ち上る。

それは焚火に狼系魔物の糞を入れて燃やしたもので、狼煙のろしと呼ばれるものだ。

(実際、中国で狼の糞が利用されたため、狼煙と書きます)


「これで、国にドズル閣下の帰還が伝わるでしょう」


狼煙を上げていたジョスが道具を片付けながら言う。


「わしは引退した身じゃ、閣下はよせ」


唯一人座って休憩していた者から、初老の男性の声が発せられる。


その後、四人は再び牛に乗って、地を駆ける。

向かうは彼らの母国、都市国家ドーントロスだ。


都市国家ドーントロスは、マルス大陸西方にある小国の一つであり、西方と大陸中部をつなぐ交易中継都市だ。

大陸西部の主産業は、大陸の1/4はあろうかという、西方大森林から切り出される木材だが、森林が形成されていることからもわかる通り、十分な雨量といくつもの河川がある大陸西部は、比較的肥沃な土地に恵まれ、農作物を育てるのに適している。

だが、それ故に人が暮らすには大変厳しい土地でもある。


森林と肥沃な土地とはつまり、多くの生物が繁殖できる環境ということで、多くの生物には魔物も含まれるのだ。

魔物とは人間種や動物以外の生物で、ゾンビに襲われない存在であり、ゾンビの発生原因の一つでもある生物の事だ。

生物のゾンビ化は以下のような関係にある。


人が人や動物を殺す=ゾンビ化しない

人が魔物を殺す=ゾンビ化しない

魔物が人や動物を殺す=ゾンビ化する

ゾンビが人や動物を殺す=ゾンビ化する

魔物が魔物を殺す=ゾンビ化する


また、生物と魔物とゾンビの関係は。


ゾンビと魔物は互いを襲わない

ゾンビと魔物はあらゆる生物を襲う

ゾンビとゾンビは争わない

魔物と魔物は共存もするが、対立もするので争うことがある。



つまり、砂漠や荒野のような過酷な環境で生物が少ないほど、相応にゾンビが少なく魔物も環境に適応する一部の種に限られ、肥沃で生物が繁殖しやすい土地ほど、ゾンビが発生しやすく魔物の種類も多岐にわたるのだ。


だが、10年ほど前に西部森林近くの小さな町に勇者が現れ、その状況は一気に好転した。

勇者はゾンビや魔物を次々に屠り、西部の繁栄に大きく貢献してくれた。

ドーントロスも西部森林からの木材のおかげで、多くのキャラバンが立ち寄り、好景気となって間接的に勇者の恩恵を受けていたのだが、勇者の話を聞き付けた同じ西側国家の一つであったアブドが、勇者の引き渡しを迫って勇者のいた町と衝突し、町は崩壊して勇者はいずこかへ消えた。

勇者の消息を追っていたアブドではあったが、小さい町の崩壊後に何故か、アブド周辺に魔物やゾンビが集まり始め、非常に危険な状態であるとうわさされていた。


「しかし、本当にアブドが滅びていたとは、驚きでしたね」


牛に乗って荒野を駆ける四人が会話を交わす。

実のところ彼ら四人は、西方でささやかれ始めたアブド崩壊のうわさ、その真偽を確かめるために、アブド近くまで旅をしてきたのだ。


「全くだ。しかし主神ニース様が使わしてくださった勇者を害したのだ、相応の報いを受けたのかもしれんな」


彼は知らないが、町を離れた勇者が森に居を構えたことで、周辺の魔物が勇者から離れるように移動した結果、魔物の大多数がアブド付近に移動してしまったので、確かに自業自得といえるかもしれない。


「これでまた、中央は木材や食料が不足するかもしれませんね」

「そうだな、だがわしらの町とて、いつまで地下水脈が保つのかわからん。決して先行きが明るいとは言えんな」

「やはり、小町かアブドに?」


ドーントロスは、荒野にポツンとあるオアシスの様な場所にできた町だ。

今は、食料の自給自足ができているが、人口が増えれば食料が不足するし、水脈が枯れれば都市国家自体が存亡の危機だ。

そのため、ドーントロスでは定期的に開拓や移住を行って、人口増加を抑制していた。

だが現在の状況はといえば、先の勇者の活躍で人類の生存権拡大が見込まれたことがあって、ドーントロスの人口は急激に増えていたのだ。


「戻って陛下と相談せねば結論は出んが、恐らくはそうなるであろうな。まあ、その時は、わしにとっても最後のお勤めになるだろうが……」


現在、滅びた小さな町とアブドはゾンビの徘徊する魔京だが、それらを駆逐できれば新たな開拓地としてドーントロスから人を送り込める。

これは例え失敗しても、ドーントロスの人口を減らすことができるため、ドーントロスにとっては開拓の成否にかかわらず、一定の効果を得ることができるが、そのために向かう兵士と初期移民は、まさに命がけの決死隊といえる。

民衆の不満を抑える目的もあり、慣例として開拓団の旗頭はドーントロスの王族が付くことになり、その王族は最後まで開拓団と運命を共にする事が、義務付けられている。

そのため、従軍する兵士は退役兵を中心に、志願兵という形で集められるが、それは極端な例えをすれば、自発的な姥捨て山であり、口減らしの一種ともいえた。


「その」

「ルーク、お前はだめだぞ」


その時は俺もお供しますと、言いかけたルークであったが、口を開いたとたんにジョスに否定されていた。

ルークは一行の中で最年少の17歳で、後学のためにと同行させているが、役割も牛の世話係で戦闘経験も少ない新米兵士だった。


「何で、ですか。その時は、旗頭はリーゼ様になるのでしょう?同い年の僕が行ってもいいじゃないですか」

「ばか、お前閣下の前で……」


慌ててジョスが窘めるが、ルークの予想は恐らく当たっているし、ドズル自身にもわかっていた事だった。

現在の王族は王と王太子夫婦、王太子の娘二人しかおらず、旗頭を選ぶなら王太子の娘のどちらかとなる。

だが、次女はまだ12歳と幼く、流石に死地へ向かわせるのはためらわれる。

そうなると長女のリーゼが任を追うことになるのだが、長女次女そのどちらもがドズルの孫なのである。

と、言うのも王太子の嫁がドズルの娘なのだ。

ドズルは王太子の義父であり、王族と親戚筋ということにはなるが、民に無理を強いるなら王族が身を切る必要があり、ましてや老いたドズルでは、旗頭として鮮度に欠けるというものだ。

とはいえ、何一つ決まってもいないのに、今この場でそのような話をしても意味がないし、ドズルの心中を慮れば、軽々しく口にしていい事ではない。

ジョスに窘められて、その事に気が付いたルークは自分が口を滑らせたことに気付きて、そこで口をつぐんだ。

それ以降の四人は会話もなく、無言で牛を駆ってドーントロスを目指したのだった。

なお、丘の上で周辺警戒をしていた、四人目の人物は終始無言であった。


「ドズル前団長と部下三名、アブド調査から今戻った」


その日の夕刻、ドーントロスに帰り着いた四人は、門番をしていた兵士に声をかけ、ドーントロスの防壁内へと帰還した。

ドーントロスの入り口は、二重構造になっており、ゾンビや魔物の侵入を防ぐために、入国時は必ず検査が行われる。


先ず、入国希望者の名前と目的を確認し、その受け答えと体温検査でゾンビではないかを、確認される。これは、赤子でも老人でも例外はない。

次に負傷者がいた場合、負傷の度合いによっては、狭い檻のある特別室へと速やかに隔離される。

怪我人は檻の中で治療を受けられるが、ゾンビ化の危険があると判断された場合は、長槍を持った兵士数名の監視を受けることになる。

その他にも、交易品や荷物の中に魔物が潜んでいないかなど、徹底した検査が行われる。

これはドーントロスに限ったことではなく、この世界の標準対応といえるもので、旅人や行商人が不満を言う事はない。


ゆっくりと町を進んでいく四人は、町内の随所に設けられた関所を通り抜け、やがて城壁の有る一角へとたどり着く。

牛を降りたドズルは、そこに駐在する兵士に牛を預けた。


「わしは、陛下に報告をしにいくが、お前たちはどうする」

「我々は、兵舎に向かいます。団長に報告をしなければなりませんから」

「そうか、世話になったな。では落ち着いたらわしの家に来るといい。ささやかだが帰還を祝う席を設けよう」

「お気遣いありがとうございます」


そうしてドズルは一人城門をくぐり、簡素だが頑健な城へと向かった。


「ご苦労、入るぞ」


ドズルは兵士に一声かけただけで、勝手知ったる他人の家とばかりに、構わず城に入っていく。

城の入り口を守る兵士は、ドズルの顔を確認すると敬礼で答えるが、その位置を動くことはなかった。

ドーントロスの城は、王城というより緊急時の避難施設としての色が強い。

城内には王族の居住区や執務室もあるが、大部分は空き部屋となっている。

兵士やメイドは少人数のシフト制で、王城勤務限定というわけではない。

これは、普段は最低限の人数で回し、有事に際しては城の構造や職務を理解するものが多数いる状態にするための工夫である。

人類の存続すら危ぶまれる世界にあっては、他国への侵略や王権簒奪などの権力欲を持つものは少ない。

仮にドーントロスの実験を握ったとて、非合法な手段では民衆の支持は得られず、武力を振るって無用な死傷者を出せば、国があっさり傾くだろう。

王としての旨味は少なく、責任と職務だけ負うのだから、その地位を狙うものなど皆無だった。

アブドが行った小さい町への侵攻など、異例中の異例であり、人間同士の戦争などめったな事で起こらないのだ。

そのようなわけで、人の少ない王城はドズルの足音ばかりが響く、非常に静かな空間だった。


「おじいさま」


そんな静寂を破るように、王城内に少女の声が響いた。



マルス大陸生物図鑑:甲殻牛


甲殻牛、それは主にマルス大陸西部で飼育されている家畜で、一般には単に牛と呼ばれることが多い。

群れを好み、幼いころから飼育すれば人間を群れの上位者と認識して、従順に従う性質を持っている上に、脚力と体力に優れるため、農耕や輸送、あるいは移動の足として広く利用されている。

全身を鎧で覆ったような姿から、甲殻牛の名が付いたが、甲殻牛のそれは昆虫や一部の水生生物の様な硬い外骨格ではなく、強靭な表皮と弾力に飛んだ分厚い脂肪層からなっており、

外敵から身を守るとともに、蓄えた脂肪分のおかげで飢餓にも強い性質となっている。

甲殻牛の角は大変硬く、それは青銅の鎧を苦も無く貫く程である。

そのため、正しい名前は硬角牛だという説もある。



その頃、森のとある場所では。


「おお!やった、桃缶ゲットだぜ」

「うまいのか、それは美味いのか」


夜間に罠で死んだゾンビが落としたドロップ品から、桃がシロップ付けになった缶詰を見つけた、とある青年と白い生き物が、小躍りしながら喜んでいた。


三日で三話、その後は週一でアップ予定。

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