40.二人で
「何を勝手なことを言っているんだ!? その方が誰だか分かってるんだろう。子どものお遊びを試して良い相手ではない!」
成り行きを見ていた一人の騎士が、馬車に乗り込むアリスとリディアを慌てて止めに来た。団服に他の騎士には無い刺繍があるので、おそらく副団長だろう。彼に追随して他の騎士も口々に止めにかかって来る。
そりゃそうなるよねと、アリスは説得のために口を開くが、意外な人物が彼らを止めた。
「彼らに任せろ」
それは、黒騎士団長にして剣聖を冠する男――イーサン·ノックスだった。
「はっ……? 団長? あれ? 聞き違いですか? 彼らに任せると仰いました……?」
副団長は自分の耳が遠くなったのかと本気で疑った。
しかし、返ってきたのは「ええ」という肯定。
「団長、本気ですか……!?」
「アルバート様の息子だからってさすがに不味いんじゃ」
「治癒士を待つべきですって!」
大いに動揺する部下達とは対照的に、イーサンは淡々と続ける。
「ここで死なせるか、彼らに託すかです。ならば選択肢は一つでしょう?」
騎士達は理解の範疇を越えたのか、一瞬誰もが放心した。
「私が責任を取る」
迷い無い言葉。圧倒的なオーラ。
慕う団長の揺るぎない意志がそこにあった。
「……従います」
彼らは片手を胸に当てて礼をすると、団長の意志に沿うように一歩下がった。
アリスは想定外の援護に目をぱちくりさせていたが、バチッとイーサンと目が合った途端、顔を引き締めた。
まるで敵と対峙したかように鋭い眼光だった。その殺気にアリスの背がゾクゾクと震え、冷や汗がつつ、と流れる。
思わず彼の隣に立つ父を見ると、先ほどアリスを制止したときとは打って変わって、面白そうに口を緩めている。
態度のまるで違う二人だったが、同じことを言っていると分かった。
“やれるものならやってみろ”
アリスはふぅーーー……と、深く息を吐く。
応えてみせますよ。
脅迫じみたその期待に。
「りっちゃん」
頬にいくつもの涙の筋を作っているリディアに呼び掛ける。
「始めよう」
アリスの手を、リディアの手の上に重ねた。
恐怖か、緊張か、不安か。彼女の手は冷たく、少し震えている。
最後の意志確認をするかのように、アリスは無言でリディアを見つめる。
「――ええ」
リディアが重ねられたアリスの手をぐっと握る。
「始めましょう」
覚悟を決めた目で頷いた。
探り探り、二人はゆっくりと魔力を混ぜ合わせる。気が急って無理に進めてはいけない。時折感じる魔力同士の反発を上手くやり過ごしながら、慎重に、慎重に。
「……第一関門はクリアかな。大分馴染んだ。ごめんね、わたしの魔力ほぼないから、実質りっちゃんの魔力をごっそり使うよ」
「問題無いわ。それよりこれからよ。回復魔法ってかじったこともないの」
「ガイドはきっちりする。わたしだけが魔力を動かしてもいいけど……」
「二人でシンクロして動かした方が成功率が上がるわよね。……ふぅ……それでいきましょう」
二人は呼吸を整える。魔力の流れに違和感は無い。魔法を発動するのにベストな状態だ。
魔法は精神力とイメージが強く作用する。アリスはできるだけ具体的にリディアに説明していく。
「解毒は中和するイメージが大切なの。患部に溜まった毒がこれ……感じる?」
「ええ。あるわね。黒くて重い感じがする」
「あぁ、いいね。そこまで感じ取れてるなら話が早い。中和って言ったでしょ? まずその黒いものに白い魔力を混ぜて色を薄めていくの。灰色に、白に、真っ白になるまで」
「……っう、く、魔力が、かなりもってかれるわね……」
上級魔法に必要とされる魔力量は総じて多いものだが、ここまで進行してしまったルーの症状を治すために、通常よりも多くの魔力が必要だった。どんどん消費されていく。
「うん。真っ白にしたあとは、この重さを軽くしないといけない」
アリスはアリスで、コントロールに必死になっていた。均したはずの魔力が、魔法の発動でまた乱れ始めたのだ。額に汗を浮かべながら、どうにか回復魔法を続ける。
「はぁ、重さを、軽く……ボーリングの球から、徐々に軽く小さいボールに変えていくイメージ」
「こう、かしら……」
「……その調子。サッカーボールの軽さになってきた。次はもっと小さいものをイメージして、そう、野球ボールに変わってく感じで……」
前々世に存在したボールのイメージを共有しながら、徐々に解毒していった。
同調が乱れれば、何が起きるか分からない。アリスとリディアは極限まで神経を張りつめる。一瞬も気を抜けない。
やがて、ルーを蝕む毒のイメージをビー玉ほどの大きさまで縮めることに成功した。
「……最後だよ。このビー玉を割る。三でカウントする」
「分かったわ」
さん、に、いち――
ビー玉が粉々になるイメージと共に、最後に残っていた毒が消え去った。
「……りっちゃん、見て」
アリスの声で、集中のあまり外から切り離されていたリディアの意識が帰ってくる。
「助かったよ」
ルーは息を吹き返していた。
肌を毒々しく覆っていた紫色の斑点も無くなっている。
「っ、ああ、ルーファス様! ……きゃっ!?」
すぅすぅと健やかな寝息を立てるルーファスを見て安心したリディアは、緊張の糸が緩んで体勢を崩す。
「っとぉ、大丈夫? ……あれっ」
アリスはいつもなら何てこと無い重さを支えられず、一緒に体勢を崩してしまう。
「お疲れ。二人ともすげぇよ」
倒れ込む二人を受け止めたのは、隣で治療を見守っていたフレデリックだった。彼の目尻にはうっすら涙が溜まっている。
「……へへ。ルーを助けられたよ」
アリスはへにゃりと笑って、フレデリックに身を預けた。子どもといえど二人分の体重は重いだろうに、フレデリックはそのまま「ほんとすごい。えらい。頑張ったな」と繰り返し褒めてくれる。
リディアも少し恥ずかしそうにしながらも、身体に力が入らないのでそのまま素直に収まった。
ヒロインに助けられるはずだった王子殿下は、ヒロインと悪役令嬢の二人によって救われた。
本来のシナリオに、ほんの少し差し込むことが出来た脚色は、果たして――




