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6.攻略対象? いいえ、ライバルです

ブックマーク外さずにいてくださった方々に感謝…作者、生きております。



「やっと会えたな。……いや、会えましたね。ナイトレイ先輩」


騎士科の必須科目である剣術の授業後、ライアスは美少年に声を掛けられた。

攻略対象その二――クリストファー・エッジ伯爵令息である。

クリストファーはこれから剣術の授業があるらしく訓練着だ。機能性を重視した地味な格好にも関わらず、彼が着れば世界最高峰のデザイナーが大金をつぎ込んで作ったと言っても信じられる服に見えてくる不思議よ。


「何なのそれ。いつもみたいに普通に話してよ」


美少年(ライアス)美少年(クリストファー)が同じ空間にいる()はもはや芸術並の麗しさ。

ここが鍛錬場だったのが幸いだ。女子生徒は一切おらず、鍛えられた騎士科の生徒しかいないため、入学式のように気絶者が出ることは無かっ……新一年生が何人か倒れた。


「しかし、先輩であるナイトレイ様に敬語を使うのは、至極真っ当な態度ではないでしょうか?」


クリストファーとも、ルーファスと同様、友達という関係が切れること無く続いている。

加えて、ライアスは黒騎士団の見習い、クリストファーは白騎士団の見習いとして、しょっしゅう顔を合わせては一緒に研鑽を積んできた。騎士団では、身分差はあってもこんな話し方はしないし、されない。

なのに、ライアスが止めろといっても、クリストファーは知らぬ顔で敬語を継続している。


「……ふーん? 昔からタメ口じゃないと泣くくせに、何言ってるの?」

「なっ!? 泣いてなんかいない! 親の爵位で距離を置かれるのが嫌だから……あっ」

「はい。タメ口に戻ったね。よろしい。ふふっ」


少しカチンときたライアスが煽ると、簡単にクリストファーの口調が戻るので笑ってしまった。


「少しふざけただけだろう? 泣いたなんて嘘を言うなんて」


クリストファーが拗ねる。


「いや、出会ったばかりのときは、泣いたと言っても過言じゃないほど、俺が敬語使う度にあざとく寂しそうな顔してたからね? 捨てられた子犬みたいな顔して『敬語は嫌だ』って言ったの、今でも忘れてないよ」

「ん~? そうだったか? 覚えていないなぁ」

「わざとらしっ。ていうか、学園は学ぶ機会が平等なだけで、身分制度が無くなるわけでもないんだから、本来こっちは敬語を使わなきゃいけないの分かってる? クリス……いえ、エッジ伯爵令息」

「あ、おい。クリスと呼べと言っているだろう」


ほら、すぐに不機嫌になる。でも最初に他人行儀にしたのそっちだよ?


公式の場でも何でも無いのに、クリストファーに敬語を使われたのが思ったよりもショックだったライアスは、少し意地悪な気分になっている。


「いいえ、先輩と呼んでくださるのなら、こちらも正しい態度をしなければなりません。男爵子息である身ながら、伯爵令息であるエッジ様への馴れ馴れしく無礼な態度。どうかお許しください」


ちょっと大げさに謝罪をして頭を垂れてやった。

………………ん? 反応無いな。


「…………ライ」


悲しみに満ちた声で名前を呼ばれて、思わずがばりと顔を上げる。


「……怒ったか? もう、俺のことは愛称で呼びたくない……?」

「!?」


ッぎゃーーーーーー!!??

美少年の涙目ーーーーーー!!!!

はっ、破壊力ーーーーーーーゥゥゥ!!!!


ライアスの心中の絶叫と共に、ドサドサドサァッと背後で聞き慣れた音がする。


「はぁぁぁぁぁ、このっ、その顔をすれば俺が許すと思って……!」

「ごめんな? ライ」


許してくれるか、と眉毛を下げるクリストファーは、相も変わらず子犬のよう。


「…………くそ。顔面偏差値がエグいんだよ。びっくりするほど有効だよちくしょう」


何しろ前世じゃ推しだったからね!! ぶっちゃけ顔だけで言ったら誰よりも好きだ。

クリストファーも最近はそれを分かってやってるので、質が悪い。まぁ、天然でやっていた幼い頃も、それはそれで質が悪かったけれども。


「ははっ。ライは俺の顔を高く評価してくれているよな。顔が良いと評価を受けることは多いが、ルーとおまえの方が整っているの思うのだが」

「そんなこと……どうかな。クリスと俺じゃタイプが違うから、比較のしようが無いと思う」


ライアスはそんなことはないと言いかけて、別の言葉に換えた。さすがに、今世の自分がトップクラスの顔面偏差値であることは自他共に認めている。下手に謙遜したらすんごく嫌味な奴になってしまう。


「なぁライ、これまでどおりの接し方でいて欲しい」

「どの口が言ってんの。クリスがそうして欲しいだろうなって思ってたから、俺はそのつもりだったよ。クリスが最初に敬語使い出したんだからね」

「ふふっ。悪かった」

「もういいけどさ」


ライアスが許すと、クリストファーは首に手を置いて決まり悪そうな顔をした。


「あーその、なんだ。正直に言うと、少し拗ねていたんだ」

「え? 拗ねる?」


思いがけないクリストファーの言葉に、ライアスが疑問符を浮かべる。


「俺はルーの右腕を目指しているから、どうせなら学年も一緒がいいと、一年飛び級することは決めていたんだ」

「へぇ。そうだったんだ?」


ルーファスとリディアは、ライアスとクリストファーの一つ上だ。順当にいけば、ルーファス達がクリストファーよりも先に学園へ入学する。それを避けたかったようだ。

が、それがどう「拗ねる」に繋がるのがよく分からない。ライアスはそのままクリストファーの話を聴くことにする。


「だが、一年飛び級するということは、当然、大人の貴族社会に入るのが早くなる。貴族の堅苦しいマナーを嫌う俺に、ルーが言ってくれたんだ。『わざわざ僕に合わせないで、羽を伸ばせる子ども時代を一年でも多く味わうといいよ』と」

「なるほどね。そうだったんだ」

「ああ。ルーも飛び級できる実力はあるが、卒業したら王太子になるのがほぼ決まっていて、目も回る忙しさになるのが確実だから、飛び級は絶対にしないと言っていてな」

「あ~。それはルーに聞いた気がする」


ライアスは納得納得、と頷いた。


ゲームのルーファスは、周囲からの期待と重圧に応えようと厳しすぎるほど自分を律していた。王太子になるために、限界を超えて倒れるほどの努力を重ねている描写はよくあった。しかも、婚約者のリディアは彼を支えるどころか頭痛の種。何もかもを自分で抱え、ずっと独りきりで戦っていた。


しかし、現実は違う。

リディアの中がりっちゃんになったことで、ルーファスを支える心強い存在ができたのだ。臣下(ライアス)(仮)のことも上手く使うし、それどころか国王や学園長(目上の大人達)も言いくるめる。ルーファスは適度に手を抜き、周囲に頼ることを覚えた。

なので、王太子になる前の忙しさがマシな学生時代を、最大限に謳歌――いや活用したいというルーファスの気持ちは想像に難くない。ゲームのルーファスならば、飛び級出来るならしていただろうが、現実の彼はなかなか強かな人間へと変化している。


「でも結局、クリスは飛び級したんだね。やっぱりルーの右腕に早くなりたいから?」

「それも勿論あるが、ルーの好意を無下にしたくなかった。それに、ライと同学年というのも魅力的だった。騎士見習いとしてしのぎを削るのも、友達として学園生活を楽しむのも、全て一緒にできると思って」

「……ッそ、そうかぁ」


ライアス(わたし)と一緒にいるのが魅力的……とか。

んぅわぁぁぁ! 嬉しいけどめちゃくちゃ照れるんですけど!?

クリスってこういうこと素直に言ってくるんだよなぁ!! 照れるとかないのかな!?

不意を突かれてこっちは瀕死でございますが!?


「だから、一度は飛び級しない方向に変えたんだ。なのに、ライ」

「え? 俺?」


推しからの供給に内心で吐血していたライアスは、急に低い声で名前を呼ばれ、我に返る。


「まさか、二年飛び級すると思ってなかった!」

「うわっ」


両肩を思いっきり掴まれて、揺さぶられる。


「衝撃だったぞ。このままではライバルであるおまえに大きく水をあけられてしまうとな。だから慌てて入試に申し込もうとしたんだが、その年の締め切りはもう過ぎてしまっていて、ライと同学年になるのは断念した。――しかも……!」


ライアスは、しかもの後に続く言葉を予想して、ニヤリと笑って見せた。


「武闘大会で総合優勝したし?」

「そうだ! っあー! 悔しい! 先を越された!!」

「クリスも三部門狙うつもりだったの?」

「……魔術部門は、正直大口を叩けない。だが、剣術部門と混合部門は必ず在学中に出場し、優勝してやると思っていたし、今も思っている」

「お。宣戦布告?」

「そうだ。その地位に胡座をかくなよ? おまえのライバルとして、そのまま頂上の椅子に座らせておくつもりはない」


アリス(ライアス)とクリストファーは、この数年で一番大きくゲームとは関係性が変わっている。恋愛関係どころか、騎士――それも王子と王子妃の騎士という高みを目指す、ライバル同士だ。


「いいね。だけどそう簡単には明け渡さないよ。実を言うと、去年は上級生が完全に俺をナメてたから、自分でも今年が本番だって思ってるんだ。油断するつもりも全くない」

「それでこそライだな。今年の武闘大会が楽しみだ。……勝つのは俺だけどな!」

「いーや、今年も俺だから!」


完全に少年漫画のそれである。

二人の頭の中には、決勝戦まで互いに勝ち抜き、剣を交えている情景が広がっていた。


「でも、なぁライアス。二年も飛び級すること、俺には言ってくれても良かったんじゃないか?」

「えーそれまだ引きずるの?」

「引きずる」


あ~そうか。これが最初に言ってた「拗ねる」に繋がってるんだ?

言わなかった理由。理由はねぇ……


「……んー、あのさ、俺は男爵令息じゃん? 王立騎士団に入れるのは基本的に伯爵家以上だ。リディア様の護衛なんて夢のまた夢。これまでの伝統を覆すなら、自他共に認める実力を示す必要があったんだ。でなきゃ、下位貴族を準王族の護衛候補にしろなんて、いくら王子のルーからの意見であっても聞いてもらえなかったはずだよ。だから、悪いけど、自分を目立たせるために、一番のライバルであるクリスは同じ学年にいて欲しくなかった。言ったらきっと、クリスも飛び級してくるだろうなって思ってたから」


アリス(ライアス)は二年飛び級の天才だ何だ言われているが、クリストファーもきっとやろうと思えば同じことをやれたはずだ。


「……」

「……あー。怒った? 小さい奴だなって思っちゃった?」


クリストファーの無言に、ライアスはチクリと胸が痛む。ライバルからコソコソ逃げる情けない奴だと思われただろうか。

クリストファーは友達であり、一番のライバルだと思っている。軽蔑されたら辛い。


「……一番のライバル?」


クリストファーから出てきた言葉が、ライアスが思っていた軽蔑でないことにホッとしつつ、頷いた。


「……ん? うん。そうだよ。誰よりも負けたくない、一番のライバルだと思ってる」


ライアスが率直に答えると、クリストファーは破顔し、抱きついてきた。


「そうか! そうか! 一番か!!」

「げぇっ。ちょ、抱きつくな!」

「良かった。嬉しい……」


クリストファーは背骨が砕けるんじゃないかと思うほど、ぎゅうぎゅうミシミシとライアスを抱き締めてくる。


「はぁ? 何。俺がどう思ってると思ってたの」


ぽろりと零したクリストファーの安堵が滲む声に、ライアスは怪訝そうな顔をして尋ねた。


「俺にとってライは一番のライバルだと思っているけど、おまえは違うのかと不安だった。ライにとっては、もしかして俺なんて眼中になくて、取るに足らない存在になってしまったのかって。だから何も言わないで、さっさと二年も先に行ってしまったのかって」


ぎゅっと抱き締める力が強くなった。

はぁもう、馬鹿力め。


「あのねぇ。そんなわけないでしょ? 今だって九十五勝九十三敗五十四引き分けだ。これでクリスが俺の一番のライバルじゃなかったら一体何なの? 逆だよ逆! 一番のライバルだから、勝つために一足先に行かなきゃヤバイって思ったんだよ」

「……そっか。そうだな」

「そうだよ。ほら、離れろって」

「ん」


離れたクリストファーの鼻が、少し赤い。

これも、ゲームのクリストファーとは違うところだ。真面目で負けず嫌いなところは同じだが、ゲームの彼は、父や兄に近づこうと必要以上に背伸びをしていた。窃盗団にアリス(ヒロイン)が誘拐されそうになってからは特に、彼女にとって頼れる存在であろうとし、弱音や不安は隠し通そうとする傾向にあった。それこそ、泣くなんて絶対にしなかった。


しかし、ライバルかつ幼馴染みの現実のアリスには、こういった本音を比較的すぐ、素直に話してくれる。

ヒロインのように『守る相手』ではなく、対等な友達として『頼れる相手』だと思ってくれているのだ。


その事実に、ライアスは喜びで胸がいっぱいになる。


「ほらほら、泣き虫タイムは終わった?」


すんすんと鼻を鳴らす、可愛くて格好良くてやっぱり可愛いライバルに、ライアスはクスクスと笑う。


「……泣いてない!」

「お鼻が赤いでちゅよ~?」


茶化すようなことをゲームのヒロイン(アリス)は言わないし、攻略対象(ルーファス)ヒロイン(アリス)相手にムキになる場面もない。


「っ、この、殴るぞ!」

「よし。やってみ!」


わだかまりが解け、ライアスとクリストファーがじゃれ合っていると、突然周囲全員に聞かせるような大きい声が響いた。


「なぁんで、こんなところに“光落ち”なんているんだよ!?」


声の方向へ二人が顔を向けると、一人の男子生徒が大勢の生徒に取り囲まれていた。


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