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38.また一難(Side リディア)


変ね。こんなにいっぺんにイベントが起きるなんて。

それにわたくし、ここで出番なんか無かったはずよね?


そう思った途端、リディアは目の前にある背中にしがみついていたのに気づいた。リディアに服を掴まれているその子は、カーテンを少しだけ手で上げて、隙間から外の様子を見ている。


「……? え? ルー様……? ……ルーファス様……?」


後ろから少し見えるだけなのに、非常に整っていると分かる顔立ち。長い睫毛が美しい青の瞳に濃い影を落とし、スッと通った鼻筋は高くて形が良い。一見、美少女かと思う可愛らしさだが、髪の短さと服装からして少年である。この国では髪の短い女の子は赤ん坊くらいだ。


えぇーっ! まさかこの子、『花君』の攻略対象ルーファス・オールブライトじゃないの!?  


脳内で叫びを上げるリディアだったが、すぐにすんっと冷静になる。


……? 攻略? 何のこと? どういう意味?


はてと考えるリディアだが、どうにも思い当たらない。


はぁ、訳の分からない言葉が浮かんでくるなんて、わたくし疲れているのだわ。だって今日は慣れないことばかりしたもの。

もう! 剣聖杯なんてルー様が行かなければ行かないわよ! 剣を振り回して相手を怪我だらけにして勝敗を競う野蛮なもの、何故あんなに見たがるのかしら!? それに周りはうるさいし、狭いし、暑いし、臭いし、散々だったわ! 二度と行くもんですかっ! 


今日はリディアにとって大変苦痛を伴う一日だった。真剣での試合も、会場の熱気も、生粋のお嬢様には少々いやかなり刺激が強い。が、だだを散々こねまくって無理矢理入り込んだのはリディア本人だ。すっかり棚に上げてぷんすこ怒っている。


――で、でも、ルー様が好きなことは知っておきたいのよ。小さい頃からずっと一緒にいて、初恋の、大好きな男の子だもの。

う~ん。剣の何が良いのかさっぱり分からないけれど、殿方はああいうのが好きみたいね。でも、やっぱり野蛮なものは高貴なる者には相応しくないと、しっかりわたくしが教えて差し上げないといけないわよね? ふふっそうだわ。それも婚約者の役目!


明後日の方向に決意を固めたリディアは、はたと自分の手元を見る。ルーファスの服をいつから掴んでいたのか、背中部分の生地に皺ができてしまっている。王族に相応しい相当上等な服だ。ゼロが何個ある金額か知りたくない――と、今まで考えたこともない庶民的な感想が沸き上がってくる。


「もっ、もう、申し訳、ありませ、んっ!?」


慌てたリディアは、距離を取ろうと弾かれるように後ろに飛び――ゴンッ! と、背後にあった窓に思いっきり後頭部をぶつけた(とてもいい音がした)。

ここは馬車の中である。王族専用の豪華で広々とした馬車とはいえ、あれだけ勢いをつければそりゃぶつかる。


「~~~ッッ!!」

「リディア嬢!?」

「(え、ちょ、何だいきなり……)大丈夫ですか?」

「……ッ、ッ、ええ。大丈夫ですわ……」


音にびっくりしただけで、幸い全然痛くはなかった。アリス(ライ)が掛けた防御魔法がまだ効いていたからだ。


さっきの平民の子……ライと言ったかしら。彼が掛けてくれた魔法のおかげよね? まだ持続しているなんて驚きね。こんなに高度な魔法を使えるなんて、実はどこかの貴族のご子息?


リディアはぶつけた箇所を何となしに触りながら、窃盗団のいた場所に残った平民の少年に思いを馳せた。


……それしても、何だか懐かしい気配がしてすごく安心するのよね、この魔法。不思議だわ……


リディアが無言で頭を触っているのが気になったのか、驚いたような顔でルーファスがこっちを凝視してくる。何かしたかしらとリディアが首を捻ろうとして、すぐに分かった。隣にいる平民の少年その二――フレデリックに大丈夫かと訊かれて、大丈夫と答えたからだ。


「リディア嬢、本当に大丈夫? 何だか普段と少し雰囲気が違うようだけれど」

「……え? あ、はい……」


リディアは気遣わしげなルーファスの言葉に、「えっ、あのハズラック公爵令嬢(高飛車お嬢サマ)フレデリック(平民)に返事したぞ。恐怖で頭がやられたか?」というニュアンスが含まれているのを読み取った。盲目的にルーファスに入れ込んでいた今までのリディアなら、その含みに気付かなかっただろう。


そういえばわたくし、平民って下等な人間だと思ってたから、視界に入れるのすら嫌がってたのよね。ルー様もそういう差別意識が根付いたわたくしを当然知っている。急に態度が変わったのだもの、そりゃあこんな反応になるわよね。何事かって。


――だって、わたくしにもよく分からないもの。


リディアは()()()から何となく自分の言っていることに違和感があって、今日ライに会ってから、それは完全なものになった。


身分が下の者に対しての嫌悪感がスーッと消えていったのよ。自分でも信じられないことにね。

どうしちゃったのかしら、わたくし。悪いこととは、思わない、けれど……


「フレデリックは大丈夫?」

「おう。相当ビビってるけどな。身体はなんともねーよ。それよかルー、おまえ防御魔法解けてるぜ?」

「馬車に入る前、ワイバーンの尻尾で思い切り殴られたせいでね。それにしても驚いたなぁ。ワイバーンの一撃を防げる強度があるなんて。ねぇ、ライって何者?」

「……それより、騎士がおまえを護りきれてないことを気にしろよ。どうなってんだ……」


あ、あぁ。そうだわ。王子と公爵令嬢と平民が、何故同じ馬車に乗り込んで息を潜めている状況になったのかって、魔物のせいだったわ。怖くて怖くて堪らなかったから、ルー様にしがみついていたのよ。


思考があっちこっちに行っていたリディアは、自分達の状況を思い出した。ルーファスの後ろから窓の外を伺い見ると、たくさんの騎士が飛ぶ魔物と戦っている。

彼らの動きの良し悪しなんててんで分からない。素人目にも分かるのは、地面に臥せる人数がどんどん増えていることだけだ。これは大丈夫なのだろうか?


危険な状況に見えるし、不安も恐怖もあるのに、リディアの心はどこか傍観者の立ち位置にいた。戦っていないとはいえ渦中にいるのに、外から見物しているような、そんな気分になる。


そういえば、さっき変なことを思ったわね?

イベントが同時に起きるのはおかしいし、わたくしの出番なんか無かったはずって。

どういうことかしら? イベント? 出番? 劇の話? 


「……ッ、うっ……」


ズキズキと頭が痛む。


「リディア嬢?」


リディアから漏れた声に、ルーファスが後ろを振り返った。リディアは両手で頭を抑えて冷や汗を浮かべている。


「頭が痛い? 窓にぶつけたところ?」

「……い、いえ……違います……」


正体不明の頭痛がリディアを苛む。生まれてこのかた風邪を引いたことがないほど頑丈な彼女は、当然頭痛というものも初めてだった。とても辛い。


「じゃあワイバーンのせい? 恐ろしいなら、目を瞑っていて。大丈夫だよ」


ルーファスは窓から離れると、外の全てを遮断するように彼女の頭を抱え込んでやった。傲慢さが削げ落ちた彼女の様子に、ルーファスは自然と身体が動いたのだ。王子としての義務感ではなく。




ガンッ!


「何だ!?」


馬車が大きな衝撃によって揺れた。ミシミシと車体が軋む音がする。


「おい、ルー! 上見ろっ!」

「なっ……!」

「……え」


フレデリックの焦った声に、ルーファスとリディアが上を見ると、天井がへこんでいた。


「……ッ。騎士は!?」


片手はリディアから離さずに、ルーファスがカーテンを開ける。


「……! これは……!」

「おいおいおい。マジかよ……!?」


立っているのはほんの数人だった。信じられない光景に、唖然とする三人。


ここにいる騎士は王都の警護を務める()騎士団の一員だ。実は、普段森にいる魔物の討伐には慣れておらず、一度も戦ったことが無い者もいる。ゆえに、魔物との戦闘経験の有無を鑑みて、ワイバーン討伐組とルーファス護衛組に別れていたのだ。

護衛組でも、通常のワイバーン一体ならどうにかできたかもしれない。しかし、変異種のワイバーンと戦うには力不足だったと言わざるを得ない。


「……くっ。何てことだ。援軍はいつ……ッ、……?」


ぐるん、とルーファスの視界が回った。


「ルー様?」

「ルー? どうした?」


二人は心配そうに様子のおかしいルーファスに近寄った。リディアがそっと隣に座り、フレデリックは彼の目の前にしゃがむ。


「……っ、ぁ。めまい、が、手も……しびれ」


ルーファスは苦し気に呻く。身体の力の抜けてしまい、ずるずると背もたれに倒れた。


「ルー、しっかりしろっ」

「……ふれでりっく……ぼく、……」

「ルー様、ルー様っっ!! どうされたのですかっ!?」


ルーファスの異常に、パニックになりかけるリディア。

比較的冷静さを残したフレデリックが吼える。


「落ち着けっ! あんたがテンパったところでどうにもならない!」

「はっ、は、はい……」


怒鳴られたことのないリディアは、ショックで平静を取り戻した。平民に怒鳴られたなんていう怒りは沸かなかった。


「つっても、解決策なんかねぇけどな……眩暈に、手が痺れたって言ってたけど……何だ、これ? ルーの喉元が、紫色になってる……?」

「……み、見せて!」


ルーファスの喉元は紫色に変色していた。湿疹のような大きめの斑点になっている。加えてルーファスが言った眩暈、手の痺れ……この、症状は……


「ワイバーンの毒、だわ……」


公爵令嬢のリディアは、魔物のことなど学んだことは無い。学ぶ義務も当然のように淑女には無い。それなのに、自然と言葉が出ていた。


「は? 毒? 外にいるワイバーンか? 馬車に乗る前に攻撃されたときの?」

「いいえ。ワイバーンの尻尾には毒は無いし、そもそも攻撃自体を防御魔法で防いだはず。でも、ルー様の症状は、ワイバーンの毒と見て間違いない……考えられるのは……」


リディアは痛む頭をフル回転させ、何かの知識を掘り起こす。


乙女ゲームのくせにバトル要素も盛られていた『花君』では、ミニゲームに魔物の討伐があった。ミニゲームで魔物を狩ると魔物図鑑が埋まっていくシステムだ。その中にワイバーンの情報もあった。何回も狩ると詳細な情報が増えていき、コンプリートするとご褒美として豪華なスチルが解放されるから、徹夜してやり込んで……


「他の部位に毒を持つ変異種の可能性があるわ。防御魔法が解けたあと、ワイバーンの攻撃を受けていないのにルー様が毒に侵されたのは、もしかしたら空気に……ワイバーンの吐息に毒が含まれているのかもしれない。それならば、馬車の中にいても毒に侵された説明がつく。わたくし達が毒に掛かってないのは、防御魔法のおかげでしょう」


驚くほどにスルスルと口から出てきた。

答え合わせができる者がこの場にいれば、この解答に百点満点をつけただろう。リディアは、驚くほど正確な正解を叩き出した。


「毒のせいって分かったのはいいけど、どうしたら……おい、ルー! お願いだ。しっかりしてくれ」


返事をしなくなったルーファス。目も虚ろだ。


この平民の子……フレデリックの言う通りだわ。毒って分かったところでどうしたらいいの? このままだと毒が回ってルー様は死んでしまう……!


「なぁ。あんた回復魔法使えないのか? 貴族なんだろ!?」

「貴族だからって、そんな簡単に上級魔法を使えるわけないじゃないっ!」


焦燥のせいで二人とも互いを責めるような口調になってしまう。そんな場合ではないのに。


「ルー様。ルー様。しっかりしてください。ルー様ぁっ!!」


どうしたらいいの。どうしたらいいの。

助けて。

誰か助けて。


誰か――




「三人とも無事!?」


バキャッという音と共に、突如扉が開く。


見覚えのある美少年が現れた。


覚える必要は全くないのですが、補足。

『花君』っていうのは、アリスとリディアが前々世でプレイしていた乙女ゲーム『ゼラニウムの花束を君に~恋と魔法のリボンで結んで~』の略称です。アリスはこの乙女ゲームの世界に転生したと思っています。

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