31.フラグならば回避すべし
これ、ルーファスとのイベント……だったりする?
時期も状況もほとんど違うけど……
アリスが思い出したのは、王子ルートで発生するワイバーン襲来イベントだ。アリスとルーファスは学園に入学してから出会うわけだが、一学年違うために普段の絡みはクリストファーより少ない。それを補うかのように、二学年合同の校外学習が行われる。
課題は二学年混合のチームを数組作り、それぞれで下級種の魔物を一匹討伐すること。各学年で成績トップのヒロインとルーファスは同じチームにならなかったが、校外学習で起きる非常事態によって彼らは共闘することになる。
その非常事態が、まさしくワイバーンの襲来だ。教師の応援を待つ間、遭遇してしまったアリスとルーファスのチームは、ワイバーンを討伐すべく連携しながら激闘を繰り広げる。全員がボロボロになりながらも、ワイバーンに深手を負わせて撃退することに成功するが、ルーファスはチームメイトを庇ってワイバーンの毒を食らい生死を彷徨う。
「顔色悪いぞライ。……ライ? おい、ライ!」
「……っあ、」
フレデリックの呼びかけに応じなかったアリスは、肩を揺さぶられてやっと焦点を彼に合わせた。
「どうしたんだよ、ライ。魔物は慣れてるんじゃなかったか? ワイバーンに嫌な思い出でもあんの?」
「……うん。そんなとこ」
抽象的ではあるが十中八九当たりである。
ここは学園ではなく王都であり、教師どころか玲瓏祭のおかげで常駐の騎士以外にも祭のために召集された騎士が大勢警備にあたっている。ゲームよりも遙かに状況が良いと言えるだろうが、でも。
ヒロインとルーファスが一緒にいるということと、普段は森にいるワイバーンが、森からかなり離れた場所にある王都に襲撃してくるというイレギュラー性。たまたまではなくイベントとして事が起きている可能性を捨て切れない。
つまりは、ルーファスが毒を食らうという可能性が。
「ライ、フレデリック。ぼく達と一緒に避難しよう」
「おれもそうした方が良いと思うぞ」
ルーとクリスが提案してくれるが、アリスは首を振る。
「ありがとう。でも大丈夫だよ。闘技場に入れなかっただけで、おれ達にも付き添いはいるんだ。これから合流しなきゃいけないし、騎士様を信じてるから心配いらない」
彼らには、ワイバーンと鉢合わせる前にとっとと避難してもらいたい。
フラグを立てたくないという理由もあるが、友達と言ってくれたルーが毒で苦しむのを黙って見ていられるほど、アリスの心は図太くなかった。
ゲームのルーファスはヒロインの聖魔法によって一命をとりとめるが、できることなら元からこんなイベントは起こらない方が良いに決まっている。
「ルー、リディア様、クリス、どうかご無事で。おれ達は行きます」
本音は、ナイトレイ男爵家の娘だとバレてでも、残って三人を護り無事を見届けたいが、悔しいことにアリスの実力ではワイバーンに対抗できないだろう。足手纏いになって三人を危険に晒そうものなら本末転倒だ。ここは彼らの護衛達を信じて任せるしかない。
それに、もう一人大切な人がいる。フレデリックだ。
彼は平民で商人の息子。剣も魔法も彼の領分ではない。ある程度の自衛の術は持っているかもしれないが、今回迫ってくるのは騎士が対応せねばならないような相手だ。もしものときにはキャシーと連携を取って、フレデリックを必ず護り抜かなければとアリスは身構えた。
「……分かった。騎士に従って確実に逃げるんだぞ」
「必ずだよ? 約束だからね、ライ、フレデリック」
一緒に来る気がないのを悟ったクリスとルーは、心配そうにしながらも別れの言葉を告げ、何度もアリスとフレデリックを振り返りながら護衛に連れて行かれた。
リディアは自分の名も呼ばれたことが気に障ったのか、ライを訝し気に睨みつけていたが、結局は無言で彼らと共に避難して行った。
「さて、ライ。おれ達も行こうぜ」
「うん。キャシーと合流しなきゃね。ちょっと待ってて」
大通りにはどんどん人が増えていて、目視じゃキャシーを見つけられそうにないので、集中して彼女の魔力を探す。
「……近いな。思ったよりすぐ……っいた! キャシー! こっちー!!」
「ライアス様ぁぁーー!! ご無事ですかぁぁ!!」
雑踏に流されそうになりながらも、何とかキャシーはアリス達のところへ辿り着いた。
「遅くなって申し訳ございません! 荷物を置きに馬車に寄っていました」
「……どれくらい買ったの……」
「ご安心ください! アルバート様からいただいた軍資金以内きっかりに収めました!」
多分それ相当買ったよね。父上が相当な額をキャシーに渡してたの出掛ける前に見えたし……って、今はそれどころじゃない。
「ワイバーンがもうすぐ現れるから避難しないといけないの」
「えぇっ!? ……た、確かに薄く気配を感じるような……? うぅ、魔力探知は苦手です……」
「騎士が誘導してくれるはずだけど、混乱が置きる前に帰っちゃおう」
キャシーにはとんぼ返りになって悪いが、三人は馬車が停めてある場所へと速やかに向かう。来るときよりも人が増えているように感じたが、上手く間隙を縫ったおかげで比較的早く到着した。
馬車に乗り込むと大量の荷物が置いてあり、行きよりかなり狭い空間になっている。
「……ごめん、フレッド。狭いね」
「予想はしてた」
「ざっ、座席の下は収納になっておりますので! 大丈夫です!」
荷物はあらかた収納に押し込むことができたが、入りきらなかった分はアリスとキャシーの膝の上に置いておく羽目になった。
「試合はいかがでしたか?」
アリスは自分からの「買いすぎ」の小言を貰う前に、キャシーがすかさず話題を振ったのだと察したが、自分のために一生懸命探してくれたのが分かっていたので、小言は控えて話題に乗ることにした。
「すごかったよ。目で追えないこともあるほど俊敏な動き、技のキレ! ね、フレッド!」
「うん。すごかった。おれなんか試合の最中はほとんど見えなくて、最終的にライの解説で理解した感じですよ」
試合の内容をキャシーに説明し出すのと同時に、馬車がゆっくり動き出す。
キャシーは臨場感たっぷりに生き生きと話すアリスの説明に感心しつつ、こんなに喜ぶなら次は自分がチケットをもぎ取ってアリス様に褒めてもらいたいな、などと考えていた。
王都の外れに差し掛かったとき、複数の馬車が前からやって来た。急いでいるのか運転が相当荒っぽい。ぶつかりそうになるのをアリス達の馭者は何とか避け、道端に急停止した。
「なんだ今の馬車、危ねぇなぁ」
「ほんとにね。何なのあれ。全部連れかな? ったく」
馭者のおかげで事故にはならなかったが、窓から様子が見えていたフレデリックとアリスが口を揃えて文句を言う。
「ライアス様、フレデリック様、お怪我は?」
「ないよ、平気。キャシーは?」
「ございません」
「おれも無いよ」
中にいる三人は怪我一つなかったが、馬車の点検と馬の興奮状態を冷ますために一旦この場で待つことになった。
「でも今から行くのマズくね? 大丈夫かあの馬車」
「大丈夫だよ。ワイバーンは逆方向から向かって来てるし、ルーの護衛がすぐ動いてたから、ワイバーンを王都に入れる前に討伐してくれると思う」
「そーなんだ。乱闘騒ぎももう収拾がつく感じだったし、戦力が十分にあるときで安心したわ」
「……」
フレデリックが触れた“乱闘騒ぎ”の言葉に、アリスは何か重大な見落としをしているような予感がした。
何……? 何かあったっけ……?
思い出そうと目を閉じると、馭者から声を掛けられた。
「失礼致します。点検の結果、馬車に損傷箇所が見つかりました。応急措置は済みましたが、ナイトレイ領までの距離ですと安全性に懸念がございます。申し訳ございませんが、一度王都に戻って新しい馬車を手配させていただきたいのですが……」
深く頭を下げて謝罪してくるが、全く彼のせいでは無い。悪いのは完全に先ほど通り過ぎていった馬車の方である。
「しゃーないよな。一回戻ろうぜ」
「うん。馬車がないとさすがに帰るの無理な距離だもん」
こればかりは仕方がない。無理に壊れた馬車を使うなど危険すぎる。
アリス達は、あなたが気にすることではないと馭者の顔を上げさせ、提案通りで良いと答えた。
「……ふぅ」
乱闘騒ぎ。ワイバーン。
クリストファー。ルーファス。
――……リディア。
不安を抱えながらも、迷惑甚だしい馬車によって、アリス達は王都へ引き返すことになった。




