1.プロローグ
学園編スタートです!
「いやっ……! おねがい義姉上、行かないで……!!」
少年が切なそうにうるうると瞳に涙を溜め、ひしっとアリスの腰にしがみついて見上げてくる。その可愛さはまさに天使――ではなく小悪魔。
全部自分が最大限可愛く見える角度を計算してやっている。しかし、それが分かっていても可愛いのだから、始末に負えないのだこの義弟は。
「長期休暇には帰ってくるから、ね? エヴァン」
アリスがそう言って宥めるが、少年――もとい義弟のエヴァンは更にうるっと涙を滲ませて抗議する。
「ぐすっ。義姉上……ぼく、さみしくて死んじゃうよぉ」
「エヴァンあのね、普通は毎週末帰って来ないんだよ。今までがおかしかったの。てか、騎士科の生徒は長期休暇も帰らない人がほとんどだからね……?」
「それはぜったいにダメッッ!!」
アリスはこの一年、可愛い義弟の頼みで毎週末ヒョイヒョイとSS級魔法の転移を使って帰省していた。
同級生には「そんなに会いたいかこのブラコンめ!」と、毎週末帰省を冗談というか比喩として捉えられてよく揶揄われるが、本気である。
なお、馬車だとナイトレイ家から王都の学園は三日かかる。
「おーい、まだその茶番終わんねぇの? さすがにそろそろ出ねぇとまずいぜ? アズ」
いつまでもぐずぐずと義姉に引っ付いて離れないエヴァンと、それを引き離せずにいるアリスに呆れた視線を寄越すのは、彼女の一学年上のフレデリックだ。毎週同じことやってよく飽きねぇなぁと思っている。
「義兄上はいいじゃないですかっ! 毎日毎日毎日毎日、義姉上と一緒にいられるのですから!!」
「ん? つってもおれは商業科だから、四六時中一緒にいるわけじゃねーぜ?」
「それでも家にいるぼくとは全然違うじゃないですか!」
「まぁな」
「うわーん! 羨ましいよぅ! しかも……今年からはどうせ週末も帰って来ないんでしょ!?」
エヴァンが恨めしそうにアリスを睨み付けてくる。もちろん可愛いので全然怖くない。が、本気で寂しがっているのは分かっている。
アリスはエヴァンのふわふわとした髪を撫でてやりながら、片膝をついて目線を合わせてやる。
「ごめんね? でもまた必ず帰ってくるし、王都で人気のお菓子をたくさん買ってくるよ」
「……」
「エヴァンの大好きなアイスクリームも、チョコレートケーキも、クリームブリュレも買ってくるよ?」
「……しょ、しょうがないな……! ぜったい、ぜったいだよ!」
アリスが挙げたラインナップに、不貞腐れた表情をしつつも目が輝くエヴァンを見てほっこりする。あざと可愛賢い子だが、年相応なところもあるのだ。
「ふふっ、うん。分かった。……じゃあ行ってくるね」
ちゅっとアリスがエヴァンの額にキスをすると、彼は破顔して「口にもして!」と無邪気そうに顔を近づけてくるが、ごんっとフレデリックに拳骨をくらって蹲った。
「エヴァン? 懲りねぇなぁ。何度目だ?」
「何度でも挑戦します!」
「諦めろこのマセガキ」
フレデリックはエヴァンの首根っこを掴んで、アルバートに引き渡す。
「アルバート様。義姉弟だとしても距離が近すぎるのはあなたのせいですからね」
アルバートは溺愛する娘へのキスやハグのスキンシップに余念が無い親馬鹿だ。間違いなくアリスの人に対する距離の近さはアルバートのせいだし、エヴァンのシスコンぶりもアルバートのせいである。
「ずるいぞエヴァン! 私は近頃アリスからキスしてもらってないのに……!」
アルバートが羨ましがるが、アリスももう十一歳である。
「ふっふっふっ、ぼくは可愛いですからね!!」
「くっ。勝ち誇った顔をして!」
「ハァ~聞いちゃいねぇ~」
「ご、ごめんね、フレッド」
「まぁ慣れたけどな……ほら、行こうぜ」
明日は入学式だ。
寮生活をしているアリスとフレデリックは、前日までに学園へ戻らなければならない。
授業は無いが、新入生を歓迎するために在校生も入学式に出席する。
「りっちゃんに早く会いたいなぁ。ビックリしてくれるかなぁ?」
アリスは今年入学してくる親友りっちゃん――リディア・ハズラック公爵令嬢に思いを馳せる。
「するだろ絶対。その姿は見せたこと無いんだろ?」
「うん」
学園制服に身を包んだ美少年がいたずらっぽく笑う。
彼の名はライアス・ナイトレイ。アリスが魔法で男性化した姿である。
「アルバート様の幼い頃によく似ていますねぇ。去年よりも背がぐんと伸びましたし、益々似てこられました」
「はぁーーー尊い。尊さが日々加速してる。仕立て直した制服がよく似合ってらっしゃるわ。でも今日からまた学園に行ってしまわれるのですよね……はぁ寂しいですけれど学生でないと制服姿は見られないしあああああジレンマ!」
「キャシー、鼻血が出ていますよ。ハンカチでお拭きなさい」
「……あっ。も、申し訳ありませんモーリスさん。高ぶり過ぎました」
キャシーのアリス萌え語りの鼻血に、スムーズにハンカチを差し出すモーリス。彼女のコレはルーティンと化していて、モーリスが彼女用のハンカチを常備するのが当たり前になってしまった。それを知っているキャシーは申し訳ないと思いつつ、アリスの尊さの前では簡単に鼻の粘膜は負ける。負けまくる。
「じゃあ、いってくるね!」
「行って参ります」
アリスとフレデリックが馬車に乗り込む。
「もう行ってしまうのかいアリス!」
「義姉上ぇぇやだぁぁ~!」
「アリス様ぁ。キャシーのことを忘れないでくださいね! うぅ……ぐすっ」
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
学園に戻る前のわちゃわちゃはいつものこと。
比較的まともなモーリス以外、どう宥め賺してもアリスが学園に戻るのを全力で嫌がる面々を納得させるのはとうに諦めた。
時間になったらちゃきちゃきと準備して出発だ。
ぶんぶんと馬車が見えなくなるまで手を振ってくれる家族と使用人達に手を振り返し、アリスは明日から始まる新学期に胸を弾ませる。
りっちゃん。やっとだね。
やっと会える。
リディアの騎士として相応しくなれるよう、この三年間出来うる全てのことはやってきたと自負している。
「あぁ、本当に楽しみ」
アリスとフレデリックを乗せた馬車が、道の途中で現れた魔法陣を踏むと、発動した魔法陣の光が馬車を包み込む。
光が消えるのと同時に、馬車もその場からかき消えた。




