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カズとヒットとステータス



「そういえばお前達の名を聞いていなかったな…何という?」


その言葉に俺達は詰まる。当たり前だ。どっちも和仁なんだから。

そして頭によぎるのは俺たち2人が偽名を考えても同時に言ってしまうこと。こいつは同一人物なんだから、考えることはだいたい同じだろう。

ほら、お互いにお前が言えって顔してるもん。これでじゃあ自分が言うよって口を開けばあっちも被っちゃうかもだし…。


だがあまり長い時間沈黙してるわけにはいかない。

アイリスも少し怪しんでいることだ。


「ん?どうした?ほら、名前を言ってみろ。」



「「…ヒット」」


やっぱり被った。だが咄嗟の機転を利かせた俺。大丈夫。


「はあ?」


訝しむアイリス。俺は咄嗟に和仁を指差して和仁も自分自身を指差した。



「「こいつがヒット。」」


そして今度は俺の番。


「「それで、こいつがカズ。」」



「そ、そうか…息ぴったりだな…お前達。」



声を揃えてお互いの名前を名乗り合い、呼び合う。

そりゃあな。俺なんだから。命名決定。女和仁がヒット。

男和仁…つまり俺がカズ。


これからはこの名前でやっていく。

あばよ、一条和仁。


街に着くまでの間、アイリスからこの世界の事について聞くことが出来た。


辺鄙な田舎村の出だと言ったら哀れむような顔で教えてくれたのだ。

奴隷の件といい、アイリスはどうやら身分が人を測る上で最も重きを置いている節がある。


彼女の教えてくれた異世界については以下の通り。



①海があり、大陸は全部で4つに分かれている。

4つの大陸がそのまま国となり、陸王と呼ばれる王族がそれぞれの大陸を治めている。


大陸、および国の名前は


ソピア

ティエリア

デューノス

マルキサス


と呼ばれているらしい。俺達のいるのはソピア大陸。

ソピア。その名前は確か女の俺を転生させた輪廻を司る女神様だ。

大陸の名前は、神から取っているみたいだ。そして、王の名前もそれぞれこの大陸ごとの名を冠する。


俺達のいる国の陸王の名はソピア・クラウス・ディメイテル様。呼び捨てにすると不敬罪で奴隷区送りらしい。気を付けなければな。


②この世界の大都市では身分による住み分けが大前提である。

今、俺達のいる国での身分は大きく分けて5つ。


王族

貴族

平民

奴隷

冒険者


陸王の親戚達。この中から次代の陸王が選定される。この国の政治の最終決定の権利を有する。そして陸王には基本的に何かしらの「才能」が宿っているのだとか。


貴族は国の政治に参加できる権限を有し、市場を独占することもできる。また、王族と結婚を許可される身分にもある。王族とは血の繋がりがないため陸王になる事はできない。

貴族に関しては平民からでも上がることができる。

徴兵により武功を挙げた者、国家の経済に大きく貢献した者。

実例は少ないが、あり得なくはない話だそうだ。


次に平民。平民はそのまま平民だ。大多数を占める一般市民。税さえ払えばある一定の生活は保証され、商売、結婚、学校へ行く権利を持っている。税は貨幣もしくは農作物、織物のどれかとなる。


次は奴隷。奴隷は基本的に税を納められなくなった者、罪を犯した者、罪を犯した者の子供が奴隷となる。

奴隷には商売をする権利も結婚も学校へ行くことも許されない。

奴隷区という国ごとにある場所で預けられ労働を強いられる。

奴隷になれば一生戻ることはできない。

平民以上の身分に買われ子供を作った時のみ、子供は奴隷から解放されるのだ。

当人はたとえ子供が平民でも貴族でも奴隷から抜け出す事は出来ない。体のどこかに刻まれた刻印が奴隷である証になる。

なんとも胸糞悪い話だ。


最後に冒険者。適性はかなり厳しいが奴隷以外の人間は誰でもなれる身分。冒険者にはたとえ元貴族でも政治に参加する権利は無い。基本的には扱いは平民とさほど変わらない。しかしながら税を納める義務がなく、依頼があれば他国であろうとどこの国にも属さない地であろうとどこにでも行ける、貴族に対してでも法の裁きを行える権限を有している。

冒険者引退後は一律で平民に戻る。

法に縛られず、活き活きとした生活が出来ると貴族側からも冒険者を希望する者は少なくない。


ちなみに聞いてないのに教えてくれたアイリスの身分は貴族に当たるが、元は平民。

武勲を買われ、王族の三級騎士として務めているのだそうだ。


鼻高々に語っているけど三級って高いのか?

俺の中のイメージとしては漢検三級とか空手三級とか程度のイメージなんだけどな。


俺達2人は青森県の赤べこのようにコクコク相槌を打っているだけなのにアイリスは自慢気に色々話してくれる。


ちょっとウザい。


彼女の話を聞いてるだけで街に着いてしまった。

大きな凱旋門とそこから広がる大きな塀。

凱旋門の中からは中世ヨーロッパのような石と木の建造物が覗かせる。

アイリスは凱旋門の横にいる門番に俺達をツレだと説明してくれた。


俺達もびっくりするほど簡単に入る事が出来た。

警備ガバガバかよ。


「私はある程度なら顔が利く。これで約束は果たした。これ以上やってやることは何もないからな。」


女騎士様には頭が上がらないよ。彼女がいなかったらこれほどまでに簡単には入れなかったのだから。

だが俺達はまだ一つ問題が残っていた。

そう、お金を持っていないのだ。

全くの一文無し。

交渉してみるか…。


「ああ…ありがとうなアイリスさん。でも俺達、金が無いんだ。だから…お金を貸してくれないか?」


アイリスは呆気に取られた表情だ。


「お前…ここまでさせておいて正気か…?盗賊に襲われたことは同情するが、そこまでやってやる義理は流石に無いぞ。」


ここでヒットの番だ。


「アイリスさん…ごめんなさい…。でも私達、本当に困ってるの…。私、アイリスさんに感謝してるよ!

だから恩返ししたい…。でも、このままだと何も出来ない…。だからお願い!もう少しだけ、恩を着せて欲しいんです!」


うるうるとした瞳でアイリスを見つめるヒット。

アイリスはたじろぐ。よし!もう一押しだ!


「アイリスさん、良い人だから…私、また会いたいの!会って、ちゃんと恩返しさせてください!」


ペコリと頭を下げてアイリスに懇願するヒット。俺も一緒に頭を下げる。


「ああ!もう!持っていけ!」


アイリスは俺達の前に麻袋を投げ落とす。持ち上げると結構どっしりしていた。


「これはやる!返さんで良い!その代わり!今度会うときはもっとマシな身なりでいろ!そして飯を奢れ!私は任務に戻る!じゃあな!」


そう言ってアイリスは凱旋門から出ていく。

そういえばこいつ任務の途中だったな。

仕事中にお金が減るなんて、俺だったら考えたくないわ。

すまんなアイリス。

俺は知ってる。そういうお人好しほど損することを。

だがアイリスには本当に感謝している。いきなり襲いかかってきたとはいえ街に入れてくれるし、お金も貸してくれた。

返さなくていいとは言われたがちゃんと返すよ。


そうと決まれば俺達がやることは決まっているだろう。

平民でのほほんと暮らすのも一つの手だったが今貰った金でしばらくの間過ごすとなるといささか心もとないし、話を聞く限り平民だと自分の生活で手一杯になりそうだ。


「冒険者になるか…。」


「まあ、そうなるよな。じゃあ用があるのはギルドみたいなところだよな。導くマルチナビ


ヒットは頭を人差し指でこんこんと叩き、歩き始めた。

しかし便利な能力だな。


ギルド(仮)まで辿り着くのに大して時間はかからなかった。まあ街中だし、そんなものだろう。

街中に構えてあるその建物は他の建造物よりもしっかりした印象を与える。西部劇とかでよく見るパーみたいな、そんな感じの雰囲気だ。

異世界の言葉で看板があるが、俺には読めない。

異世界語は分かるのに。何故なのだろう。


「勇気ある者の集い場…ここっぽいな。」


声に出して文字を読むヒット。


「お前、読めるのか?」


「は?だって日本語で書いてあるだろ?もしかして、お前読めないのか?」


これが日本語でたまるかってんだ。どうやら転生した俺には異世界の文字を日本語に変換してくれるのようになってるらしい。神様、サービスし過ぎじゃないか?


まあそんなことはさて置き、とっとと冒険者という身分をいただこうじゃないの。

俺達は足並み揃えて木の扉を2人で開けた。


にぎやかな笑い声、鼻を通るビールの匂い、まさに俺の考えていた冒険者ギルドそのものだった。

辺りを見渡しながら2人でその雰囲気に当てられていると耳の長い女の子が俺達に近付いてくる。


「ようこそ、依頼受付所ユグドラシルへ!

見ない顔ですね?初めてご利用の冒険者様ですか?」


明るい声色で俺達に話しかけてくる。


「いえ。俺…じゃなくて、えっと、私達、まだ村から出たばっかりで。冒険者になりたいなあって。」


「ああ、冒険者志望の方ですね!こちらにおかけになって少々お待ちください!」


手をパン!と叩き、俺たちをカウンター前に案内する受付嬢と思わしき人物。なんだかとても可憐な人だ。


「嬢ちゃん達、このご時世に冒険者志望か?カッカッカ!最近の若え奴は命知らずなこった!」


隣に座っていた革ジャンの袖を引きちぎったみたいに世紀末風の屈強な男が俺達に話しかけてきた。


命知らず?まあ確かにモンスターと戦うのは命懸けなのだろうが。なんだか引っかかる物言いだ。


「お待たせしましたー。それではあなた方の適性を測らせていただきますので、指を出してください。」


受付嬢さんが戻ってきた。テーブルにはきったない紙が2枚敷かれており、彼女の指示通り出した指をナイフで切られた。


「「いってえ!!」」


指からドクドクとしたたり落ちる血。それが紙にかかると紙から異世界の文字が現れた。

どうやら冒険者としての適性を測る方法らしい。


「こ、これは…。」


ゴクリと唾を飲む受付嬢。少し涙目で指を咥える俺。


「こんな数値、今まで見たことありません!」


なんと。そんなに凄いのか俺。異世界にて才能が発揮されちゃうのか?


「レベル23で全ての数値が平均以下…。体力に関してはレベル1の平均値です!」


よく分からんがディスられてることは分かる。


「これでは冒険者になるのはちょっと…。」


はい、俺の人生設計終了。路頭に迷う事確定!


「ああっ!?」


すると受付嬢さんがヒットの紙を見て驚愕の表情を浮かべる。


「所長!見てください!このステータス!」



まあ、神から授かった転生体なんだし、ステータスが高いのは当然だろう。


「こ、こいつは…!あ、ありえねえ…。」


所長と呼ばれる初老程度の勇ましい男は目を丸くしてヒットの紙を見る。


あのう?どう凄いんでしょうか?


自分の底知れぬ力に不安になりながらヒットは所長と受付嬢に質問する。


「どう凄いって?全部だよ!全部が信じられねえ!

まず体力、魔力が飛び抜けてやがる、しかも攻撃力数値がオーラ級冒険者クラスだ…!

知能以外全てのステータスがここの冒険者と比べてもトップクラスだ!固有能力保持者でさらに成長能力まで取得してる。

何よりあり得ないのが…あんたのレベル8って事だ。

レベル8ってえと5歳の一般市民と同じだ。

素養があまりにも高すぎる!

しかもこれに加えて成長速度が最速と来たもんだ…!お前さん、神に恵まれすぎてるなんてもんじゃねえぞ!もはや、神を超えちまうくらいにまでいるんだよ!!」


説明乙。そこまで大げさな事なのかよ。やべえな俺。俺じゃないけど。


「ええっ…ああ…。そう、ですか…。ありがとうございます…。」


あまりにも突飛すぎる内容にうまく言葉が出てこないヒット。

所長は彼女を見つめて、少し黙り込んではまた口を開いた。


「…決まりだ。あんたはうちで面倒見る。元々そのつもりだったんだろ?」



おお、さすが転生した俺だ。すんなりと受け入れてもらえた。一時はどうなる事かと思ったが一安心だ。


「良かったな!ヒット!所長さん、これからお世話になります!」


「…いや、申し訳ねえがお前は冒険者になれねえぞ。」


ですよねー。

成り行きで俺もいけるかと思ったんだが異世界もそう甘くないらしい。

さて、じゃあ俺はどうするかな。



「じゃあ俺…じゃなくて、私、冒険者やめるわ。カズと一緒じゃなきゃ意味無いし。」



途方に暮れている俺の横でヒットがため息混じりに言葉を吐く


「嬢ちゃん!?な、何言ってるんだ!あんたほどの逸材おれぁ見た事ねえ!あんたが冒険者になればきっと世界一の地位でさえ手に入れられるんだぞ!」


焦る所長さん。それを知らん顔でだんまりを決め込むヒット。所長さんの言葉はどこ吹く風って態度だ。


「…分かった。ステータスの修正はやっておく。カズって言ったか?お前さんも冒険者として迎えよう。これで問題ねえだろ?」


団長さんはどう口説こうと態度を変えないヒットに折れ、俺を迎え入れてくれた。


「交渉成立だ。やったな、カズ。」



「あ、ああ…。」


ニカっと笑う彼女は可憐で、輝く笑顔が眩しかった。

だからこそ、俺の影が濃くなる。

同じ俺なのにこうも扱いが違うのか。俺はヒットのお荷物になるのか。

神様っていうのはどこまでも不公平だ。


苦笑いで返す俺の心境には流石の和仁も気付かない。


「凄えじゃねえか嬢ちゃん!

こりゃあとんでもねえ瞬間に巡り合っちまったかもしれねえな!

にいちゃんも良かったな!がはは!」


隣のおっさんは豪快に笑いながら酒を飲む。


「おうおう、まだ終わっちゃいねえぜ。」


所長さんがおっさんを遮り俺達にこれからの流れを教えてくれた。


「お前さん達には今後依頼っていうのを受けてもらう。冒険者っていうのはあくまで身分であって職業とはまた別だ。

つまりあんたらは未だ無職。この依頼っていうのをいくつかこなせばそれが経験値になって初めて職を持てるわけだ。」



無職というが多分俺たちはフリーターみたいなものなのだろう。今はがむしゃらに依頼をこなす事が大事みたいだ。


「名の知れた冒険者や専門職を持つ冒険者には名指しで指名が入る事がある。まあそれまで無指名の依頼で頑張るしかねえな。

依頼の種類は大きく分けて3つ。

その日のうちに終わる即日依頼。要望の地に赴いて宿泊が必要になるのが冒険依頼。数ヶ月から一生涯を雇用扱いで勤めるのが契約依頼。契約依頼中は他の依頼を受けることが出来ないから注意が必要だな。まあ契約依頼のほとんどが名指しだからあんたらはあんまり気にしなくていいと思うがな。」


なるほど、アイリスはおそらくこの契約依頼で王族の特攻隊長をやっているのだろう。

契約依頼が取れれば生活は安泰な訳だ。


「さっそく依頼を受けたい…って言いたいところだけどあいにく私達装備もままならない状態なんだ。本格的な活動は明日からにするよ。」


「ああ、そうしな。備えあれば憂いなしだ。

…にいちゃんも、しっかり装備は整えておきな。」


所長はヒットの言葉を快く受け入れ、俺に忠告してくれた。

所長からすれば金のなる木が明日からがっぽがっぽ稼いでくれる。そんな感じに思っているんだろう。

ただ1つ、俺という不安要素が拭えないみたいだけどな。


異世界生活初日から俺は『俺自身』との格差を感じることになったのだ。

…ここはどうにも居心地が悪い。

俺達は装備品の調達を言い訳に受付所を後にした。



…でも、良かったんですか所長?あのカズって人、冒険者にして。


2人が去った後に耳元で囁く受付嬢ルピア。

都市部にあるとはいえモンスターの凶暴化で冒険者が激減している昨今。しかしそれでも、だからこそ、冒険者の基準をより厳しく設けることでその体裁を保っていた。

ステータスの変換なんてものが公に知れてしまえば信用が落ちる。そう考えているのだろう。


…仕方ねえだろう。あんな逸材からの条件だったら飲むしかねえ。だが…あの2人のステータスがおかしいと思わねえか?


はい…。

ヒットさんの場合は見た目で言ったら16くらいでしょうか…?なのにレベルがあまりにも低すぎる…。



本来レベルとはモンスター討伐や特殊な訓練なしでもある程度までは上がるものだ。生まれたてはレベル0だがレベルが上がるごとに言葉を覚えたり、歩行が可能になったりと出来ることが増えてくる。

ヒットの場合本来どんなに経験値の薄い人間でも20くらいまではあるものだ。


ましてやレベル成長値が最速のヒットくらいならレベル40あってもおかしくは無い年頃だ。

…一体どういう生き方をしていたんだ…。


カズさんも、ステータスこそ最底辺ですけれど、このスキル…。



ああ、これか。気になるよなぁ…スキルの詳細は分からねえが、もしかしたら、あいつもまた、ステータスをひっくり返す逸材なのかも知れねえ。


カズのステータスが記された紙を見つめては所長とルピアは難しい顔をする。


“??能力《??スキル》”


??????

??????


「今はまだ、隠されたスキル…か。」





なあカズ、おいカズってば!


ヒットがボーッと歩いていた俺の頭をジャンプして小突いてきた。

思わずぐらついて踏ん張りを効かせる。

頭がズキズキ痛んだ。ヒット、お前の力はいちいち強いんだよ。


「お前、集会所出てから様子がおかしいぞ。あれか。俺との力の差に落ち込んじゃったみたいなもんか。」


「…別に。」


むくれた表情でぶっきらぼうに返す俺。

まるで子供みたいだな。

ヒットが言うことは半分当たりだ。だがヒットとの実力の差を気にするほど自尊心は持ち合わせていないし、闘争心もない。俺が気にしているのは冒険者としてのお前との待遇の差だ。同じ俺でもお前には分からんだろうな。俺はお前なんだから。お前には分からないということが俺には分かるんだ。




「ったく…。俺はお前だ。でもお前自身じゃないんだ。

お前の気持ちは分かってやれるが、お前の考えを読み取ることは出来ないんだよ。

…悩みがあるなら言ってみ?解決するかは分からないけど、少しはスッキリするんじゃないか?」


ヒットは俺の目の前に立ちはだかって分かりきったことを言ってくる。そして、俺に相談を促してくる。ああそうだったな、そういう奴だよお前は。だけどな、俺は俺のそういうところが一番嫌いだ。

口先だけの俺が。本質を捉えられない俺が。同じ立場になったら俺と同じ気持ちになるくせに、自分の方が優位に立ってるからって上から目線で諭すお前が。

そうだ。大っ嫌いなんだよ。

だが、俺はそれを言う勇気がない。言えるわけがない。

分かっているさ。恨むべきはこいつじゃない。こいつだってなんにも分からない中転生させられてるんだ。恨むとすれば俺を転移させた奴だ。


…俺はふと考え込んだ。

俺を転移させたのは誰だ?

一体なんの目的で?

謎が深まるばかりだった。

生きていた俺がわざわざ転移したことには何か意味があるのかも知れない。

それは一体なんだ?

なぜ俺なんだ?

俺にしか出来ないことなのか?

考え出したら止まらなくなった。



「おい!カズ!お前いい加減にしろよ!何があったかは知らんがいつまでもふてくされてないで…」


「なあ、ヒット。俺は何のためにこの世界に転移したんだ?」


1人で考えても答えは一向に出ない。

同じ思考の人間に意味はないかもしれないが、ヒットの言葉を遮り聞いてみる。


ヒットには明確に理由がある。神がヒットの魂の理を修正する準備期間というしっかりとした理由が。


だが俺は死んですらいない。おかしいじゃないか。俺が此処に居る事に何か意味があるのなら、俺はそれを見つけたい。


ヒットに聞いて分かるものでもないだろう。

だが聞かずには居られなかったんだ。



「…悪い。それは俺にも分かんねえ。」


ああ、そうさ。そんな事は分かっているさ。

だが、俺の予想だにしない事をヒットは言った。


「分からないから、それを探すのを当面の目的にしようぜ。な?」


ヒットのその言葉に俺は胸を打たれた…というより、救われた気がした。悪い気分が収まった。

その通りだ。もし俺がこの世界に来た意味があるというならばそれを突き止め、使命を果たすことが俺の役目だろう。

ヒットがいれば百人力だ。


俺はいともあっさりと活力が戻ったのだった。

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