18.家庭教師がやって来た
「アルさーん! お久しぶりでーす! 家庭教師やりに来ましたよ~! って、あ! この子がアルさんのむす……め? 娘さんっすよね? 髪短ぇっすけど……あれ? 息子さん? まあどっちでもいいんすけど!!」
「娘だ! どっからどう見ても可愛い女の子だろう! おまえの目は飾りか!?」
「ちょ、怖っ! 怒らないでくださいよ。冗談ですって。お茶会で髪切られちゃったんでしょう? 災難でしたねぇ、お嬢」
今日は待ちに待った魔法担当の家庭教師が来てくれたのだが、色々と予想外過ぎる人柄に、アリスは「あ、はい……」と返事をすることしかできなかった。
アルバートを“アルさん”と気安く呼び、アリスのことを初対面から“お嬢”と呼ぶ彼。アルバートの当てのある人物だと聞いていたから、てっきり彼と同年代の人が来ると思っていたが、かなり若い。もしかしたらアリスの方が齢が近いんじゃないだろうか。
紫がかった濡れ羽色の髪に、金色の目。色合いがまるで黒猫のようだ。おまけにかなり美形である。アルバートの隣にいても全く見劣りしない。
(特筆してこなかったが、アリスの父であるアルバートは、さすがはヒロインの父親というべきか、この父親だからこそこのヒロインが生まれたいうべきか、非常に整った顔立ちをしている。)
乙女ゲームの世界にいるくせに、父以外の美形男性とちっとも会ったことがなかったアリスは、これからこんなイケメンが先生になるのかと、心が踊った。タイプではないが。
「アリス……彼はファウスト・セルヴァ。私の友人だ。見た目通りの軽い男だが、魔法の腕だけは信用していい」
アルバートは溜息を吐きながらファウストを紹介したが、彼は意にも介していない様子でアリスににっこりと笑った。
「どーも! アルさんの親友のファウスト・セルヴァでーす! これから宜しくお願いしますね~お嬢!」
「は、はい。わたしはナイトレイ男爵家長女のアリスです。こちらこそよろしくお願い致します。先生」
ファウストのテンションに押されながらも、アリスはおずおずと頭を下げて挨拶した。イケメンなのは嬉しいが、テンションが高いし軽い。今まで周りに一切いなかったタイプなので慣れるのに時間がかかりそうだ。
「自己紹介もこれくらいにして、アリスに魔法を教えてやってくれ。この子はきっと才能がある」
「うわぁ親馬鹿っすね。まだ魔力鑑定もしてないのに」
彼らの気の置けない会話を見ているアリスは、一体ファウストはどういう地位にいる人間なのだろうと考えを巡らす。
この国では、家庭教師という職業は身分の低い者が就く。
大部分が平民。男爵位はときどきいる。子爵位でも稀。伯爵以上は余程のことがない限りならない。
魔法に秀でた貴族は、ほとんどが魔導士団か魔法研究所へ入るのだ。
常識的に考えると、家庭教師のファウストは平民という可能性が高いが、家名がある。アルバートへの態度を見ると、お互いにかしこまった部分はないし、同じ男爵位なのかもしれない。貴族名鑑に載っていた名は全て覚えたはずなのだが、彼の名前は見覚えがなく推測しかできない。
「あっ! キャシーちゃんだ! 久しぶり!」
「おほほ、お久しぶりでございます」
キャシーが「まあ、キャシーちゃんだなんて」と言って、微笑みながら青筋を浮かべるという器用なことをやっている。ちゃん付けで呼ばれるのが相当嫌なようだ。アルバートの友人であるという手前、我慢しているようだが。
「あの……セルヴァ先生は、どちらのお家の方なのでしょうか? 不勉強で申し訳ございません」
アルバートと気安い仲だからと言って、万が一爵位が上ならとりわけ礼を欠くわけにはいかない。
「ん? 俺はただの平民っすよ? ……あ、そっか。この国って平民は家名を持たないんでしたっけ。俺の国じゃ家名を名乗るのはどんな身分でも自由なんですよ。公式に認められるかどうかは別として」
ファウストの説明に納得するアリス。そういえば、そういう国もあるとモーリスに習った。ファウストは外国人だったのか。この国の人間と見た目の差がほとんどないので分からなかった。
「……ただの平民ねぇ……」
「なんすかアルさん。ホントのことでしょ?」
「本当じゃないだろう。嘘を言うなよ、元魔導師団長殿?」
「あっ、バラしちゃんうんすか!? ちぇ~。ここぞというタイミングでお嬢をビックリさせようと思ったのになぁ」
元魔導師団長!? はあ!?
さらっと暴露された事実に、アリスは目を白黒させた。
魔導師団長ということは、国一番の魔法の使い手ということだ。
元とはいえ……というか、この若さで“元”!? どういう経歴なの?
というか、そんな人に伝手がある父上も一体何者??
アリスは重ね重ね驚愕しながら父を見上げた。
「不安は解消できたかい? こんなんだけれど、実力はあるからね」
アリスの戸惑った表情を違う方向に解釈したらしいアルバートが、性格はともかく魔法の実力は問題ないのだと安心させるように微笑む。
いや、そこはあんまり気にしてないです、父上。
尊敬し信頼している父アルバートが認め、元魔導師団長という肩書きを持つファウストが無能であるわけがない。むしろ、そんな凄い人に家庭教師をやらせていいのかという申し訳なさが生まれる。
「つーか、本当にお嬢にはデレデレっすねぇアルさん。おもしろっ」
「おまえも娘ができたら分かる」
「ぎゃははは! 俺、結婚とか絶対しないっすわぁ!」
ファウストは目尻に溜まった涙を拭うと、アリスに向き合った。
「あ~面白い。じゃあ、そろそろ真面目に授業でもやりますかね~。お嬢はまだ少しも魔法を習ったことがないんでしたよね?」
「そうです」
わたしの呼び方お嬢で定着するんだな、と思いながらアリスがこくりと頷くと、しゃがみ込んだアルバートがファウストに聞こえないような小声で言う。
「独学はしていたみたいだけれどね?」
「えっ」
虚を突かれたアリス。
「私の方も教師の手配に手間取って悪かった。でも、人の部屋に黙って入るのは良くないね?」
内緒でアルバートの書斎に入り込み、魔法書を読み漁っていたのはバレていたようだ。
「ご、ごめんなさい……」
アルバートはちゃんと家庭教師をつけてくれると言っていたのに、勝手なことをしてしまった。罪悪感が込み上げたアリスは、バツが悪そうに謝った。
「分かればいい。これからは、やりたいことがあるなら私にちゃんと相談しなさい」
「はい。ごめんなさい」
アリスは猛省を胸に、こくこくと何度も頷いた。




