25.玲瓏祭
やって来ました! 初王都!!
アリスが背伸びをして馬車の長旅で凝り固まった身体を解すと、バキバキと凄まじい音がした。音の大きさにフレデリックが失笑するが、首を解していた彼からもゴキュリと妙な音が響いて、二人で笑い合った。
「長時間の移動お疲れさん。初めての王都はどうだ?」
「分かってはいたけど人口密度が半端ないね。酔いそうなくらい」
ナイトレイ領も田舎にしては賑わっている方だと思っていたが、王都はやはり別格だ。比べものにならない人と店の数に圧倒される。
「今日は“玲瓏祭”だから特にな。いつもはここまでじゃないよ」
玲瓏祭とは、“初代剣聖――シルヴェスター・グレイ・クリフォード”を讃えるために、毎年王都で一週間もかけて開催される国の一大イベントだ。
シルヴェスターはかつて人間を蹂躙する魔王を打ち倒した英雄で、この国の人間ならば誰しもが知っている名だ。
子どもに読み聞かせる絵本で英雄譚といえばこの初代剣聖が定番中の定番であり、お伽噺として有名だが、中には伝記であると信じている人もいる。
そんな玲瓏祭は王都に店を構える商売人達にとって絶好の売り込みチャンスなわけである。老舗から新規店舗までいつも以上気合いが入るというもの。アリス達もしょっちゅう声を掛けられた。
フレデリックを先頭に、アリスとキャシーは逸れないように手を繋ぐ。人の波間を縫うように歩いていると、とある店を見つけたアリスが目をキラキラと輝かせた。
「見て! 武器屋と防具屋がある!」
ああ~すごい。実物を触りたい!!
ふぅわぁぁっ! 最新モデルのレイピアじゃない!?
って、隣の鎧もしかしてドラゴンの鱗使ってるっぽくない!?
「あっちには馬具もあるぅぅ!」
おおよそ貴族のご令嬢とは思えないラインナップに、フレデリックは肩を震わせて笑う。
「くくくっ。あんなに服飾店がある中で、見つけるのそっちか!」
「うっ。しょうがないじゃん。ドレスだって可愛いと思うけど」
「別に駄目なんて言ってないぜ? さすがって言ってんの。ってか、何なのあの鞍? 宝石ついてね?」
「太腿に当たって痛そう。しかも薔薇の刺繍ついてるし。お貴族様に向けた観賞用みたいだね。誰が買うんだか」
おそらく今日のために出てきたのであろうたくさんの露店も立ち並ぶ。
露店には遠目で見ただけで分かる見事な品や、どっかから拾って来たのかと思うようなガラクタまで様々な品が揃えられるようで見ていて飽きない。
「あぁ素敵なお店がいっぱいですねぇ」
キャシーはキャシーで、服や装飾品の店を通り過ぎるたびにうっとりとした声を上げ、着飾ったアリスの姿を想像し膨らませては、アルバートから軍資金として渡された額で何着買えそうか凄まじい速さで暗算していた。
「キャシー、あんまり余所見してると転ぶよ」
あちこちに心を寄せているキャシーは危なっかしい。アリスはぎゅっと手を握り直した。
「ライはちっとも服飾店には立ち止まらねぇな」
「いや、ドレスも好きだよ? あっ、乗馬服欲しいかも」
「結局そっちかよ」
時代の最先端を行く王都の店というだけあって、アリス好みの比較的落ち着いたものから、王族専用かとツッコみたくなるような豪華なものまでバリエーション豊かなドレスが飾られている。
アリスも人並みにはお洒落に興味があるが、度合いで言えば武具の方に軍配が上がるので、意識を逸らされるようなものではないというだけだ。
「すみません。アリス様に似合いそうなドレスばかりあるものですから……いえ、アリス様に着こなせないドレスなどないですが!」
「ありがとね。だけど、前見てね」
「ふふふっ。老舗の店から思わぬ掘り出し物が見つかる露天まで揃う玲瓏祭、万歳ッッ! 絶対に良いものを見つけて帰ります! 期待していてくださいね、アリス様!!」
キャシーの瞳はメラメラと燃え盛り、何が何でもドレスを買って帰る気満々だと物語っている。アリスは着せ替え人形にされる未来が見えて遠い目になったが、拒否権はない。キャシーに王都へついて来てもらうにあたって出された交換条件だったので、飲まざるを得なかったのだ。
「ね、キャシー。フレデリックに連れて来てもらったのは、ドレスを買うためじゃないからね。わたしも武具が見たくて見たくてたまらないけど、もともとの目的は別だからね? キャシー?」
「すごいわあのレース、蝶々の模様になってるわ。ああでも黒だと妖艶さが前面に出てしまいそう。アリス様の年齢で色気を押し出すのは早過ぎるわよね。白かクリーム色はないのかしら。ううん、いっそ銀か金で光沢のある糸なら……あら、あっちは向日葵柄の刺繍!? 夏にぴったりだわ。青か緑のシフォン生地でスカートのドレープを……」
うん。聞いてないや。
アリスは諦めた。こうなったキャシーには何を言っても無駄だ。
アリスはキャシーが転ばないように気を配りながら、フレデリックを追いかけた。
馬車から降りて混雑に混雑を重ねた通りを歩き続けて三十分。
「あ! 闘技場ってあれじゃない? キャシー?」
アリスが前方に現れた巨大な建物を指差した。やっと目的地だ。
体感では一時間くらいかかった気がする。
「――はっ。ええ! ええ、そうですよ、ライアス様!」
アクセサリーを売っている露店に気を取られていたキャシーが、やや強めにアリスに袖を引かれ顔を上げる。
「ライ、あれが闘技場……って、おいおい顔色悪いな。大丈夫かよ?」
キャシーに手を引かれるはずがいつの間にかアリスが彼女の手を引いていて、人にぶつからないように慎重にかつフレデリックを見失わないように歩くのは中々骨が折れた。それが顔が出てしまったようだ。
「大丈夫。きっと中入ったら治る」
自分では決してできなかったであろう貴重な体験を、人酔いなんかで不意にしてたまるかと、アリスは若干青い顔をしながら拳を握った。
「うう。すみません」
アリスの気疲れの一因になってしまったと気づいたキャシーが申し訳なさそうな顔をするが、アリスはにっこり笑って首を振る。
「だいじょーぶ! きっと試合を見たらすぐに良くなっちゃうよ」
気休めでもなんでもなく、確信があった。一ヵ月間ずぅっと楽しみにしてきたことだ。気疲れなんてすぐに吹き飛ぶだろう。
「お気遣いありがとうございます。ご無理はしないでくださいね、ライアス様」
「平気だよ。じゃああとでね!」
チケットは二人分なので、残念ながらキャシーは闘技場に入れない。
「では申し訳ないですけど、キャシーさんはここで」
「はい。フレデリック様、ライアス様のことを宜しくお願い致します」
観戦が終わったあとに合流する場所をあらかじめ決め、キャシーとはここで別れた。
係員にチケットを手渡しながら、アリスは胸を高鳴らせる。
さぁ、こっからがお楽しみタイムだ!!