32.想定内、想定外、
王都へ戻って来たアリスは、うすうす感じていたことだが、それは実現してしまった。
「あっ! ライ! フレデリック!」
「こんなに早く再会できるとは思わなかったぞ!」
「ルー、クリス……」
「よっ。さっきぶり」
ここは王都の外れの方にある小さくてあまり人気がない馬車乗り場だ。お忍びだからこんなところを使っているのか、いつも使って周りも慣れているからざわついていないのかなどと疑問を持ったが、それは置いといて問題は。
「何で、まだいるの?」
これに尽きる。
「あぁ、実は帰る途中で窃盗団に襲われたんだ。騎士が返り討ちにしてくれたので皆無事だったんだが、馬がやられて引き返して来た」
クリスからまるで、雨が降ったから傘を差したくらい何でもないように返答される。ルーもうんうんと頷いた。
「えっ!?」
「マジかよ!?」
言われてみれば、さっきの護衛を筆頭に忙しなく騎士達が動き回っている。アリス達のことはさっきの今で警戒対象から外れたのか、ルーの側にいる騎士は二人だ。
「クリスがすぐに異変に気づいたから、早急に対処できたと騎士に褒められていたんだよ!」
「へぇ、さすがだなクリス! 伊達に騎士志望じゃねぇな」
ルーは将来の側近が有能なことが誇らしいようだ。フレデリックも尊敬の目をして褒める。
「たまたまだ。でも役に立てて良かったと思う」
クリスは気恥ずかしそうに頬を指で掻いた。
その姿は大変眼福であったが、アリスはそれをありがたく享受して萌える余裕はなかった。
馬車の中で引っ掛かっていた“乱闘騒ぎ”の謎が解けたからだ。
ワイバーン襲来と同じくゲームとは多少異なるものの、これもまたイベントの一つ『幼馴染みルートでの窃盗団遭遇』だったと確信する。
ヒロインの五歳の誕生日に、子ども達を婚約者にできればという親達の思惑通り仲良くなった彼女とクリストファーは、仲良く町へ出掛けるが、町で不審者に気づいて後を追ったクリストファーと、彼を止めようとしたヒロインが盗みの現場を目撃してしまう。
町で祭が開催されているのを狙った窃盗団が、わざと町で乱闘騒ぎを起こして警備隊の注意を逸らし、その隙に他の仲間がまんまと民家から金目のものを盗み出すという手筈だったと、そう語られていたはずだ。
「クリスは、本当にどこも怪我ないの?」
彼の周りをくるりと回って見ても外傷は無さそうだったが、本人にも確認する。
「あぁ。窃盗団なんて話したから怖がらせてしまったか? 見ての通り、何ともないぞ」
「……そう。……はぁ~~~良かったぁ」
安堵せずにはいられない。
何故ならゲームのクリストファーはこのイベントで大怪我を負うから。
現場を見られた窃盗団は、ついでに二人を誘拐して売り飛ばそうとするがクリストファーの強い抵抗に手こずり、逆上した窃盗団の頭が彼の腕を斬り落としてしまうのだ。
帰りの遅い二人を探しに来たクリストファーの父(騎士団長)に救出されるが、クリストファーは生死を彷徨う。そしてたとえ助かろうとも片腕がなくては騎士になるのは不可能だと絶望に陥る――のは一瞬で、聖魔法に目覚めたヒロインが元通りに治してみせることで一件落着となる。
そう、聖魔法。
聖魔法だから、クリストファーは生き残る。
酷すぎる怪我と身体の欠損は光魔法では治せないし、この世代に聖魔法適性者はいない。
誰にも治せない。
アリスにも。
だから、
「良かった。クリス……」
転生してすぐ思い出した知識であったのに、今回の乱闘騒ぎとはちっとも結びつかなかった。
シナリオと状況が変わっていて良かった。おかげで、新しくできた友人を失わずに済んだ。
「ライ。心配してくれたのは嬉しいが、騎士になるんだろう? 窃盗団でそれだとキツイんじゃないか? まぁ、おれの一歩リードといったところか?」
クリスが茶化してくる。
確かにこんな調子じゃそう思われても仕方がない。
「すぐ抜かしてみせるよ」
「ははっ、その意気だ!」
クリスがアリスの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「あっ、ちょっとクリス!」
「見た目より固いんだな」
そりゃ鬘だからね! ていうか力強いんだよっ。中で留めてたピンがいくつか取れた気がする……危ないな……
「あのさ……ところで、リディア様は?」
興味深そうに再び撫でようとするクリスの手を捕まえて止めながら、アリスはずっと気にしていたことを口にする。
辺りを見渡すが彼女の姿は見えない。別々に帰っていてここにはいないのだろうか? それならそれが一番良いのだけれど。
「……何でアイツが気になるんだ。おまえ達にひどい言葉を投げつけただろう」
うわぁ、嫌ってるなぁ。めちゃくちゃ不機嫌になっちゃったよ……!
「いや、その……一緒にいらっしゃったから……? その、気になって……」
アリスが弁解めいた言葉を口にしていると、
「わたしはここいるわよ?」
全然別の場所から返事があった。
「「「「!?」」」」
アリス、フレデリック、ルー、クリスが一様に衝撃を受けた顔をする。まさかご本人から返答があるとは夢にも思わなかったからだ。
どういった心境の変化か、闘技場での態度よりもかなり軟化している。
特にルーとクリスは、日頃の彼女をよくよく知っているので余程信じられないらしく「毒でも盛られたか?」「闘技場からここまで何も食べてないよ」「なら馬車で頭をぶつけたに違いない」「ありうる。医師を手配しないと」とひそひそしている。
リディアは彼女の護衛から差し出された手を取ると、なんと馬車を降りてきた。
「何なのですの、あなたは」
リディアがビシリとアリスに向かって指を差す。すかさず侍女が隣で、はしたないですわお止めくださいと言い聞かせるのは無視だ。
「何、とは……」
アリスは困惑しながらも、別れる前まではリディアの瞳にあった侮蔑の感情が宿っていないことに、胸の内で歓喜する。
「前にもあったのですわ。あれは女の子でしたけれど、一緒だわ。何なの!!」
リディアはもどかしさをアリスにぶつけるように、声を張り上げる。
「……!」
「(((何言ってるんだ?)))」
アリスは僅かに息を飲むが、男子三人はぽかーんである。
「わたくしは、何かを、……わたくしは、わたしは……っ!」
心臓の辺りをぎゅっと掴むように服を握り締めるリディアは、泣きそうで、苦しそうで。
アリスは無意識にリディアの元へ足を踏み出す。
「リディア、様……わたし、
「ルー様! 馬車の中へお戻りください!!」
ルーの護衛が、アリスとリディアの間を遮るように走って来た。
水を差されたアリスが恨めしそうに顔を上げるが、護衛の表情が厳しい。有事が起きたのだとすぐに気持ちを切り替える。
馭者と一緒にいたキャシーも、護衛の声を聞きつけて戻って来た。
「何事?」
ルーが問う。
「窃盗団の残党がいるようです。すぐにここから――」
離れましょう、と続ける前に、護衛の胸から突然血が噴き出した。




