6.前世③ 兆し
最初の始まりは、校内で迷子になったことだった。
ヒロインは方向感覚が優れている方だ。
委員長に校内を案内してもらってから、今まで迷ったことなんてなかったのに。
いつも使ってる道で迷うってことある?
まだ十代なのにボケた? えぇ……自分大丈夫?
ヒロインは焦りながら元の道を探すが、あれよあれよという間に全然知らない庭園に辿り着いてしまった。
こじんまりとしていて、ヒロインの他に人がいない。
花の種類は多くないが、良く手入れされているようで、どれも鮮やかで美しかった。
「……こんなところに人が来るなんて思わなかったな」
ヒロインの肩がビクゥッと飛び上がる。
誰もいないと思い込んで完全に油断していた。
「君はたしか……転入生の○○男爵令嬢では?」
迷い込んだ庭園で出会ったのは、王太子殿下だった。
遠目にしか拝見したことがない高貴な存在。
そんな方に存在を認知もらっている事実は、ヒロインを頻りに恐縮させた。
緊張のあまり、返す簡単な挨拶すらしどろもどろになってしまったが、王太子殿下は見下すことはなかった。
あろうことか迷ってしまったと話す彼女を、普段使っている廊下まで案内してくれたのだ。
王太子殿下は、元日本人の癖でペコペコと頭を下げるヒロインを止めると、
「一人になりたいとき、あの場所に行っているんだ。君と私だけの秘密にしておいてくれないか?」
人差し指を口に当て、何人もの令嬢を虜にしたであろう悩殺スマイルを繰り出してきた。
「……わ、分っかりました……っ」
ヒロインはぶんぶんと首を縦に振る。
これ以上見ていたら眩しくて目が潰れそうだ。
ヒロインはもう一度お礼を言って、そそくさと立ち去った。
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誰も周りにいないのを確認し、ぷはぁっ! と大きく息を吐く。
「っは~……緊張したぁ……ていうかなにあの笑顔。反則じゃない? やっぱり絵と生じゃまるで違……ん? 生だと違う……? あ、そうか。さっきのも見せられたスチルまんまだ」
ぽん、と手を打つ。
王太子殿下の美貌にときめきはしたが、恐れ多さの方が勝っていたので、思い出すのに少々時間がかかった。
きっと親友だったら見た瞬間に、スチルそのままの笑顔だと飛び上がって喜んでいただろう。
親友とは、あの日の邂逅以来会えていない。
ときどき見かけることもあるが、やはり身分の違いで声を掛けることは出来ず、ヒロインはなんとも歯痒い思いをしていた。
攻略対象者なんてどうでもいいのにな。
彼らよりも親友と話したいと思うヒロインとは裏腹に、その後もそれまで一切関わりのなかった攻略対象達と出会い、交流を深めることになる。