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23.友人とお土産



「アリス様」


キャシーが庭で剣の自主稽古をしているアリスに声をかける。この二年半ですっかり馴染みのものとなった光景だ。八歳の少女にしては高めの身長と、動きやすいようにと穿いたズボンのせいで、後ろから見るとまるで少年のようである。


「キャシー、なぁに?」


アリスは刃を潰してある訓練用の剣を下ろすと、滝のように流れてくる汗を手の甲で軽く拭った。


「はうっ……」

「どうしたの!?」


突然キャシーが胸を押さえてぷるぷる震え出したので何事かとアリスが慌てて駆け寄ると、キャシーは小声で勢いよく呟き出した。


「はぁぁアリス様尊いもともとの天使のごとき可愛さに磨きがかかったどころか凛々しさが加わるなんて尊い以外のなにものでもないわ」

「……え?」


アリスはキャシーの言葉が速すぎて聞き取れずに困惑しながらも、取り敢えず彼女の体調が悪いわけではなさそうだと判断する。


「……えっと、ごめんもう一回言ってくれる? 速くてよく分からな

「女の子らしい可愛いドレスは絶対的に似合うけれどズボンも似合うどうしたらいいの美少女すぎる毎日拝めるわたし幸せ過ぎて鼻血出そうぅぅ」




二年半前にアリスが剣を習いたいと言い出したとき、キャシーら使用人達はすこぶる驚いた。通常の反応である。女の子が剣を持つなどこの国じゃ非常識もいいところだから。


キャシー達は驚きはしたものの、アリスの意志を女の子らしくないと切り捨てる気は微塵もなかった。愛しい彼女がやりたいなら、剣だろうと乗馬だろうと構わなかった。だが世間はどうだろうか。十中八九奇異の目で見てくる。そうなればアリスが傷ついてしまうのではないか。それだけが心配で、すぐには手放しで彼女を応援することができなかった。


しかし、本人の並々ならぬ情熱と、当主であるアルバートが迷いなく許可している様子を見て、それだけ意志が固いならばと最終的には皆が理解を示した。それに周りがごちゃごちゃ難癖つけてきたら叩きのめせば良いのだと、アリスの心が守られれば他はどうでもいいキャシー達は、彼女が初めて何かをしたいと強い希望を出したことをやっと大々的に喜んだ。


そうなると誰が剣の指南役になるかという話になった。護身術レベルならメイドにまで行き届いているナイトレイ家は、誰がアリスの願いを叶えてやるか揉めに揉めに揉めて――アルバートに落ち着いた。誰からも文句のつけようのない人選である。アルバートは勝ち誇った顔をしていたという。


「……キャシー、聞き取れなかったからもう一回言ってくれる?」


アリスは何やら興奮していたキャシーが落ち着くのを見計らって、優しく促した。


「し、失礼致しました」


昂る心が抑えられず、思わず思いの丈を口走ってしまったキャシーは気をとりなすようにコホンと咳をし、本来口にするはずだった言葉を伝えた。


「お客様がいらっしゃいました。稽古はそれくらいになさってください」


聞き返す前とどう考えても語彙数が違っていたが、何となく察したアリスはスルーすることにした。


「わたしに? だれ?」


キャシーから手渡されたタオルで汗を拭い尋ねる。


「フレデリック様でございます」


キャシーが口にした名を聞いた途端、パッとアリスの顔が明るくなる。


「えっ! 帰ってきたんだ! すぐにシャワー浴びてくるから少し待っていてと伝えて」

「かしこまりました」


急いでシャワーを浴びに行くアリスを見て、キャシーはクスリと笑った。



*****



「ごめん! 待たせて」


水魔法と風魔法を使って超高速でシャワーを終えたアリスは、客間に待たせていた少年、もといフレデリックに謝罪した。


「いや全然」


キャシーの用意した紅茶とお菓子を堪能していた彼は、ニカッと笑って首を振った。


「久しぶりだねぇ、フレッド」

「だなー」


フレデリックはブラッドレイ商会の次男坊で、将来は家を継ぐ兄を支える補佐役に就くことを目標としている。商品の仕入れのために各国へ飛び回る叔父について度々ナイトレイ領を離れることがあり、今日も会うのは半年ぶりである。


「剣の練習してたんだろ? 邪魔して悪い」

「ちょうど区切り良かったから気にしないで」


フレデリックはアリスが剣を持ち始めても変わらない態度で付き合ってくれる。良い友達を持ったなと彼女は常々思う。


アリスは客人を歓迎すべく、手ずから新しい紅茶を淹れ始めた。


「自分で紅茶淹れられるのか、アズ」

「色んなこと自分でできるようになりたくて。キャシーにも上手だって褒められるんだよ?」

「キャシーさんに? そりゃ期待大だな」

「任せといて!」

「なんかアズ、機嫌良いな?」

「えー? そう?」


互いを愛称で呼んで気安い態度で会話をするアリスとフレデリックは、アリスが前世までの記憶を取り戻した年に初めて出会った。




前世までの記憶が戻る前、虚弱体質だったアリスはほとんど外出することができず、それどころか人と満足に会うこともままならないことも多かった。幼馴染としてフラグが立つはずの攻略対象クリストファーのイベントも、熱でうなされている間にサックリと流れ(まあこれは良かったのだが)、一人も友達がおらずぼっち街道まっしぐらだった。


健康体になって親友探しを始める際、友達もできたらいいなと町へ行ったアリスは、齢の近そうな子ども達に話しかけてみるも、驚くほどに目を合わせてくれない。精神年齢が年上なせいで威圧的な態度が出てしまったんだろうかと、なるべく優しく笑顔で接するのだが、そうすればそうするほど相手は挙動不審になってしまった。そして頻りに恐縮した後、顔を背けて逃げるように去ってしまうのだ。


少年少女関係なく、話しかけた相手の顔が真っ赤になっていることが多かったので、最初は体調の悪い子ばかりを引き当ててしまったのだと思い、具合が悪いなら仕方ないよねと楽観的に考えていたのだが、さすがにこれが何回も続くとアリスも気づく。話しかけた相手が、アリスから離れたあと遠目にこちらをチラチラ見て家に帰る様子がないのを。


アリスはただ単に自分が警戒されているのだと分かって落ち込んだ。前々世では庶民であり、前世でもにわか貴族だったアリスは身分など関係なく仲良くなりたかったのだが、平民である彼らにとってはそうではなかったのだろう。


そんな中、アリスの顔を真っ直ぐに見て堂々と会話をしてくれたのがフレデリックだった。


彼は、子どもとはいえ貴族のアリスとパイプを繋いでおけば、将来的に役立つと思ったらしい。商魂たくましい奴である。のちに仲良くなってからあっけらかんと白状されたが、嫌悪感は特に湧かなかった。黙っていれば分からないのに、わざわざ言ってくれたのにはむしろ好感を持った。


アリスより三歳年上のフレデリックは、子ども達のリーダー的存在だった。子ども達も彼を慕い、彼の言うことならよく聞いた。信頼を置くフレデリックがアリスと身分の垣根なく会話する姿を見て子ども達は安心したようで、徐々にではあるがアリスと普通に話すようになっていった。


フレデリック以外の子達は精神年齢差がありすぎて、友達といっても弟や妹のように感じることが多いが、素直で可愛いので接するのはちっとも苦にならない。今ではフレデリックがいなくとも一緒に遊ぶようになるくらい打ち解けたので、それは本当に嬉しいと思っている。

でもやはり年齢差を感じずに気兼ねなく付き合えるのはフレデリックだった。彼が大人びているのかアリスが幼いのか微妙なところだけれど。


そうして仲良くなった皆だが、ここ二年くらいはめっきり遊ぶ頻度が減ってしまった。アリスが魔法、剣、乗馬と習い事を一気に増やした頃、ちょうどフレデリック以外の皆も弟や妹ができて家の手伝いや下の子の面倒を見るために忙しくなったからだ。フレデリックは例のごとくしょっちゅう領外に出ているし、アリスは自分の目標のためとはいえ、ちょっと、いや結構、最近は寂しい思いをしていた。


そんな折りにフレデリックが帰ってきたのだ。嬉しくないわけがない。とまぁ、アリスの機嫌が良いのはそういうわけだ。素直に言葉に出すと彼にからかわれそうなので言わないが。


アリスは香り豊かな紅茶を口に含み、ほぅっと息をつく。フレデリックにお裾分けしてもらって以来気に入っているフレーバーだ。


「ところで、今日はどうしたの? 何か面白いものでも手に入った?」

「ああ、気に入ると思うぜ?」

「わたしが?」


きょとんとするアリスに、ニヤリと自信満々なフレデリック。


「え、なになに? フレッドがそんな顔するなんて、よっぽどいいものじゃない?」


フレデリックのお土産で外れがあったことはないが、彼の態度からして、相当彼のお眼鏡に叶ったものが手に入ったのだと分かる。それだけでワクワクしてきた。


「これ、なーんだ??」


フレデリックが懐から取り出したのは、二枚のチケットだった。


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