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9.前世⑥ 断罪

「婚約破棄ですって!?」

「そうだ。これは陛下からの許可も取ってある正式な決定だ」

「う、嘘よ……そんな……」


卒業パーティーの場で、なぜか王太子殿下と公爵令嬢の婚約破棄が行われている。

そうなることを公爵令嬢から事前に聞いていたので、腰に回る王太子殿下の手を振り払わない『ヒロイン』に苛立ちながらも、ヒロインはイベントと割り切って彼らを見ていた。



*****



シナリオを終わらせれば、身体が解放されるかもしれないと考えついた公爵令嬢に、(いつの間にか入っていた)王太子殿下ルートを完結させてはどうかと提案された。

確かに試す価値はありそうだと、ヒロインは彼女の提案に乗ることにした。


公爵令嬢の話によると、王太子殿下と公爵令嬢の婚約破棄をもって『ヒロイン』と王太子殿下が結ばれ、ハッピーエンドとなるらしい。ヒロインとしては彼に対して友人以上の感情はないが、自由のためには仕方がないと自身を納得させた。


婚約破棄された公爵令嬢はというと、ヒロインがどんなエンドになろうとも、「修道院に入る」ことが決まっているそうだ。「王太子殿下は私のタイプではないし、結婚もする気はなかったから、修道院に入るのは丁度良かったわ」と彼女は笑っていたが、冗談ではない。

ヒロインが公爵令嬢が入れられそうな修道院を調べたところ、一度入れば外部との連絡を一切絶たされる厳しい場所で有名だとあった。そんな場所に彼女を行かせるなんて嫌だ。


仮定の話ではあるが、婚約破棄のあと『ヒロイン』がハッピーエンドを迎えたら、その後はシナリオに縛られることなく、どんな時間帯だろうと自由に動けるようになる可能性がある。そうすれば、公爵令嬢の修道院入りを阻止できるかもしれない。


できうる限りの手は打とうと、ヒロインは動ける時間にあれこれ奔走した。修道院へ向かう道中に公爵令嬢を連れ出し、匿う手筈を整えるためだ。ヒロインを引き取った男爵家の面々は、彼女が優秀な成績を残していたので、わりと好意的にヒロインの頼みを聞いてくれた。


動ける時間は限られていたので、かなり準備に手間取ったが、なんとか計画通りに実行できる状態までこぎつけることができた。



*****



王太子殿下とその側近達が、つらつらとヒロインに行った虐めの数々について明らかにしていく。公爵令嬢が指示せずに、彼女の取り巻きが勝手にやったものもあるだろうが、全て彼女のせいになるようだ。

違うと声を上げたいが、ここは黙って聴くパートなのかヒロインは口を開けない。


「ここまで物理的証拠も状況証拠も揃っていて、言い逃れができると思うか? ○○嬢が無事だったから良かったものの、生死に関わるような暴行にまで及んだ君と、これから先を共に歩むつもりは毛頭ない」

「わ、わたくし……」


口元を震わせる公爵令嬢に、冷ややかな目線と声で彼女を断罪する王太子殿下。


ヒロインは階段から突き落とされる以外にも、殺人未遂とも呼べる暴行を、公爵令嬢とその取り巻きから何度も受けた。さすがに死ぬかも――と思いながらも寸でのところで助かったのは、さすが『ヒロイン』というべきか。


王太子殿下が陛下の方に振り向き「このあとも、私が?」とよく分からないことを尋ねる。

陛下は「うむ」と頷いて続きを促した。


王太子殿下は、青い顔をして唇を噛みしめている公爵令嬢を見据える。


「――君とは、幼い頃から知っている仲だ。君だけは減刑も……と、一時期は考えたが、○○嬢への仕打ちに、君も公爵と同じ人種なのだと痛感した」


「……?」


会場がざわつく。

ヒロインも王太子殿下の不穏な物言いに、ぞくりと身体を震わせた。


なに……? 何を言い出すの……?


「○○公爵」


王太子殿下が、保護者のスペースで娘の成り行きを見ていた公爵を呼ぶ。

娘が断罪されているにも関わらず、一切声を上げていなかった男だ。隣にいる妻もしかり。


「せめて自分の口から告白してみるか?」

「何をでしょうか?」

「……しらばっくれる気か……この流れで分からないはずないだろうに」


王太子殿下は呆れた声色を隠しもせず、側近が持っていた書類の束を受け取り、公爵に見せつける。


「この書類に見覚えがあるだろう」


疑問形ではなく断定した王太子殿下は、公爵の行った悪事を次々と読み上げ、逐一証拠を突きつけていく。

税金の不当な吊り上げ、奴隷の斡旋、麻薬の密売……罪状がつまびらかにされていく途中で、公爵が「私は財政難を何とかしようと……」と苦し紛れに口を挟んだが、即座に私利私欲のために使った証跡を提示され、押し黙った。


ヒロインの心臓がドクドクと嫌な音を立て始めた。

喉が渇き、血の気が引く。


「――最後に、隣国との裏取引……立派な反逆罪だな」


王太子殿下が、公爵と公爵夫人を鋭い視線で射抜く。

彼らの顔色は蒼白を通り越して土気色になっており、今にも気絶しそうだ。



「――……よって、○○公爵家は、一族全員を処刑する」



会場は水を打ったように静まり返った。


バタン! と公爵夫人が気を失って倒れた。公爵は妻を支えることもせず項垂れている。

公爵令嬢は顔色の悪さこそ変わらないが、妙に落ち着いた佇まいだ。


                            

「――しょけい?」



ヒロインは処理落ちしたコンピューターように、酷く緩慢な動作で王太子殿下を見上げた。


「――……○○公爵令嬢、まで……処刑、されるのですか……?」


カラカラに乾いていた口から発せられた言葉は、たいそう掠れていた。

脳も舌も痺れているかのように上手く動かない。思考ができない。理解が追いつかない。



*****



ごめんなさい。あーちゃん。


公爵令嬢は、呆然自失としているヒロインに心の中で謝罪する。

彼女はヒロインに嘘の結末を教えていた。


この乙女ゲームの結末は極端で、ハッピーエンドでは必ず悪役令嬢が処刑され、バッドエンドでは必ず不慮の事故に遭ったヒロインが死ぬのだ。

強制力がある以上、おそらくハッピーエンドかバッドエンドか二極の結末しか迎えることができない。


ヒロインのことだ。これを言ってしまったら、自由に動ける時間に何とかバッドエンドになるように動くに違いなかった。

前世のようにまた親友を目の前で失うなんて、公爵令嬢はまっぴらごめんだった。


公爵令嬢は、どのルートに入ろうとも絶対にバッドエンドを阻止する気でいたが、とりわけ王太子殿下ルートが確定してしまった時点で決意を確固たるものにした。

彼のルートだけ、唯一ヒロインの死に方が変わるからだ。


婚約破棄されて逆上した()()()()()()()()()()()()()という、最悪のバッドエンドに。


本当に、ごめんなさい。あーちゃん。

あなたにも、前世の私と同じ目に遭わせてしまう。


だけど、私の手であーちゃんを殺すなんて、それだけは耐えられない。

きっとあーちゃんは、私のせいじゃないって抱き締めてくれるだろうけど、それだけは。

それだけはできないわ。


――ごめんなさい。


許してね。



*****



「お願いですから、○○公爵令嬢だけでも減刑を! 家のことは公爵と公爵夫人の罪で、彼女は関わっていないのですよね? どうか彼女に慈悲を……!!」


公爵令嬢の予測通り、ヒロインへの強制力は王太子殿下と公爵令嬢の婚約破棄によって、すでになくなっていた。

自由に発言できるようになった彼女は、公爵令嬢の減刑を何度も何度も訴えたが、彼女の声だけで覆せるほど、公爵家の罪は軽くなかった。大小様々な悪事があったが、最終的には反逆罪という大罪を犯したのだから。




――処刑当日。


ヒロインは、王宮の一室に軟禁されていた。

処刑の決まった公爵令嬢を解放させようとしていたからだ。成功していれば彼女も反逆罪でもろとも処刑されてしまうところだった。

ヒロインと結ばれたい王太子殿下が、それを許すはずもない。


「どうにか、どうにかしてここから出られないの……!? りっちゃん……!!」


有能な魔法の使い手達によって張り巡らされた何重もの結界が、ヒロインの脱出を阻んでいた。

ヒロインがありったけの魔力量を練り込んだ攻撃魔法を何度も試みたが、びくともしないほど頑丈だった。これ以上続けると、魔力が枯渇して動けなくなりそうだ。


「何か……何か、何か、何かないの!?」


こうしている間にも、処刑の時間は刻一刻と迫っている。

ヒロインは脳内をフル稼働させて、ただの攻撃魔法以外に有効な魔法がないか記憶を探る。


「――あれを、試すか」


思い出したのは、古い魔法書で読んだ転移魔法。あらゆる障害ををすり抜け、意図した場所へ身体ごと移動させることができる高等魔法だ。

ただし、あらかじめ移動したい場所に魔法陣を組み込んでおかないと、安全に移動できず、時空の狭間に取り残されたり、四肢の一部しか移動させられなかったりと、かなりのリスクを背負う。


だけど、やるしかない――と、ヒロインは最後に残った魔力を編み上げ、記憶を頼りに転移魔法を発動した。




「りっちゃん!!」


ヒロインが処刑場に辿り着いた瞬間――……



公爵令嬢の首は、凶刃に切り落とされた。


突風が吹き上げ、彼女の首が籠に入り損ねて空中に放り出される。

くるくると回転する首から血飛沫が雨のように降り注ぎ、民衆達が悲鳴を上げて四方八方へ逃げて行った。


公爵令嬢の首は、民衆がいなくなった地面に叩きつけられ、一度跳ねてヒロインの目の前で止まる。


目の前に落ちてきた彼女の首に手を伸ばした。

触った頬はまだ温かい。


「……」


服が血に染まっていくのも気にせず、彼女の首を抱え込んだ。


「――――あ、あ、ああ……ああああああああああああっっっ!!!」



ヒロインは泣き叫びながら発狂した。



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