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14.ご挨拶


ついにお茶会に参加する日がやってきた。


ナイトレイ領と王都の間にある田舎道はまだ舗装されていない箇所も多く、ガクンガクンとまるでジェットコースターのように馬車が激しく揺れた。

クッションをたくさん敷き詰めているのにおしりがとても痛かったし、下手に喋ると舌を噛みそうなくらいの悪路だったが、王都に近づくにつれてやっとなだらかになってきた。


ハズラック公爵家は王都近郊に屋敷を構えている。

あと十分くらいで着く予定だと、御者が中にいる二人に告げた。


「ふふふ。怖い顔をしなくても大丈夫ですよ、アリス様。ほらほら、スカートをそんなに握りしめたら皺になってしまいます」


口を固く結んで流れていく景色を見ているアリスに、キャシーが笑いかけた。


「……あ、ほんとだ。気づかなかった。せっかくキャシーが仕立て直してくれたのにごめんね」


アリスは慌てて手を離す。


キャシーがリメイクしてくれた水色のドレスは、袖口についていたレースが減らされ、代わりに裾の方にたっぷりと増やされていた。

花柄自体は変わらないが、今の季節にあった花の刺繍が紺色で刺されており、誕生日のときよりも大人っぽい仕上がりだ。


元のドレスも好きだったが、どちらかというとシックなデザインの方が好きなアリスは大変喜び、何度も感謝の言葉を伝えた。

キャシーは満足そうな顔をして「今後も是非このキャシーにお任せください」と、ちゃっかりこの先もリメイクする気満々であることを宣言した。



今日のお茶会には、母代わりにキャシーが付き添いとして一緒に来てくれている。

母親がいないなら、親戚の誰かに頼むのが一般的なんだろうが、ナイトレイ家には親戚と呼べる存在がいない。いれば写真か何かが飾ってありそうなものだが、アリスはナイトレイ一家の三人と使用人達の写真しか見たことがないし、話題にも上がったことがなかった。

何となく訊き辛いので、いずれ決心がついたら訊いてみようと思っている。


アルバートには、行きたいのは山々だがどうしても外せない仕事が入ってしまったと謝られたが、あまり父親が娘のお茶会に付き添うことはないし、気持ちだけで充分だった。

安心してもらえるように、キャシーに仕込まれたカーテシーを披露すると、「完璧だね。行っておいで、可愛いアリス」と言って送り出してくれた。


アルバートには心配するなと見栄を張って出て来たが、お茶会なんて前世でもやったことのない(マナーにそこそこ慣れてきた頃に虐めが始まったので、お茶会に呼んだり呼ばれたりする暇なんてなかった)ので、殊の外緊張してしまう。


「キャシーのことを信じてないわけじゃないけど、やっぱりドキドキしちゃうよ」


アリスは、掌に指で人と書いて三回飲み込むという、前々世のおなじないをひたすら繰り返した。



*****



「でっか……」

「アリス様。『大きい』です。口も開けすぎですよ」

「ご、ごめんなさい」


ナイトレイ家の二倍かそれ以上の大きさがある屋敷――というか外観の豪華さで言えばほぼ城に到着したアリスは、あまりのすごさに心の中で留めていた素の口調が思わず口を突いて出てしまった。

中へ案内してくれたハズラック家の執事が言うには、本宅ではなくお茶会専用の別宅であるとのこと。「は?? お茶会専用の別宅って何よ?」と口に出さなかったのを褒めて欲しい。


専用の温室があるならまだしも、いやそれもすごいけど、別宅て。

お金持ちの考えることは理解できないや。

え? 別宅は一つじゃない? なるほどぉ。なるほどねぇ。


豪華なのは当然外観だけではなかった。屋敷に入って早々玄関ホールの広さと美しさにも圧倒される。

大理石で作られた白く輝く床、天井から吊り下げられている絢爛なシャンデリア、真ん中には靴が沈むくらいふかふかで神秘的な模様が織り込まれた赤い絨毯。

物の価値を養う目はまだまだ勉強中のアリスでさえ、ひと目で最上級品質の数々であることは察しがついた。


通された部屋にはすでに何人かの令嬢が来ており、リディアのお友達作りとだけあって、アリスを含め年の近い令嬢達ばかりが集められているようだ。

最後の到着でなかったことにほっとしつつ、親友らしき令嬢はいないかと下品にならない程度に周りを見渡す。


ヒロインであるアリス(わたし)と関わらせない方がいいかもしれない、という懸念は抱いたままだ。


だが、どうしても、どうしても思ってしまう。


自分と親友の関係が、あんな残酷な最期で終わりなんてあんまりだと。



――いない、かぁ……


姿形は勿論あてにならないので、前世のように親友かどうか自分の直感を頼りに一人一人見つめてみたが、誰もセンサーに引っかからない。あとから到着した令嬢達も該当なしだ。

念のため令嬢達の母親にも意識を向けてみるが、全員ハズレ。


「皆様、お待たせ致しました。こちらへどうぞ」


さほど待たずに招待客全員が揃い、主催が待つ部屋へ移動する。

玄関ホールなんて序の口だったんだなと、感動を通り越して呆れるほどの豪奢を極めた部屋だった。


首を直角に曲げないと全貌が見えないほど高い天井には天使の絵が繊細なタッチで描かれ、五段ぐらいあるシャンデリアは立てられた蝋燭の灯りでスワロフスキーが煌めく。薄い緑色の壁に掛けられた鏡は大人三人の全身を映せそうなくらいに大きく、ミラーフレームは陶器でできた花で縁取られている。

白で揃えられた家具にも職人技が光る装飾が施されており、部屋全体の高級感を一層際立たせて――と、この部屋の美麗さを語るだけで一日かかりそうだ。


「本日はお招きいただきありがとうございます。わたくしは――」


爵位の高い令嬢達から順に、ハズラック公爵夫人と娘リディアに挨拶をしていく。

ドア付近に立つアリスにはまだ二人の顔は見えず、声だけが聞こえる。


このお茶会のためにマナーを練習してきたのだろうな、とはっきり見て取れる令嬢がちらほらいる。子どもながらの舌足らずさはありながらも、十歳にも満たない少女なら充分に及第点だ。

キャシーに小声で彼女達は誰なのか尋ねると、侯爵家か伯爵家の令嬢ばかり名が上がった。


一方で、たどたどしかったり、母親にせっつかれるまでボーッとしていたり、付け焼き刃なのがありありと見える令嬢もいる。急な招待だったので仕方ないと思うし、むしろ年相応の態度といってもいい。


他人がやらかしているとこっちが落ち着く原理が働いたアリスは、凪いだ心持ちで公爵家の二人に挨拶する順番を待つことができた。



いよいよ次はアリスの番。ピシリと背筋が伸びる。

一歩後ろにいるキャシーが「大丈夫ですよ」と目で伝えてくるので、こくりと頷いて応えた。


ハズラック公爵夫人は、眦がキリッと吊り上ったきつめの美人だった。

リディアは退屈したのか、挨拶を終えて雑談している他の令嬢達のところへ行ってしまっているようで、姿が見えない。

失礼じゃないか? と思いつつも態度には出さず、ドレスの裾を掴み軽く持ち上げる。膝を深く曲げ、恭しく頭を下げた。


「本日はお招きいただきありがとうございます。ナイトレイ男爵家のアリスと申します。こんな素敵なお茶会に呼んでいただけて光栄です」


よしっ! 噛まなかったし、足もお辞儀の角度も上手くいった!!


頭を下げたままアリスが内心で自画自賛していると、キンキンと甲高い少女の声が頭上から降ってきた。


「わたし、だんしゃくって、価値のないきぞくだって知ってるのよ! しょうたいされたからって、こうしゃく家のわたしと友だちになれるわけないでしょ? すぐに帰りなさいよ!」


おっとぉ。いきなりかましてきたよこの子。


公爵夫人は「あらまあリディちゃんったら、そんなこと言わないの」なんて暢気に娘を諫めているが、効果など微塵もないのは明白だ。


ガキんちょの悪口なんて前世の虐めに比べたら屁でもないってか、むしろ小型犬がキャンキャン吠えてるみたいで可愛いよね。


ノーダメージのアリスがゆっくり顔を上げると、公爵夫人にそっくりな顔をした少女が、完全にアリスを見下した表情でふんっと鼻を鳴らした。


彼女の腰ほどまである長いオレンジがかった金髪はツインテールにされ、毛先をくるくると巻いている。猫のように吊った目はくりっと大きく、ヒロイン(アリス)とは違ったタイプの美少女だ。



――………………あ。



直感という名のセンサーが、目の前の少女にはっきりと反応した。


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