21.全属性適性者ならば?
「全属性って……あの、聖属性の変化は現れなかったですよね?」
「そうすね。けど、聖属性ってもはや伝説扱いなので、全属性って実質六属性のことを指すんですよ。――ねぇ、お嬢」
ファウストは急に甘さを含んだ声でアリスに呼びかけ、彼女の手を覆うように両手でがっしりと握った。アリスは驚いて身じろぎするが、強く握り込まれた手はビクともしない。
「やっぱり魔導師目指しません? それで俺と――」
頬を上気させ、物欲しそうな金色の目がアリスを見つめる。どう考えても五歳に向けていい色気じゃない。アリスは耳まで真っ赤になってしまった。
近い近い近い近い近いっ!!
色々衝撃的なことが多くて忘れてたけど、先生って顔面偏差値高いんだよ!
目がっ! 目が潰れるっ! そんでもって何で手ぇ握るの!?
「おい、魔法馬鹿。おまえの願望の押しつけは止めろ」
鑑定結果を聞きに来たアルバートが、ファウストをアリスから引き剥がす。キャシーは「消毒しましょう」といって、アリスの手をゴシゴシ拭いた。それはもう念入りに。
「だって全属性適性者って、今は俺とお嬢以外いないんすよ? しかも黒判定。楽しみ過ぎるじゃないっすかぁ! ああお嬢、早く成長して! 戦りたい!!」
興奮しながらまたアリスの手を握ろうとするので、アルバートとキャシーが瞬時に盾になる。アルバートが攻撃魔法を唱えようとしていたので、アリスが慌てて止めた。絶対に上級魔法をぶっ放そうとしていた。洒落にならない。アルバートはアリスのこととなると大分短気なようだ。
「止めろ戦闘狂い。私の娘を巻き込むな」
「アリス様に近寄らないでください。変態が感染ります」
「もー、二人共そんなに怒んなくってもいいじゃないっすかぁ」
……なるほど。言い方悪いけど、セルヴァ先生って魔法オタクの戦闘狂いなのね。魔導師団に興味持たせようとしてるのも、強くなりそうな魔導師と戦いたいからってことか。一瞬、ロリコンなのかと焦ったわ。違うようで何より何より。
「お嬢は女の子ですし、現実的には王族と結婚てことになりますかね~。はぁ……残念だなぁ」
ファウストが、何気なく爆弾を投下した。
……は?
「へ? なん、いや、それは、……えぇ?」
それは聖属性適性者の話では? 何を言ってらっしゃる?
空耳かな? 空耳だよね? 空耳でお願いします。
「二属性以上適性するのは珍しいって言ったでしょう? それが全属性なんて、王族が放って置くと思います? 少なくとも俺はウザイほど婚姻の打診されたっすよ。断ったけど」
嘘でしょ? 王族と結婚? 聖属性適性者じゃなくても?
ヒロインと違っても、同等の条件が揃ってしまったということ?
ファウストに悪気など一切ないのは分かっているし、単なる可能性を述べられているだけなのは分かっているが、アリスにとっては絶対に避けたかった事実を突きつけられ、激しく動揺した。
「そういや今、第二王子殿下の婚約者探してるんじゃなかったでしたっけ」
ファウストがそんなアリスの心情を理解できるわけもなく話を続ける。
アリスは聴きたくない気持ちが溢れ出し、キャシーが活けてくれた真紅色の花を眺めながら現実逃避を開始した。
この花の名前何だったかなぁ。もう慣れたけど、結構独特の匂いするよね。あんまり可愛い名前じゃないんだよ確か。えぇっと、ゼル、違う、ゼラニウム!
色ごとに花言葉違うって教わったけど、なかなか覚えられないんだよなぁ。もともとお花に興味がないし。でも貴族として必須の知識ですとか言われちゃったら覚えないわけにもいかないし。
りっちゃんだったら花言葉とか簡単に覚えられるんだろうなぁ。お花好きだったもんねぇ。もしかしてリディア様が土属性で植物魔法使いこなしてるのって、りっちゃんの影響? ……あ、まぁ暴走はしてたけど……それにしても、だ。
って、今思い出しだけど、これか! ゲームの題名になってる花これかぁ!! 『ゼラニウムの花束を君に~恋と魔法のリボンで結んで~』だったね、忘れてた。忘れてても何ら困ることはなかったけども。
なるほどねー、と脳内で手を打っているアリスは、なおも無理やりファウストの言葉を聞き流そうとしていたが、そうも言っていられない話題が彼女を現実に引き戻す。
「全属性適性者なら、男爵家でも名乗りを上げられるっすよ。しかもお嬢の魔力量は黒判定ですから、文句のつけようがないでしょ。どうします?」
「え? 名乗り? どうする、とは??」
えっ、まさか第二王子殿下の婚約者候補という意味での名乗り?
「お嬢の鑑定結果、すぐ申請すれば婚約者候補として間に合うんじゃないっすかね。俺の最速の使い魔で届けましょうか」
そのまさかだった!!
ていうか、何故そんなポンポンと事を進めようとする!? 望んでません!!
「まあっ! セルヴァ様珍しく良いことを仰いますね。第二王子殿下は聡明でお美しい方だと聞き及んでおりますし、アリス様のお相手として申し分ないですね!」
キャシーまで何言ってんの!?
というか、第二王子殿下に対してわたしの相手として認めてやってもいいみたいな言い方……わたし何者なんだよ……
本人を置き去りにして、ファウストとキャシーが盛り上がる。
アリスと齢の近い王族は、現在第二王子であるルーファスと兄である第一王子のみ。兄王子には婚約者がすでにいるので、アリスが鑑定結果を届け出したら必然的にルーファスの婚約者候補として名を連ねることになるだろう。
黒判定で全属性だと、王族と結婚するってもう決まってるの?
とにかくルーファス様との結婚は何が何でも回避――できないよね。
男爵家だもん。もし王命で決められたらどうにもならない。
仮に彼とは回避できても、歳の離れた他の王族と結婚しないといけなくなるのかな。ナイトレイ家の利を、父上や皆のためを思うなら、王族との婚姻を狙うために今すぐ届けを出した方がいいの?
「お嬢が第二王子殿下の婚約者になったら、気軽にバトルしようぜ! って言えないのが悲しいっす」
「そうでなくても、女性に決闘を申し込もうとする馬鹿はあなたくらいですよ」
ファウストの自分本位な嘆きにも、キャシーの容赦ないツッコミにも反応できずに、アリスはただただ困惑している。
王族の婚約者になれれば、りっちゃんに話しかけるくらいには身分が釣り合うかもしれないけど、所詮結婚するまでは男爵令嬢。ゲームの舞台は学園だ。卒業後に王族になっても意味がない。話くらい聞いてくれるようになっても、それだけじゃあ護れない。
でもりっちゃんのことだけ考えるの? 転生してから家族もどうしようもなくかけがえのない存在になっている。わたしが王族に嫁げば皆が幸せになる? うまくいく?
ぐるぐるとまとまらない思考。堂々巡りを続ける。
……でも、わたしは。
わたしがやりたいのは。なりたいものは――……




