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12.苦悩するアリス


日記に乙女ゲームの知識を書き出してから半年が経った。


学園に入ってから物語が強制的に始まろうと、本編で語られない入学前の自分がヒロインと違う行動をしていれば、何かしら対抗できるかもしれない。


そう思い立ったアリスは、折れるフラグは全部折ってやろうと意気込んで実行に移す気満々だったが、現状はというと――何もしていない。


早々に挫折したからだ。


『幼馴染みルート以外ろくに知らない』


という、初歩的過ぎる理由によって。



このゲームは、物語の結構序盤から個別ルートに入る。幼馴染み推しだったアリスは彼のルートしかやったことがないので、他の攻略対象に関してはお手上げ状態だった。


日記に書き出せたのは、幼馴染みルートと、他の攻略対象の名前とざっくりとした設定のみ。これじゃあどう頑張ってもフラグを折るなど無理である。どこの何がフラグなのか、それすら検討もつかないのだから。


親友が幼馴染みルート以外の結末についても話していた気がするが、例に漏れず聞き流していた。


だってさぁ、来世は乙女ゲームの世界に転生するかもしれないから、ちゃんと話聴こー! ってなる!? なんないでしょうよ!!

いや、そもそもね、そもそもよ?

何でわたしみたいなにわかプレイヤーを、よりにもよってヒロインに転生させるかな!?

いるだろもっと適任が! それこそ山のように!! 


吐露する相手のいない愚痴を口に出す代わりに、ベッドの上で子どものように(子供だけど)手足を激しくバタつかせる。


分かっている幼馴染みルートは、ひとまずアリスが倒れたおかげで出会い自体が流れたので、今はまだ何もしていない。アリスはまだ彼の存在さえも知らないはずなのに、アルバートに話を振るのもおかしいのでとりあえずは放置だ。



フラグをへし折る以外に自分ができることは――と考えて、素養を身につけるべくマナーと学問の習得に精を出しているが、具体的な展望は定まっていない。


そもそも貴族令嬢として生まれたのならば、どこかに嫁ぐことが最大の務め。家のためを思うなら、淑女としての磨きをかけ、玉の輿を狙うべきなのだろうが、どうにも釈然としない。


ナイトレイ男爵家は貧乏ではないが、決して大金持ちというわけではないので、使用人達にはいくつかの仕事を掛け持ちしてもらっている。

貴族令嬢としてのマナーはキャシー、学問はモーリスが教師役を買って出てくれた。本来の仕事もあるのに、時間を割いてくれる二人の存在はとてもありがたい。


五歳にもかかわらず飲み込みの速いアリスは、キャシーからめちゃくちゃ褒めちぎられているが、曲がりなりにも前世で貴族として過ごした記憶があるので当然である。マナーは細かく言えば違うところもあるが、だいたい同じだったので助かった。


「こんなに優秀なら王子の婚約者になるのも夢じゃないですわ!」と、満面の笑みで言われたときは戦慄してしまった。普通は男爵家令嬢が王子の婚約者になるなどあり得ないので、お世辞として素直に誉められておけばいいのだが、強制力を恐れているアリスに限っては、洒落にならなくて冷や汗が出た。


学問の方はというと、算術は前々世、前世での知識が蓄積されているので余裕だが、この国の歴史や言語、常識は一から始めなくてはならない。思ったよりもチートできず少々ガッカリしたが、モーリスが教え上手なおかげで楽しく学ぶことができている。


魔法だけはまだ教師を雇えておらず、お預けになっている。アルバートに当てはあるらしく、その人の都合がつくまでの辛抱――なのだが、我慢できなかったアリスは、父の書斎に入り込んでこっそり独学に勤しんでいる。

感覚的な部分は前世と変わらないようだったが、自力では分からないことも多いので教師が来る日が待ち遠しい。



「明日はどこまで行ってみようかな」


自分磨きと平行して、当然親友探しも決行中だ。


記憶を取り戻したあと、虚弱体質だったアリスは自他共に驚くほど変わった。ほぼ毎日町に出て行って、平民の子達と走り回って遊べるほど体が丈夫になったのだ。

前世と前々世の“わたし”が馴染んだおかげかな、とアリスは考えるが、明確な理由は分からない。

まあともかく、食べる量も増えて体力が上がり、身長も同年代の子と変わらないか少し高いくらいに伸びて、アルバートやキャシー達に物凄く喜ばれている今日この頃だ。


体力がついたとはいえ、自分の足で動き回れる範囲はせいぜいナイトレイ領まで。それ以上は馬車がないと厳しい。

アルバートに頼めば馬車を使わせてくれるだろうし、キャシーがついてきてくれるだろうが、当てのない目的のために連れ回すのは気が引けた。


「せめて、りっちゃんがこの世界に転生してるか確かめられれば。……ああ、範囲広いなぁ……」


今のところ、遊んだ誰も前世のようにピンと来たことはない。


「……嫌な予感はしてるんだよね」


わたしが今世もヒロインに転生したなら、りっちゃんもまた悪役令嬢……この呼び方嫌だな。……うん、ライバルにしよう。ヒロインのライバルに転生してるのかもしれないって思ってるんだけど、前世と違ってそれぞれのルートでライバルが違うんだよなぁ。


アリスはポフポフと枕を叩きながら、眉をひそめる。


つまりライバルは全部で四人いるのだが、名前を知っているのは幼馴染みルートでライバルになる令嬢のみ。他のルートのライバルはあまり関わりがなかった。実際に彼女達を見れば、パッケージに描かれていたビジュアルと同じだったかくらいは思い出せるかもしれないが、設定など以ての他だ。


幼馴染みルートのライバルことマリア――ん? ナディアだっけ? 侯爵令嬢だったのは覚えて……あれ? 公爵? いや、マリアは別ルートのライバルの名前だった気が。 

……あっ、ベリンダ! ベリンダだ! マリアとかナディアとか全然違うのに、何で出てきたかな。


幼馴染みルートでのライバルさえ朧気な記憶力。アリスは自分のポンコツ具合に頭を抱えた。


ベリンダに限らず、ライバル達とヒロインは学園で初めて出会う。

親友かどうか確かめたいが、そもそも接点が全くないし、彼女達のエピソードが掘り下げられることもほぼなく、ましてや幼少期の今どう過ごしているかなんて知る由もない。



りっちゃんもまた転生してるなら、次こそ死なせたくない。幸せになって欲しい。


でも肝心のりっちゃんらしき人には出会えてないし、出会える保証もない。


っていうか、もしまた強制力が働くなら、探し出してわたしと関わらせる方がマズイんじゃ……? 



「っはぁぁぁ……」


わたしは、一体なにを目指すべきなんだろう……


アリスは自問自答を繰り返しては、五歳児らしからぬため息を吐き続けるのであった。


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