2 手記
怪談風はここまでです
………………
ちゅーとりある?
芸人の事……じゃないよな。
てか、今の声はなんだ?
俺は手の甲をさすりつつ周囲を見回すが、狭い小屋の中には俺以外に人は居ない。
そして更に。
「ちょっと待て、この視界の端にある文字やら図形やらは何だ?」
それはまるでゲーム画面のGUIのように、俺の視界に存在していた。
「どこを見てもついてくる…というか焦点の位置に関係なく認識できるって何だこれ?ゲーム?ゲームなの?いきなりゲームのチュートリアル?なにこのラノベ的展開。心霊現象はどうなったのさ」
俺はGUIで点滅するチュートリアルの文字を見つめる。
すると表示が変わった。
「なになに、小屋の主から地図をもらおう?」
……え、これがチュートリアル?
普通はもっと初歩的なことを教えてくれるものじゃないの?
まあ、他に情報もないし手に入れろって言うなら、そうするけどさ。
小屋の主って健太郎だろ。
あいつの遺体あさるのか……既に、腐乱しているんだけど地図は無事なのかね。
俺は小屋をでて、健太郎らしき遺体を確認しに行く。
「うそだろ、ないぞ?!」
そこには黒ずんだ地面があるだけで、遺体はなかった。
だが、臭いは相変わらず残っているので、確かに遺体があったと思われる。
「誰かが遺体を持って行った?」
大型の獣か?
だけど、獣であれば地面に引きずった跡が残るはずだよな。
だったら人か?
複数人であれば、車無しで運ぶのも不可能じゃないと思うけど、終始無言ではないだろうから、話し声ぐらい聞こえるはずだし、何人も人がいれば物音ぐらいするはず。
痕跡も残さず、音もたてずに運び去るなんてあるだろうか。
いやいや、違う、そうじゃない。
既に心霊現象やらラノベのゲーム世界化やらが起きている。
俺が狂っていないなら、この状況で導き出される答えは。
「あいつ実はゾンビだな、いったいどこへ行きやがった!!」
ま、別の答えもあるかもしれないけど、俺的には心霊、超常現象、死体とくればホラー映画のゾンビ物が真っ先に思いつく。
加えてリュックサックいや、先ほどの謎の声はバックパックと言っていたが、バックパックにゾンビとゲームとなれば、それはつまり。
「ちくしょう、よりによってサバイバルホラーゲームの世界かよ!!」
異世界転移だったら、もう少し平和な世界がよかったよ。
「え~とBPに缶詰めが一つ。も少し探せば缶詰が二つ。…叩いても増えてくれないよな。缶詰は二つだけだか。そして缶の絵を見る限りでは、コ〇ビーフ的な肉かな?カロリーは期待できそうだけど、どこの製品だろう」
缶には製品の説明書きがあるけど、日本語でも英語でもなさそうだ。製造年月日もわからないけど、そもそも何の肉だろうか。
「それから、ナイフが一つ。うん、戦いに使える自信はないけど、刃物があるっていうだけでも心強いよな。それから、チョコレートバーが三本。…缶詰めと合わせて一週間は活動できるか?」
現状、救援が来る可能性はない。
異世界と仮定してというか、俺が正気なら異世界だと思うけど、この異世界で人里を探さねば、早晩行き詰まることになるだろう。加えて、今は直近の問題として、食料の確保と周辺の脅威の確認と、何よりも水の確保が必要だろう。
「せめて保存食に、水気があればなあ」
肉の缶も水分は少ないと思うが、それ以上にチョコバーは水分がない。
一週間食べなくても死なないらしいが、三日水を飲まなければ危険だと聞いた覚えがある。たぶん何よりも水の確保が重要だとおもう。
「今ある水は、昨夜買った500㎖のペットボトルに入った飲み残しの水が300㎖位あるだけか。酒飲みすぎたと思って買った水けど、思わぬ形で役に立ったな」
その他にBPの中にあったものというと。
そこそこ清潔そうな布が数枚。
まあタオルかな。
清潔そうな包帯
包帯のように切ってあるだけで、布は包帯生地じゃないな。
皮袋に詰められた小石(小石)
親指の関節一つ分くらいの石だけど、何に使うものだろう。
ピンポン玉ぐらいの石(石)
投石用か?あまり持ち運ぶと重いと思うけどBPがあれば平気なのかな。
玉石ぐらいの石(玉石)
誰の仕込みか知らないけど、石好きだね。ああ、でもゲームによっては、こういう石が初期装備の物もあったな。
そしてボロイ手帳が一冊。
中身はといえば、それは健太郎の日記というか手記のようだ。
マッチ
やったね、これで木をこすらなくても火を起こせるよ。
これらの荷物はBPの中にはいっているのだが、BPから直接取り出すほかにも、GUIに表示されたBPのアイテム枠でも確認することができる。
アイテム枠は6マス×5マスの30マスで、30アイテムを管理可能だ。
ただし、先ほどの10アイテムが表示されたマスを含む12マス以外には×印がされている。
たぶん物理的にBPに入れれば入るとは思うけど、このBPの持つ特性を生かすことはできないと思う。
このBPの特性、それは物理的なサイズや重量に関係なく収納が可能で、同一品目は99個までスタック可能なアイテムボックスの役割を持っているのだ。
まあ、昨今のラノベにみられる無制限収納などに比べたら、大きく劣る不便なものだが、ゲームの仕様としては便利すぎてもだめなので仕方がないな。
マップに固定のボックスではないだけましと思おう。
さて気になるのは健太郎の手記だが、往々にしてこういうものにはネタバレというか、隠された真実的なものが記載されているものだろう。
悠長に読んでいる暇もないが、重要ではあるので急ぎ目を通しておくことにする。
〇月×日、トラックに轢かれたと思った僕は、何故か白い空間にいた。
白い空間には神様がいて、その神様が管理する世界で不浄なるものが蔓延して困っているので、勇者となる者を募集しているといわれた。
僕は勇者の力をもらって、この世界を平和にすることにした。
勇者の力は凄かった。
それはまさに、がいしゅうなんとかってやつで、僕はゾンビやミュータントをバッタバッタと薙ぎ払っていった。
だけど、世界は広すぎる。
僕一人が頑張ったって、世界には大した影響はなかった。
魔王を倒して冒険の旅が終わるゲームの勇者と違って、僕の戦いには終わりがない。
最近は街の兵士たちが、働かない。
町を守ってはいるけど、敵が来れば僕を呼び出して倒してくれという。
ふざけんな、お前らも戦えと言ってやりたい。
だけど彼らに嫌われると、僕もご飯が食べられない。
あんまりおいしくないけど、調味料とかないみたいだから仕方がないのかもしれない。だけど正直に言えば、日本の食事が恋しい。
もう嫌だ。
近頃は僕のうわさを聞き付けた他の町や国から、軍隊がやってきて僕を引き渡せといい、町の兵士と騒ぎになっている。
とうとう他国が攻めてきた。
だけど相手はゾンビや魔物ではなく人間。
僕は戦えなかった。
それでも戦いを止めようと思って、必死に呼びかけたけど、誰も聞いてはくれなかった。
町の人が大勢死んだ。
僕のおかげで魔物が減り安全になったけど、僕のせいで戦争起きて町が壊れて働ける人が減って、この町はもうだめらしい。
町の人が僕を見る目が冷たい。
僕が戦わなかったから?
僕は思っていたよりずっと無力だった。
僕は町を離れて、森に小屋を建てて生活することにした。
昔テレビで見た外国の小屋を参考に家を建てた。
雨漏りするし風邪も通るけど、僕が建てた僕の家だ。
僕は魔物を狩って、焼いて食べた。
森で食べられる野草を見つけて家の近くに畑を作った。
僕は自活できるようになった。
だけど、一人は寂しい。
町のことも気になった僕は、様子を見に行った。
町は無かった。
残っていたのは壊れた防壁と、壊れた家屋。
そして徘徊する無数のゾンビやスケルトン。
僕が守っていた町はもうない。
僕が森に来てどれくらい経ったろうか。
最近は何もする気がおきない。
朝起きて、魔物肉を食べてぼ~と一日過ごして暗くなったら寝る。
魔物も僕を恐れて近寄ってこない。
時々兵隊のゾンビを見るけど、何だろう。
もうこんな生活は嫌だ。
僕は毎日神様に日本へ返してくれるようお祈りした。
神様は応えてくれた。
神様は言った。
日本に戻すことはできないけど、神様が管理する他の世界なら良いと。
そこはここよりずっと、平和な世界だと。
ただ、条件としてこの世界を救う力がありそうな者を、探すよう言われた。
神様から預かった鏡は地球の日本を見ることができた。
両親の様子も見られた。
両親は僕の知っている姿ではなく、ずっと年老いて見えた。
家には、僕が生きていたころにはなかった仏壇があり、両親は毎日僕の位牌に手を合わせて、お線香をたいてくれていた。
僕には、泣きながらその光景を見ている事しかできなかった。
昔の同級生の家を見ていて彼奴を見つけた。
彼奴は僕が苦労しているこの世界に、よく似たゲームで遊んでいた。
ゾンビを倒して笑い、殺されたといって怒りながら笑っていた。
それを見て僕は、無性に腹が立った。
だから僕の代わりを彼奴にすることにした。
神様は霊魂しか連れてこられないと言っていたけど、あっちで殺してしまえば霊魂だ。
何も問題はない。
僕は予定通り彼奴を殺して神様に渡した。
だけど、生きていた彼奴を僕が殺したと、神様は見抜いていた。
僕の転生話は白紙になった。
僕はまた森で一人になった。
何もする気が起きない。
最後の食事はいつだったろう。
最近はあの日のことばかり思い出す。
久しぶりに会った彼は昔のままだった。
久しぶりに僕に会えたと喜んでくれていた。
今ならわかるけど、僕もあの時は楽しかったんだ。
だけど、あの時の僕にはそんなことさえわからなかった。
僕に笑顔を向ける彼を、憎らしく思い僕は彼を殺した。
僕のエゴで何の罪もない彼を殺してしまった。
僕はもう長くないと思う。
身勝手な話だとは思うけど、今思えばあの日の晩は、夢のように楽しい一時だった。
生まれて初めて飲んだ、お酒の味は今一つだったけど、あの日の思い出が、今の僕には宝物だ。
たぶん僕が死んだら、この世界のどこかで彼が目覚めて、僕の役目を引き継ぐのだと思う。
彼が全てを知ったなら、僕を恨むだろう。
だけど僕が消えて彼が現れる。
だからもう彼に出会うことはない。
この日記は僕の自己満足。
こうして書き記して、彼に言い訳している気分になっているだけの、独りよがり。
だけどもし、叶うなら最後に一言彼に、謝りたかった。
ごめんなさい、僕が君を殺しました。
僕が君を。