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42.スカウト



「騎士として、ですか……?」

「そうですね」

「治癒士ではなく……?」

「ええ」


アリスが見せたのは回復魔法だけ。にも関わらず、騎士として入って欲しいというイーサンの意図が分からない。どういうことだろう?


「厳密には兼任して欲しいのです。あなたは()()()()()()()()()()()()、ただ治癒士にしておくには惜しい」


ん?


「……あの、わたしを買ってくださるのは光栄ですが、剣は一度も披露していませんよね……?」

「馬車の扉の鍵を壊したときに見ました」

「ほぁ?」


ずいぶんあっさりと言ってくれたけど、待ってどゆこと? ――はっ。もしや土剣というかメイスというかの微妙な武器で壊したときってこと?? あれで!? 


「剣の持ち方、重心の取り方、鍵だけを粉砕する力加減を見るに、アルバート様に相当鍛えられているでしょう?」

「……あ、はい……騎士に、なりたいので……」

「そうですか! 素晴らしい!」


歯切れの悪いアリスの様子を気にしたふうもなく、イーサンは嬉しそうだ。


「若き才能との出会いはワクワクしますね。騎士達にも良い刺激になるでしょう!」


良い物を見つけたと言わんばかりに目を輝かせるイーサンは、どうやらアリスを黒騎士団に入団させる気満々である。副団長を始め、騎士達も異論は無いようで、「団長の人を見る目は確かだからな」「異議な~し! 白騎士団の奴らに取られる前に勧誘できて良かったですね~」「治癒では頼りにすんぜ! 剣はビシバシ鍛えてやんぞ!」と、こぞって歓迎ムードで笑ってくれる。


アリスは少し顔を赤くして、胸を押さえる。嬉しいのだ。一振りだけで相手の実力を見抜けるほどの人物に騎士団へ勧誘され、そんな彼が率いる部下達に好意的な態度を向けてもらえた。この人達と仲間になれたら……りっちゃんを守れる立派な騎士になるのは、決して夢じゃないのではないかと。


――ただ、一番の問題をどうすればいいか。アリスは軽く唇を噛む。今日共闘した騎士や黒騎士団の団員を見た感じから、甘く見積もっても自分が騎士団に入団するくらいの実力はあると確信していた。が、こればっかりは実力うんぬんの話では無い。


「詳しくは後日話しましょうか。――ああ、良かった。治癒士が来ましたね」


すっかり忘れていたが、白騎士団の騎士達は放置されたままだった。やっと到着した治癒士は三人。慌ただしく治療を開始する。実力はまちまちのようだが、比較的軽症でも治療に数分かけている。遅くない? あの程度なら数秒では……? と思うアリスだったが、彼女の感覚はアルバートとファウストによって狂わされている。治癒士達の治療速度は一般的には普通か少し速いくらいである。


「イーサン、後日じゃあなく、今話をしないか?」


王子達を送り届けたり、盗賊捕縛の後始末をしたりするために動き出した騎士達が、アルバートの言葉に立ち止まった。アルバートは「イーサンだけでいい」と、手を振って彼らを仕事に戻らせる。


「アルバート様。こちらから話を振っておいて何ですが、私にはまだ任務が――」

「まあ、聞け」

「……分かりました」

「良かったね。イーサンが入団について時間を取ってくれるそうだよ」


いや、父上が取らせたよね。強制だったよね。見てたよわたし。

父上と剣聖の上下関係どうなってんの。


「さて、返事はどうするんだい? ()()()


アリスからサッと血の気が引く。

――何故、このタイミングで本名を呼ぶのか。


「……アリス? もしかして、ライアス様の本名ですか? ええっと、その、まるで女の子のようなお名前ですね?」

「何を言ってるんだ? 俺には

「――父上っ! 待っ


アリスの割り込みを待たず、アルバートは告げた。


「俺には、()しかいないよ」


あ~~~~~っ!!? 

ち、父上、なんっ、なんでっ! 心の準備できてない!! これから、それを、まさにそれをどうするか考えようと……っ。


「……え? どういう……? まさかご子息ではなく、ご息女だったと……?」


イーサンは魔物からの“混乱”にかけられたかのように、頭の上に沢山の疑問符を浮かべている。


「こんなに可愛いのに男と間違えるなんてどうかしてる」

「うっ、それは。しかし、こんなに髪が短ければ男児だと……いえ、言い訳は止めましょう。――アリス様も、見た目で判断してしまい、申し訳ございませんでした」

「い、いえ、そんなことはどうでもよくて」


眉を下げて丁寧に謝ってくるイーサンの表情に、アリスは焦る。彼の瞳にさっきまでの熱がない。


「それと」


嫌だ。嫌だ。嫌だ。否定しないで。止めて。


声にならないアリスの心中を察することはなく、イーサンはさらに申し訳なさそうな顔になる。


「先程の勧誘はお忘れください。女性を危険な目に合わせる意図は全く無かったのです。本当に失礼なことをしてしまいました」

「……ッ!」


“女は守られる側の存在である”


アリスは現実を突きつけられていた。いや、知ってはいたのだ。でも、こんなにガツンと頭を殴られたみたいに身を以て経験したのは初めてだった。

女だからってそんなに簡単に選択肢から外すのかと、イーサンを責めることはできない。本来の職務に戻ってこの場にいない団員達も皆、同じことを言うだろう。


「怖がらせてしまいましたね。騎士団への入団などと言われたから。――アリス様?」


イーサンが自分を気遣ってくれているのは分かるが、見当違いだ。無視をしたいわけではないけれど、彼の言葉が耳を素通りしていく。反応を示さないアリスに、イーサンは余程怯えさせてしまったのだと、さらに弁明を重ねる。


「アリス様、大丈夫、大丈夫ですよ」

「……あ、」

「安心して。残念ではありますが、あなたを入団させることはしませんよ。女性ですからね」


イーサンの思考回路は正常なのだ。そもそも、この国は女が戦うという発想が男だけでなく女にもない。むしろ、この状況で謝罪をする彼の態度は非常に真摯なものだ。しなければ、世間一般からは「幼い少女に武器を持つことを強要させた」「女性として扱っていない」と散々叩かれることは必至。そういう価値観なのだ、ここは。

アルバートを始め、フレデリックも、使用人の皆も、頭の柔らかい人間が今まで多すぎただけだ。


女なのに騎士になりたいなんて、

女に騎士が務まるなんて、


有り得ない。


その固定観念は、イーサンを――剣聖をも縛る。


「――わ、わたしは、騎士になりたいです」


やっと形になった言葉は、情けないほど小さくて掠れていた。

アリスは前々世も前世も含め、大人になったことがない子どもであるが、価値観というものは分厚くて高い壁であるのだとよく理解していた。これを壊すなど、一体どうしたらいいのか。


「っ、アリス様、顔が青いですよ」

「いえ、そんな、ことは」

「そんなに追い詰めてしまいましたか」

「ちがっ――」

「私が剣聖だからと言って、無理はしないで」

「む、無理なんてしてないです!」


どうしてそうなっちゃうの? 剣聖に言われたからって無理なんてしてない。騎士になりたいのは元々のわたしの意志だよ!


「……無理をしていない? アリス様は女性なのですから、騎士になろうとしなくてよいのですよ」

「だから、そういう話ではなく!」


うああ~~~もぉ~~~女が騎士として誰かを守りたいと思うのが、こんなにも理解されないなんて! 剣聖がわたしの実力を見抜いてくれたはずなのに、女だと途端に道が閉ざされるの? 同じ言語使ってるのに、認識の相違でこんなにも話が通じない! こんなのどうしたらいいの!?


平行線を辿るイーサンとの会話に、アリスの心は折れそうになる。縋るようにアルバートを見ると、爆弾を落とした当の本人は助け船を出す気は全くないようで、完全に傍観者として佇むことに徹している。ただただこちらを観察していた。


――……あぁ、父上はそういう人だった。


ふつ、ふつ、ふつり……と、アリスの心が煮え立ってくる。


父上は最初から、それこそわたしが剣と乗馬を教えて欲しいと頼んだときから、護身術とかナイトレイ領の自警団とかのためじゃなく、騎士になりたがっていることを分かってたんだ。

そして、必ずわたしがこの障害にぶつかることも分かっていた。いくら身内が許しても、世間がそう簡単には超えさせないことも。


今まであえて何も言及せずにいたんですね?

ええ、ええ、あなたは、普段の親馬鹿からは考えられないくらい“獅子は我が子を千尋の谷に落とす”を地で行く人でしたね、父上――!!


走馬灯のように、アルバートにしごかれた日々の記憶が蘇る。アルバートと剣で打ち合ってボコボコにされるのは日常で、あるときはナイトレイ領のすぐそばにある森に『魔物B級以上を十匹狩るまで帰れません! ※魔法の使用不可』と、短剣を一本渡されて放り込まれるドS過ぎる訓練もあった。数日かかるときは当然のように食料は自給自足だ。今では魔物を一人でさばけるし、野宿もお手の物。



『女が騎士になるなんて、生半可なことじゃできないぞ? さぁ。どうするんだ? アリス』



端から見れば無表情なアルバートだが、娘のアリスにはそう言っているように……そう煽られているように見えた。


「ふふっ」


アリスは笑った。


バッドエンドから親友を救うこと。

それは前世越しの悲願。


あの悪夢を繰り返さないために。

もう二度と、目の前で喪わないように。


こんなところで挫折してられないんだよ……!!



「……アリス様?」


剣聖はアリスの纏う空気が変わったことに気づく。


「剣聖」


そう呼び掛けるアリスの瞳は、獲物を前にした獣のようにギラギラしていた。貪欲な、決して逃がさないと追い詰める捕食者の目。


「一つ、確認です。――わたしが男であれば、男でさえあれば、入団させたいと思ってくださっている。それに間違いはありませんか?」


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