13.初めてのお茶会は突然に
「お茶会ですか?」
「ああ。ハズラック公爵家からお茶会の招待状が届いた。一週間後に開催すると」
「えっ」
ずいぶん急だね?
というより、わたしまだ五歳なんだけど。
アルバートの書斎に呼び出されたアリスは、突然のイベントに目をぱちくりさせた。
キャシーからマナーを教わっているとはいえ、お茶会デビューは学園入学の一、二年前からというのがこの国での常識だ。つまりは十一、十二歳。早くても十歳じゃないだろうか。
「わたしはまだ五歳なので、マナーがしんぱ
「その点は心配ございませんよ!」
えっ、ええー。
横に控えていたキャシーに思いっきり遮られた。
「今のアリス様なら、お茶会に出られるのに何の問題もございません! 本当に、半年でここまで……」
キャシーが熱に浮かされたように、アリスがいかに優秀かを語り始める。
五分は黙って聴いていたアリスだが、終わる気配が一向にないので彼女を止めに入った。
「キャシーありがとね。でももういいよ。そこまで褒められると恥ずかしいよ」
「何を言ってるんです。本当のことですよ?」
「わ、分かったから……」
キャシーはアリスに厳しく指導した自覚がある。普通の五歳なら途中で逃げ出したんじゃないか、と思う程度には。
しかし、アリスは泣き言を一切言わなかったし、指摘された箇所を素直に受け止めて修正していた。なぜ指摘されたのか分からないときは、癇癪を起こしたりせずに理由を訊いて理解しようとし、まるで大人を相手にしているようだった。
アリスのためを思えばこその厳しさだったが、一度どうやらひどく怖い顔で叱ってしまったらしく、涙目にしてしまったことがある。やりすぎたと自責の念に駆られ、「アリス様に嫌われたらどうしよう」とキャシーの方が泣きじゃくっていたのは今では笑い話になっている。
アルバートや使用人達はアリスを溺愛しているが、マナーや勉強となるとかなり厳しい。アリスが倒れたときは過保護ともいえる言動が目立っていたが、本来の彼らは溺愛することと甘やかすことを履き違えない人種である。
キャシーも当然そのうちの一人であるわけで、彼女の言葉は決しておべっかではない。それが分かっているアリスは、実際のところかなり嬉しかった。
前世では許されるライン、というレベルまでしか到達できなかったから。
「アリス様、かわいいっ!」
「ぐえっ」
キャシーが力一杯アリスに抱きつく。照れながらも、嬉しさが隠し切れずに口元が緩んでいるアリスが可愛すぎて、我慢できなくなったらしい。
アリスは豊かな胸に押し潰されて窒息しそうになりながらも、彼女の体型が元に戻ったことに安堵していた。
「えっと、公爵家のお茶会ですが、主役はアンジェリア様ということですか?」
話題を元に戻すべく、アリスはモーリスから学んだ知識を掘り起こしながら尋ねる。
ハズラック公爵家は、長女アンジェリア、次女リディアの姉妹がおり、アンジェリアは今年で十二歳になるので彼女だと踏んだのだが、アルバートが口にしたのはもう一人の名だった。
「いや、リディア様だそうだ」
「ええ?」
あっれぇ? わたしの勉強したこと間違ってた?
常識的にアンジェリア様だと思ったのにな。
「リディア様のご友人作りをメインに開くみたいだ。……男爵家のうちにも招待状を寄越したのはただの娘自慢だね。アンジェリア様のときも同じことをしていたから」
なるほど。友達作りか。リディア様は確かわたしの一つ上の六歳だったかな?
で、公爵家が何で格の違いすぎる男爵家まで招待するのかと思ったら、そんな親馬鹿な理由とは。父上の口ぶりからして間違ってなさそうだけど。
などとぼんやり考えていたら、アルバートがアリスの視線までしゃがみこんで言った。
「アリスが嫌なら断るが、どうする?」
「ええ!?」
アルバートが何でもないようにさらりと言うので、アリスは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
いやいやいや、公爵家の招待を男爵家のうちが断れないでしょう、父上!
非常識なのはあっちだから、というスタンスで言ってくれたんだろうけど、断ろうとするなんて……びっくりしたぁ。
父上の親馬鹿も負けてないな、と嬉しいようなくすぐったいような気持ちになりつつ、アリスはアルバートに答える。
「わたし、行ってみたいです」
男爵家まで招待するなら、かなり大勢の令嬢達を招くはず。
りっちゃんに少し近づけるかもしれない。
正直五歳は早すぎると思うけど、キャシーのお墨付きをもらっているし、頑張ってみたいな。
「そうか。アリスが出たいと言うなら、参加してみようか」
アルバートはアリスの意志を尊重してくれるようで、よしよしと娘の頭を撫でて微笑んだ。
えへへ、と素直に撫でられるアリス。父の大きくて優しい手が大好きだ。
「ドレスの準備をしなくてはいけませんね!!」
キャシーが弾んだ声を出した。
アリス以上に嬉々としていて、目がキラキラギラギラ輝いている。彼女はアリスを着飾るのを生き甲斐にしているのだ。
「お茶会のために新調するの!?」
アリスがぎょっとしてキャシーを見た。
「アリス様のお茶会デビューのときには、必ず可愛いドレスを新調すると決めてましたから! ねぇ、アルバート様!」
「一週間後だよ? 新調するのは構わないけどできるのかい?」
「お任せくださいませ!」
キャシーが得意気にどんっと胸を叩くが、アリスは「えぇ……」と気乗りしない。
パーティーならともかく、お茶会のためにわざわざ新しいドレスを仕立てることは稀だ。あまり金、金、金と言うのもなんだが、無駄遣いはしないで欲しいなぁと思ってしまう。
単純に、子供の成長は早い。素敵なドレスを買ってもらってもすぐに着れなくなってしまうから、身体に合ううちに何回か着たいのだ。
「持ってるドレスで十分だよ。ほら、この前の誕生日で着た水色のドレスとか」
「ええ。妖精のように可愛くてとてもお似合いでした! なので、別のドレスも着てみましょう?」
「えっと、そうじゃなくて(あれれー話が噛み合わないぞー)」
キャシーはお嬢様であるアリスの言葉にもすんなりとは頷かない。
アリスは半年前に高熱で倒れる前から我儘を言うことが少ない子だったが、快復してからはますます言わなくなってしまった。
キャシーがアリスを着飾るのは自分のためでもあるが、無欲な彼女のために何かしたくて仕方がないのだ。
その後、アリスとキャシーで新調するしないの押し問答が続き、アリスのうるうる涙目でキャシーが折れた。
折れたが、あんまりにもキャシーがガックリと落ち込んでいるので、見かねたアリスが妥協案として持っているドレスのリメイクを彼女にお願いすると、「かしこまりましたアリス様!」と瞬時に復活。
あまりの変わり身の速さにポカーンと呆けるアリスをよそに、キャシーは上機嫌でドレスを選別しに書斎を出て行った。
……キャシー。分かっててやったね?
我に返ったアリスは、キャシーの強かな面を垣間見て苦笑する。
彼女はアリスが反対するのは分かっていたのだろう。最初から妥協案を狙っていたのだ。
アルバートもやられたね、という顔でクスクス笑っている。
「キャシーが仕立て直してくれたドレスを着て、頑張ってみようね、アリス」
「はい!」
お茶会まで一週間。
――波乱のお茶会まで、一週間だ。




