1 邂逅
最初は軽く怪談風ですが、怪談ではありません。
「ここは、どこだ?」
その日の朝、俺は見知らぬ部屋の粗末なベッドで身を起こし、そうつぶやいた。
昨日は確か…そうだ、健太郎の奴はどこへ行った?確かあいつが良い場所へ連れていくといって、帰ろうとした俺を無理やりタクシーに乗せて…。
そこから先の記憶はなかった。
たぶん俺はタクシーの中で寝てしまったのだと思う。
「あの後どうなったかわからないけど、何がどうなったらこの部屋…いや、部屋と呼んでもいいのかこれは?」
俺は声を潜めてつぶやいた。
と、いうのも俺の目覚めた場所は木材というか、手作り感溢れる丸太の柱、木の枝に草を編み込んだような壁に、同じく木の枝と草で作ったベッドという、どこかのブンブン(野生動物観察小屋)にも劣る場所だった。
「あの野郎、俺をどこへ連れてきた?まさか目が覚めたら外人部隊に所属させられていて、地獄の最前線的なゲリラの潜伏基地に、運ばれてきたわけじゃないよな。そもそも寝たままの人間を海外に運び出すなんて普通出来ないだろうから、一応日本国内だよな?」
俺は、そうつぶやきつつ寝台を離れ、部屋の出入り口らしき木の枝で作られた扉へと向かいそっと耳を当てる。
「スキル、聞き耳発動」
………
な~んてな。
あったらいいよな~ゲームに出てくる聞き耳スキルとか、隠密スキルとか。
ダンボールでもいいけど、さすがにここじゃ目立つかな。
さて、この部屋にいても仕方がないし、コッソリと扉を開けてみますかね。
「こそ~っと」
ギギ
……。
油とか水とか…無いよな…。
仕方がないこのまま開くか。
ギィギィ~
あはは、めっちゃ鳴きますよこの扉。
ウグイス張りの床と同じ目的じゃないよね?
俺は冷や汗を滝のように流しつつも、これ以上物音をたてないようにと、その場で息を止め彫像のように固まり、ついでに気配も消えろと念じながら耳に全神経を集中する努力をする。
「ふう、どうやらバレてない様だな」
周囲に何の反応もないと判断した俺は、そっと息をつき呼吸を整える。
ついでに何かフラグめいた言葉を漏らした気もするが、今それを考えている余裕はないだろう。
扉を開けた先は、屋外だった。
周囲を伺いつつ、そっと外へ出る。
そこは森の中のようだった。
振り返って確認すれば粗末な小屋が一つ。
「なんか東南アジアの動画配信者が手作りの小屋を建てた時の小屋っぽいな。それにしても何なんここ?健太郎が作った小屋か?あいつこんな森の中で何やっているの?」
周囲には、人がいないと判断して俺はつぶやきを漏らす。
「これ畑かな?すっかり荒れ放題だけど、今ここに住んでいる人はいないのかな?」
小さな畑らしき物があるが、今は雑草が生え伸び放題になっている。
「……ま、いいか」
俺は懐からスマホを取り出して、健太郎へと電話をかける事にした…が。
「あれ?昨日健太郎から着信があったはずなのに、着信履歴に残ってないぞ。まさか寝ている間に誰かが消したのか?」
健太郎は中学生の時の友人で、家庭の事情で引っ越していったが、昨日急に連絡が来て『近くまで来たんだけど、もし良かったら飲まないか』と誘われて、飲みに出た。昔話をしながら飲む酒は、それなりに楽しかったと覚えているが、俺の電話には健太郎の番号は登録されていないし、もちろんあいつの電話番号は記憶にもない。
「そういやあいつ、こっちに来たのは10年ぶりとか言っていたけど、俺の地元からタクシーで行ける場所に行きつけの店があったのか?それならもっと前に…いや、ここ店じゃないからその話自体嘘なのか?まいったな、本当に変なことやってないよな?新興宗教や犯罪の片棒はごめんだぞ」
健太郎に電話が出来ないなら、現在地を確認して帰る方法を考えようかと地図を起動したが、どういうわけか地図アプリは現在地を示さない。
「あれ?ここ圏外か!嘘だろ、どこにいるかもわからないし、電波が通じなければ救助も呼べないじゃないか」
自分の場所がわからなくても、警察に電話できれば、電話の中継基地などからある程度俺の場所が特定できると思ったけど、電波が通じないならそれもだめだ。
「健太郎か他の誰かがここに来るまで待つしかないのか」
俺は暗澹たる思いを抱きながら、小屋へ戻ろうとした。
♪♪♪
その時、俺の手にしたスマホから着信音が聞こえてきた。
俺はすぐにスマホの画面へと目を向ける。
そこには、メモリーにない誰かからの着信を知らせる通知。
そして、表示された番号は昨夜見たような気のする番号で…。
俺はスマホを見つめ逡巡する。
状況を考えれば、ここで電話に出ないというのはあり得ない。
だけど、先ほど確認した“電波が通じていなかった”という事実が、電話に出ることをためらわせる。
理由はわからないが、この電話に出ることでそれまでの日常が終わってしまう。
俺にはそんな気がしてならないのだ。
それでも、この電話に出て話をしなければ、どことも知れないこの場所で、俺は一人過ごすことになるだろう。
俺は、緊張からごくりとつばを飲みこみ、そしてスマホを耳に当て、声を発した。
「もしもし」
『……』
「健太郎だよな?」
『……』
「おい、何で黙っているんだよ」
『……』
「ふざけんなよ、お前どこにいるんだ?ここはどこだよ」
『……』
「なんとか言えよ!」
『……ごめん』
「お…」
その声を聴いた俺の背に、冷たいものが振れた気がした。
プツ
「あ、お、おい!」
健太郎は消え入りそうな声でそう言うと、それきりスマホから声は聞こえなくなった。
画面を見れば通話も切れているし、アンテナの表示も電波なしを示していた。
「なんだよ、なんなんだよ。…そ、そうかドッキリか!いたずらなんだろ?お前そういうの好きだったよな?このスマホも実は俺のじゃなくて、ドッキリの小道具で!」
そう叫びながら俺は電話画面を開き、実家の番号を表示する。それは記憶にある番号と相違なかった。
このスマホに電話発信機能があればコール音が鳴り電話がつながるだろう。
そしてこれがドッキリの悪戯なら電話発信できないか、隠れて俺を見ている仕掛人たちにつながるだろう。
俺が電話捜査をして間もなく。
どこからか着信音のような小さな音が聞こえてきた。
俺はそれで理解する。
この電話の着信音の先に健太郎か、仕掛人が居るはずだ。
俺は、ドッキリを見破ったという思いから、この悪戯をした連中に何と言ってやろうかと考えながら音のする方向へと歩いて行った。
だから忘れていた。
背に感じたモノを。
だから気が付かなかった。
周囲に漂うそれに。
音源は小屋から20mほど離れた大木の裏側のようだった。
あと数歩進み、その大木の裏側を見れば、そこにはにやけ面の健太郎がいるはずだ。
だけど俺はそこから先に、進めなかった。
何故ならその大木の周囲には強烈な匂いが漂っていたから。
漂う匂いは腐臭。
明らかに何か腐ったものがそこにあり、そして、そこから着信音が聞こえてくる。
「健太郎、居るのか?ここさ、ものすごく臭いんだけど、お前何やってんの?…なあ、なんとか言えよ」
俺は大木の側面へとまわりこみ…。
「う、うげえぇぇぇぇぇぇ」
俺は吐いた。
大木の裏にあったものは、腐乱した死体だった。
胃の中の物を吐きつくした俺は、改めて死体を確認することにした。
ここが、俺の生活していた地元付近なら、まず警察を呼ぶべきだろうけど、電話が通じないし人を呼びに行くこともできない。
正直言って、見たくはないし近づくのも嫌だが、この遺体に何らかの手掛かりがあるかもしれない以上、自分で確認するしかないだろう。
まず服装だが、だいぶボロボロになっていたが、昨夜の健太郎が着ていた服に酷似しているように思う。
遺体の具合だが、医者でもない俺には死後何日たっているのかはわからないが、一部腐乱している事から、死後それなりに経過していると想像できる。
「そして、これが電話か…」
着信音はもう聞こえない。
だが、一部白骨化した手には、ガラケーが握られていた。
俺は着ていた服の袖を伸ばし、自身の指紋を付けないように袖でガラケーを挟んで、遺体から抜き取る。風雨に晒されていたそれは、薄汚れていて俺の服が挟んだ部分がくっきり色分けされた。
「指紋はともかく、触ったのがもろバレだな。これなら下手に指紋隠さない方が、後で警察が入ったときに疑われないか?」
すでに警察がどうこう言う事態ではないかもしれないけど、これが単なる心霊現象で済めば、健太郎を弔ったのちに、俺が日常生活に戻れる可能性がある…かもしれない。
電源ボタンを押すが、電源が入る様子はない。
「電源は入らないか。死ぬ前に電源を落としていれば、バッテリーも残っていたかもしれないけど…まあ、それでもこの電話が発信や着信をしていた理由にはならないな。いよいよホラーだけど、健太郎、お前は俺に何を伝えたかったんだ?まさか俺に恨みがあって化けて出たわけじゃないだろ?」
聞き間違いでなければ、最後の電話で『ごめん』と言っていた。
それが死者の声であったとしても、異常事態に巻き込まれた俺への謝罪と信じたい。
「さて、健太郎の思いはどうあれ、俺がここを脱出するには、どうすればいいか…」
果たしてここはどこなのか?
酔いつぶれた俺が、一晩で…いや、健太郎らしき死体があり、鳴るはずのない電話などを考えれば、相当に金をかけたドッキリでもない限り、これはもう異常事態に他ならない。つまり、一晩で移動の可否とか、ここは日本のどこだとか、そういう常識的な思考では解決できないと考えて良いはずだ。
…マジでドッキリじゃないよな?
実は健太郎が動画配信やっていて、素人相手に多額の製作費かけてドッキリとかないよな?
俺は遺体をチラ見する。
あれが本物そっくりの偽物だとしたら、あまりにも悪趣味すぎる。
ああ、でも心霊現象よりはマシか?
「…だめだ、考えていても何も進まない。とりあえず小屋でも調べるか」
遺体が何か手掛かりを持っているかもしれないけど、あの腐乱した遺体を触りたくはないからな。
さて、数多の推理モノではこういう現場には、何らかの手掛かりがあるものだが。
「殺風景というかベッドしかねえな。ここが健太郎の家とも限らないが」
ここで生活していたものは相当質素な生活をしていたようだ。
それでも何かないかと、小屋の中を探し回ると。
「お、ベッドの下にリュックがあるじゃないか」
それはこの小屋とは違い、文明社会で製作されたリュックサックだった。
俺はリュックへ手を伸ばし、ベッドの下から引き出した。
その時
「い、いてええええ」
リュックをつかんだ俺の手の甲に激痛が走った。
しばらくすると激痛は収まったが、俺の手の甲を見れば赤い蚯蚓腫れの様なものが走り、奇妙な文様を描いていた。
「ナニコレ?」
何でリュックつかんだら手の甲に模様が浮かんだの?
健太郎の呪い?
意味不明すぎるんだけど。
だが、そんな俺の思いとは裏腹に、さらなる衝撃が俺を襲う。
=バックパックを手に入れました。チュートリアルを開始いたします=
「………………………………………………はい?」