41.あの人の生徒…だと…?
「……はぁ、まさか本当にやりおおせるとは」
イーサンはルーの容態を確認すると、安堵の表情を浮かべた。治癒士でも医者でもないので断言はできないが、この分だと後遺症も無さそうである。
イーサンはルーを抱き上げ、壊れた馬車から別の馬車に移した。キャシーに背負われていたクリスも、そこに寝かされている。
「うん? 責任は取るとか言っていたのに、信じていなかったのか?」
アルバートがからかうと、イーサンは少しばかり眉を上げる。
「いくらあなたの子でも、初対面で殿下の命を預けるほど盲目していません。ファウスト様の気配を感じたから許可したのです。姿は見えませんが、今もどうせ近くで見ているのでしょう」
あぁ、それでかぁ。
アリスは疲労で眠くなってきた頭で納得する。
あとから冷静になって考えてみると、信頼も何もない小娘に任せるなんて随分と大胆というかぶっちゃけ、えっいいの? 大丈夫? とこっちが心配になる判断だ。が、何かあれば魔法において万能なファウストが、必ずフォローできると判断した上での決断だったなら腑に落ちる。
「おまえさんら凄かったんだなぁ!」
「疑ってごめんな?」
「いや~~~、すげぇわ。おれなんて生活魔法もいっぱいいっぱいなのに!」
団長の意志に従って遠巻きに固唾を呑んで見守っていた騎士達が、次々にアリス達に賞賛や労いの声を上げる。
王子を救った小さな救世主達に、皆大興奮していた。
「まだ小さいのにどこで習ったんだ? 習ったとしてもよくやろうと思ったな。やったことあるのか?」
「っつか、使える方もすっげぇけど、教える方も教える方だよなぁ」
「そうだよな。治療魔法はおろか魔力同調なんて普通教えないだろ。この年齢の子にさぁ」
「俺さ、昔、魔導師が魔力同調に失敗して腕吹き飛んだの見たことあるから、もう心配で心配で……!」
騎士達は以前とはまるで別人のようだったリディアのことも相当気になっていたが、さすがに公爵令嬢に話しかけるのは恐れ多く、アルバートの子であるアリスに集中砲火で質問を浴びせる。
「あ、あ、はい。魔法の先生に、セルヴァ先生に習いました」
騎士達の勢いにタジタジになりながらアリスが疑問に答えると、途端にしん……と場が静まる。
「……? セルヴァ……? ……待て、あのセルヴァ??」
「史上最年少で魔導師団長に上り詰めたあの天才のことか……?」
「まっさかぁ……えっ。そうなの? マジであのセルヴァ・ファウストなの?」
ざわ……ざわ……とザワつく騎士達。
アリスがこくんと頷くと、
「「「えええええええええええっっっっ!!!」」」
騎士達の絶叫が響き渡った。
彼らの驚愕に満ちた声に、アリスは改めて自分の師がとんでもねー人なのだと実感する。
「驚きました。ファウスト様は弟子など取るタイプじゃないでしょう」
叫び声こそ上げなかったが、イーサンも驚いた内の一人だった。
「俺が頼んだんだ。俺の子には魔法の才能がありそうだから、見てやってくれと」
アルバートの説明に、イーサンはすんなり納得しない。
「それを信じるとでも? あなたの頼みだとしても、簡単に頷くような人じゃないでしょう」
「あはは。よく分かってるな」
なにせ、ファウスト・セルヴァという男は、史上最年少で魔導師団長になっておきながら、『えっ。魔導師団長になりゃ強敵とバンバン戦えると思ったからなったのに、書類仕事が多い?? 部下を鍛える?? あんな弱ぇの鍛えたところでどうにかなると思ってんの? 褒美に王女を降嫁させる? 超いらねぇんすけど。あ~あ、じゃあ止め止め! 団長職降りますわぁ』と言って魔導師の誉れを蹴っ飛ばした野郎なのである。
史上最年少で魔導師団長に就任し、史上最短年数で職を辞したとして、どこの国の人間でも知っている非常に有名な話だ。
ファウストの超越した魔法の才に惹かれて、あらゆる国から引き抜きの打診やら、王族との結婚の打診やら、弟子にして欲しいという懇願やらをされても、ファウストは一切首を縦に振らなかった。彼の最優先事項は、自らが強敵と戦うことだったからだ。ちなみに無理矢理言うことを聞かせようとした者の末路は想像にお任せする。
「…………」
アルバートの子は、そんな男の『生徒』だという。
「ま、おまえが信じられないのも無理はないが、ときどき授業を覗く限り、思ったより真面目にやってるぞ。思ったよりはな。ほら、今回も経験を積ませてやりたいという教師心が出たんだろう」
難しい顔をして考え込んでいるイーサンに向かって、アルバートが軽く言う。
「は? あの人にそんな心があるわけないでしょう? 本気で言っています?」
「おまえも大概失礼な奴だよな」
「百、千……いや、一万歩譲ってそうだとしても、その経験を積む場所を殿下にするなんてどうかしていますよ!! どうせ今も面白がってますよね!? さっきからチラチラ気配を出しては消してを繰り返してるのがその証拠ですっ」
全くもって同感であります、剣聖さま……
冷静沈着という言葉が似合うイーサンが、大きな声でアルバートに言い返すのを見たアリスは、何だか彼がただの苦労人に見えてきた。ファウストの人間性は言わずもがな、アルバートもわりとてきとーなことを言っている。
それにアリスはイーサンの言い分がよく分かる。分かりすぎるほど分かる。だって、アリスも授業でよくファウストに無茶ぶりされるから。『じゃあ今日はアーマーベア(B級の魔物。当時のアリスはC級を倒せるようになったばかり)を倒してみましょうか! 優位属性は使っちゃ駄目っすよ~』とか平気で言う。笑顔で。
「でもまぁ……」
頭が痛いとばかりに遠い目をしていたイーサンが、未だにフレデリックに抱き締められているアリスにすいっと視線を移した。
えっ。なに? えっ?
見つめられたと思ったら、どんどんとアリスに近づいてくる。
眠気が吹っ飛んだアリスはフレデリックから離れ、姿勢を正した。
リディアも身体に力が戻ってきたので、フレデリックに支えてくれた礼を言って離れる。「何かしらね」「何なんでしょうね」と言ってちょっと打ち解けた二人は、リディアはアリスの隣に、フレデリックはアリスの前に、それぞれ座って成り行きを見守る。
「…………」
「…………」
えっ。怖い。何この無言タイム。
何か言って。何か喋って。用があるんじゃないの?
イーサンの目力が半端ない。落ち着かない。
アリスは目を泳がせながらそわそわと挙動不審になる。
「ライアス様、でしたね?」
「そそそ、そうです」
やっと口を開いたイーサンと、緊張でどもるアリス。
いや、違うけど、違わないっていうか何ていうか? あれ、わたしのことってどのくらい伝わってるんだ? とりあえず、父上が呼んだ一回で名前覚えてくれたってことですね? あ、いやそんなことより、剣聖が父上じゃなくて直接わたしに? ってか、座ったままなの失礼では?
そう思い至ったアリスがいそいそと馬車を降りると、足元が覚束ないアリスを、フレデリックが一緒に降りて側で支えてくれる。
「ライアス様」
イーサンにもう一度名を呼ばれる。
「はっ。はい!」
声を裏返しながら、アリスは何とか答える。
「騎士として黒騎士団に入る気はありませんか?」




