27.フラグが立っ…?
顔を上げるのがとても嫌だった。
現実逃避したかった。
だがしかし、それは不可能だった。
「ライ、ぼーっとすんな。退かないとお二人が入れない」
「……すぐ退くよ」
通路に出て、礼を言ってくる少年達を席に通しながら、彼らを横目で見る。
一人は、天使の輪がきらめく金髪に晴天の空を思わせる青い瞳を持つ、美少女と見紛うほどの愛らしい顔をした美少年。
もう一人は、さらさらと風に靡く銀髪にアメジストのような紫の瞳を持つ、綺麗さと精悍さが絶妙なバランスの美少年。
ひと目見ただけで、彼らの成長した姿を容易に想像できた。
何度も見たあのスチルが脳裏に蘇る。
――間違いない。
王子ルート攻略対象【ルーファス・オールブライト】と、幼馴染みルート攻略対象【クリストファー・エッジ】の二人……だよね。
本来のシナリオならルーファスとヒロインは学園まで出会わないし、クリストファーの出会いイベントは流れたはずだった。それがまさか同時に相見えることになろうとは、アリスは予想だにしていなかった。
「二人だけなのか?」
銀髪紫眼の少年から、子どもだけで? というニュアンスが含まれた質問を受ける。
こっちのセリフだからね!?
反射的に突っ込みたくなったが、ぐっとアリスは堪えた。
「ええ。チケットが二枚しか取れなかったもので。あなた方もですか?」
フレデリックは年下に見える彼らに対して、敬語を使って丁寧な口調で答えた。
少年達の正体までは気づいていないようだが、貴族であることは間違いないと分かっているらしい。
ボロを出さないように黙ってしまったアリスとは対照的に、下手に委縮せずに受け答えをしているフレデリックを見て、さすが商売人だとアリスは密かに感嘆した。
「チケット……? あっ、そ、そう! ぼく達もそうなんだよ」
金髪碧眼の少年が一瞬首を傾げつつもすぐに肯定する。
そうでしょうとも。王族ならチケットなど不要でしょうとも。
ていうか、王族専用の観覧席があるはずなのに何でここにいるの。一般席なんですけど?
「ライ、さっきから反応鈍いな? 戻って来い」
「あ、うん。ごめん」
突っ込みに思考を割かれて、どうにも返答が遅れがちになるアリス。
そもそも護衛はどうしたの。こんなところに王子と貴族のお坊ちゃんがいるの危ないでしょ。
……って、いた! なるほど平民の格好してたのか。普通はもっと緊張感とか警戒感とかが出るはずなのに、すごく自然。さすが王族の護衛は優秀だなぁ。集中しないと気づけないよ。
それを感じ取れるアリスも相当チートなのだが、領の外にほとんど出たことがないアリス本人に自覚はない。
ルーファス達は気づいてなさそうだけど、護衛がちゃんといるってことは陛下も分かってこの席に座らせてるってこと? 王族の観覧席の方が遥かに安全で護りやすいのに? どういう意図なのかな。
「もしかして二人がイケメン過ぎて照れてんのか?」
「ふぁ?」
考えに没頭していたアリスは、フレデリックのからかいについていけず間抜けな声を上げた。
「……?」
てん、てん、てん、……と数秒の沈黙ののち、
「…………うん」
説明するわけにもいかないので、アリスは否定せずに頷くことにした。
そういうことにしとこう。イケメンなのは間違いないもの。二人とも、子どもの頃からこんなに完成してんのかよ! って叫び出したい美少年っぷりだし。妙に空いてしまった間は照れから来るものだと誤認していただきたい。
「ふふっ、ぼくはルーだよ。よろしくね」
「おれはクリスだ。よろしく」
「ら、ライと申します。宜しくお願い致します」
二人に手を差し出されたので、アリスは何とか笑みを作って手を握り返した。
あっ。ライって愛称の方言っちゃった……けど、まぁいいか。そこらへんは。ライアスって名乗ったところで偽名だし。むしろアリスって言わなかったの偉いぞ自分!
「フレデリックと申します。宜しくお願い致します」
自画自賛中のアリスの隣で、フレデリックは貴族が気軽に平民相手に手を差し出してくるのに驚いているようだったが、すぐににこやかな表情を浮かべ、がっしりと握り返していた。
二人とのパイプを繋ごうと頭を回しているのであろうことは想像に難くない。
「それより、二人共敬語なんていらないよ?」
「そうだな。気兼ねなく話して欲しい」
微笑むルーに、クリスも同調する。
「え? いえ、お貴族様にそんな……」
「「えっっ??」」
フレデリックが遠慮しようとすると、二人は驚きの声を上げて目を丸くした。
「あ~……失言でしたか。申し訳ございません」
フレデリックがしまった、という顔で謝る。
「バレちゃってたのか。ちゃんと平民の服を着てきたんだけどね」
ルーが苦笑しているが、バレない方がおかしいのである。彼らが着ている服は装飾こそシンプルだが上質な生地を使っているし、縫い目や継ぎ目も非常に丁寧な仕事が為されていて、どう見ても一級品だ。そもそも本人達の品の良さや異常な顔面偏差値の高さが平民であることを完全に否定している。
顔は全く隠してないし、髪色もそのままだし、変装が中途半端過ぎるよ。服ごときでどうにかできると本当に思ってるの? 王子と騎士団長子息だよね。こんな調子で危機管理大丈夫? なんで周りにバレないのか不思議……ん?
アリスは、彼らに“認識阻害魔法”がかかっているのに気づいた。これがあるから変装に力を入れていなかったのかと納得する。
あまり強めにかかってないのは、護衛にまで認識されなくなったら困るからか。魔力耐性の低い平民相手ならこの程度で十分だろうし、逆に一般席なのに二人を認識できる人間がいれば目立つから警戒し易いってとこかな。認識阻害魔法って光属性だから、効き辛い闇属性適性者じゃない限り破られ難いしね。
それにしたって何かの調子に解けちゃうかもしれないから、服以外の変装も徹底しておくべきだとは思うけどなぁ。現に、魔法が解けたわけじゃないけどわたし達は彼らを認識できちゃってる状態だ。わたしはともかく魔力耐性が低いフレッドも認識できてるのは、彼らから話しかけてきた上に会話もしたせいなんだけど、それをどう見られてるのか気になるところ。
護衛が特に動いていないところを見て、アリスは自分達が無害と判断されたか様子見されているか考え、後者だろうかと当たりをつける。ルーとクリスを認識できているだけでなく、アリスが二人の正体を知っていることを気取られたら、確実に目をつけられるだろう。注意深く行動しなければと、彼女は身を引き締めた。
「それよりもフレデリック。敬語になってるよ?」
ルーが首をかしげて不満げに言う。いちいち仕草が可愛い。
「あーっと……うん、じゃあ分かった。ルー」
フレデリックの躊躇いは一瞬で、さっさと敬語を止めた。柔軟性が高いんだか図々しいんだか微妙なラインだが、頭の回るフレッドのことだからあえて相手の希望通りにしてるんだろうなぁとアリスが感心する一方、わたしのときはそもそも最初から敬語じゃなかったけどあれは……とちょっぴり腑に落ちない気持ちになった。
「うん。それがいい」
嬉しそうに微笑む美少年ルー。漫画だったら背景に花が咲き誇っているところである。アリスは彼の美少年っぷりに思わずごくりと生唾を飲み込んだが、笑顔を向けられた当のフレデリックは平然としていた。
アリスは「こんな女の子顔負けの美少年の微笑みが効かないなんて、フレッドってもしかして“びーせん”というやつかな?」などと勝手に考えていたが、バレたらきっとフレデリックに頬をつねられていたであろう。
アリスは中身が自分なのでときどき自分の顔面偏差値を忘れているが、攻略対象の彼らに負けず劣らずの美少女なのだ。フレデリックも確かに彼らを整った顔立ちだとは思ったが、アリスで慣れていたし美少年といえども野郎なので、頬を赤らめたり照れたりなんてことにはならなかった。それだけである。
「ライ……と、言ったか? もう貴族だとバレたから隠すのも止めるが、そんなにかしこまらないで欲しい。おれ達は純粋に剣聖杯を楽しみに来たんだ。一緒に楽しまないか?」
「……あっ、は、はいっ……ありがとうございます。クリス様」
もう一人の美少年クリスに優しく微笑まれたアリスは、赤くなっていく顔を自覚して小さく返事をした。
「クリス」
「へ?」
「呼び捨ててくれ」
……っく。推しから愛称呼びの要求だと……っ!?
ショタコンの気はないアリスだったが、成長後の彼とヒロインが再会するときの場面がリンクして思わず胸を押さえた。
『アリス。久しぶりに会ったからってクリストファー様だなんてよそよそしく呼ばないて欲しい。クリスと、昔みたいに呼んでくれ。おまえにはそう呼ばれたいんだ』
親友に無理やり始めさせられた乙女ゲームとはいえ、途中からは非常に楽しんでプレイしていた。推しのクリストファーがヒロインを護る場面や互いの気持ちが通じ合った場面は、なけなしの乙女心にきゅんきゅん来たものだ。
「わ、分かりました。クリス」
「……」
あれ? 何だか不満そうだな?
敬称つけなかったのに。
「ライ、敬語は嫌だ」
寂しそうに眉をへにょりと下げる美少年。
やっ、止めろぉぉ!!
そんな捨てられた子犬みたいな顔しないでよ!
「ぼくのこともルーって呼んで?」
王子相手に無茶仰いますね!?
今のわたしは男爵令嬢どころか平民ですけども!
彼らの正体を知っていて、かつフレデリックほど胆が座っていないアリスはぎょっとする。
「駄目か?」
「お願い、ライ」
幻影の犬耳をペタリと垂らして見つめてくる美少年と、瞳をうるうるさせてお願いしてくる美少女……じゃなく美少年が距離を詰めてくる。自覚があるのかないのか分からないが、ひっじょぉぉにあざとい!
「…………ッ、わ、分かったよ。ルー、クリス」
破壊力満点の美少年二人に負けたアリスは、項垂れそうになりながらも要求を飲む。
本人が呼べって言ったんたから不敬罪で捕まえないでね! お願いだから!
アリスは心の中で護衛に向かって叫んだ。
「うん! 嬉しいなぁ。友達が二人もできたよ、クリス!」
「ああ。そうだな!」
破顔する二人はもう何というかとにかく尊い。
わたし達に名前を呼ばれるのがそんなに嬉しいの? 平民と(仮)なのに友達認定してくれるの? なんなのその笑顔。可愛いかよ。天使かよ。
アリスは悶えて転がりたい衝動を抑えつけるのに必死になった。
落ち着け。手放しで喜んじゃ駄目だろ。
二人とは、っていうか攻略対象との接触は回避するはずだったんだから。これはミスだ。目的を忘れるな自分!
アリスは嬉しそうにしているルーとクリスから目を逸らし、目の保養を存分に味わえる現実に気が緩みそうになる自分を叱咤した。
……でも、うん。
ライアスとして接点は作っちゃったけど、アリスとしてのフラグはギリギリ回避できた……はず。
変装が早速役に立つとは思わなかった。父上、皆、ありがとうございます。過保護のおかげでめちゃくちゃ助かりましたよ……
やっと攻略対象出てきました。




