四度目の誓い
◇萱間萌音
(冬はイベントがいっぱいあってよかったな~)
と、私はそう思いながら、本と量りとを交互に見ながら、小麦粉の分量を量っていた。1グラムの調整にてこずって、やっとぴったりになった。
「小麦粉は量り終わったよ~」
私がそう言ったら、上条聖子ちゃんがそばに来てくれた。
「それでは萌音さん、こちらのココアも量ってくださいね」
「これはいくつ量ればいいの」
「4つ作るのですから、4つお願いします」
「わかったわ」
ということで、また私は量りと睨めっこを始めたの。
さて、さっきから小麦粉だココアだと言っているのは、ある物を作っているからなんだけど、普段お菓子なんて作らない私は、分量を量るだけでも一苦労だ。というより、こんな風にぴったりになるようにちまちま量らずに、ある程度でガーと作ってしまいたくなってしまうのよ。でも、お菓子作りには計量が一番大事だと言われてしまったの。それじゃあ、おとなしく量るしかないじゃない。
「萌音~、ココアまだ~?」
「待って・・・。はい、これでいいはず」
親友の綾瀬智絵に言われて、私は量ったココアをそばに持っていった。
「ついでにさ、小麦粉と合わせてふるってくれないかな」
「まだ全部、量り終わってないんだけど」
「それはこれを焼いている間に量ればいいじゃない。ねっ。お願い」
「それなら、私がしましょうか」
智絵の無茶ぶりに聖子ちゃんがすかさず言ってくれた。
「あ~、いえ、聖子さんはガナッシュクリームを作っていらっしゃるのですから、そちらをお願いします」
智絵が慌てたように言うけど、言葉がなんかおかしいよ。確かに聖子さんはいいところのお嬢様感が半端ないけど、私たちのほうが年上なんだし、もう少しくだけた言い方でいいと思うな。
「じゃあ、私が手伝おうか?」
「和花菜さんは手を離して大丈夫なの?」
「うん。今溶かしたチョコはカップに入れ終わったから」
「じゃあ、お願い。萌音より和花菜さんのほうが安心できるもの」
「・・・智絵!」
智絵の台詞にキッと睨みつけた。智絵はそんなことに気づいてないとばかりに言ってきた。
「萌音、忘れたとは言わせない。中学の時の調理実習で、小麦粉をふるいにかけて、実習室を粉まみれにしたことを」
驚いたように和花菜ちゃんと聖子ちゃんが私のことを見つめてきたじゃないか~。余計な黒歴史を話すなよ、智絵。それにあれはわざとじゃなくて粉をふるっていたら、バカ男子が窓を開けちゃったせいじゃない。不可抗力だったんだけど~。
と、不満たらたらに見つめていたら、私の目つきで察したのか、智絵が私のことを見ながら言ってきた。
「もっと話していいのなら、話すけど?」
くう~。これだから智絵を混ぜるのは嫌だったんだよ~。私の汚点から何から知っているんだもの。でも、どうしようもなくなって協力をお願いした手前、智絵の機嫌を損ねるわけにはいかない。不本意ながらも下手に出るしかない。
「できれば話さない方向でヨロシク」
「なあ~んだ。もっと突っかかってくれたら二人に萌音のあんなことやこんなことを話してあげるのに」
「それってどんな話なの、智絵さん」
和花菜ちゃんがワクワクとした声で訊いている。聖子さんも素知らぬ顔をしているけど、興味深々に聞き耳を立てているみたい。
その様子を見ながら、私はこっそりとため息を吐いたのよ。
◇
事の起こりは11月の旅行のあと、高校のプチ同窓会が開かれたのよ。というか、仲がいい女子で集まる相談をしたら、たまたまその中で同級生でカップルになっている子がいて、その彼氏から男子も集まることになっているという話を聞いたと言ったのよ。それで、どうせなら合同で集まるかと話がまとまって、開かれたってわけ。
この時に私が出雲に旅行に行った話をしたら、結城泰河が詳しく話を聞きたがったのよね。特に誰と行ったのかとしつこいくらいに聞いてきたの。あまりにしつこいから『同棲している彼と行ってきた』と答えたのよ。泰河が何かを言い淀んだら、智絵があっさりと『彼だけじゃなくて友達とも行った』とばらしてくれて・・・。
そこから話は急展開。翌日、私に泰河から連絡が来たのよ。(これは智絵が勝手に私のメアドと番号を教えたと後でわかって、智絵は私と大輔先輩に怒られたの)
まさか、和花菜ちゃんとその彼の相馬碧生君に関係があることだと思わなくて、念のためについてきてもらった私の彼、桐谷尋昇さんも、泰河と一緒に現れた結城海翔さんに驚いていたのよね。二人は弓道のライバルだったのですって。
それに、海翔さん以外の結城家の男兄弟と相馬家の姉妹まで一緒にいたのよ。
二つの家の事情を聞かされて、和花菜ちゃんと碧生君に同情したわ~。二人が妙に大人びて見えたのはそういう理由だったのかと納得もしたのよね。
そこから二人に関わることで協力を頼まれてしまったのよ。困った私たちは「菱沼さんと上条さんにも相談してみるか」と言いあっていたら、その言葉を聞いた海翔さんと相馬桃さんが二人のフルネームを言い当てて、こちらも知り合いだと分かったというわけ。
かくして、私たちだけでなくて菱沼さんと聖子さんも巻き込まれることになったのよ。
まあ、悪だくみではなくて『サプライズ ウエディング』の計画なんだもの。協力しないわけにはいかないよね。でも、これも最初は二人が結婚式どころか写真でさえ残しそうになかったから、心配した兄弟たちが聖子さんのドレス選びにかこつけて、二人のタキシードとドレス姿の写真だけでも残させたいという話だったのよ。それがドレス選びに付き合って試着させたまではよかったのだけど、式場のスタッフからモデルを頼まれることになって・・・。
そこから何故か、私たちと聖子さんと菱沼さんカップルまでモデルをやることになったのよ。二人はいいわよ。凛とした美人と清楚な美人ですもの。私みたいなちんちくりんが一緒にモデルをするのはおかしいわよ。
まあ、でも、尋昇さんは素敵だから、モデルをしてパンフレットに載るのは、見栄えがすると思うのよ。そうなると、他の女が尋昇さんの横に来るのは嫌だから、私しかいないわけで・・・。
・・・コホン。とにかく無事に撮影は終了して、それをこっそり見に来ていた相馬家、結城家の両親ずが、やはりちゃんと式をあげさせたいといいだしたのよね。
なので、引き続き『サプライズ ウエディング』に協力中というわけ。もうね、式の日取りも決まっているのよ。2月の3週目の17日の土曜日! この日にたまたまキャンセルが出て式場を抑えられたの。おかげで、周りはおおわらわよ。
私もお正月どころじゃなくて、尋昇さんのご家族に初めて会ったのに、緊張もどこ吹く風だったの。というより、妹さんや弟くんと何を話したのか覚えていないの。尋昇さんのご両親との会話は少し覚えているけどね。お母様に料理は苦手なことを話したもの。お母様も料理は結婚するまでしたことがなかったといっていたわ。ご飯が毎回硬さが違って、なんて自分は何も出来ないのだろうと思ったとか。この方とならいい関係が築けそうだと思ったのよね。
◇
今日は1月の2週目の土曜日。今日のミッションは式や披露宴で何をしたいのかを、確認すること。だけど、勘がいい和花菜ちゃんに怪しまれているの。だから、私は智絵を巻き込んだのよ。智絵もなんだかんだで協力してくれるといってくれたわ。
そして、現在居るのは和花菜ちゃんの部屋。理由はバレンタインのチョコ作りの練習をしたいけど、私は尋昇さんと同居だし、聖子さんはお嬢様で台所を使わせてもらえないということにして、智絵も彼が入り浸るから自分の部屋で作れないということにしたの。内緒で作りたいの、とお願いをした。
案の定、和花菜さんは部屋に招いてくれたのよ。でも、今頃菱沼さんと尋昇さんは碧生君の部屋(つまり隣)にいるはずだから、私たちが何をしようとしているかはバレているだろう。でも、建前のチョコ作りはどうでもいいのよ。それよりも聞き出さないと! と意気込んでいたのに、ガチにチョコ作りになってるわ。小麦粉とココアはハート形のケーキをそれぞれが作ることになって、その分の分量を量ったのよね。
◇桐谷尋昇
今年の冬は寒波が強くてとても寒い。なのに、さっきから窓を少し開けているから、そこから隙間風が入りこんでいる。だけど、この部屋にいる男たちは誰も文句を言わなかった。
「はあ~、いい匂いだな~。甘くて香ばしく焼けているみたいだよね~」
招かれざる客である杉山大輔が、鼻をひくひくさせながらそう言った。この言葉に菱沼さんと相馬君がなんと答えていいのか、困った顔をしている。そうして二人は俺の顔を見てきた。それはそうだろう。杉山君と面識があるのは俺だけだものな。
俺だってな、本当は困っているんだぞ。まさか、このマンションの入り口でこいつとばったり会うとは思わなかったんだ。
杉山君は彼女である綾瀬智絵さんのあとをつけてきたそうだ。なんでもいつになくルンルンとして、出かえる支度をしていたから気になったらしい。
・・・付き合ってなければストーカーじゃないか。
だけど、間違ってもそんなことを言ってはいけない。一応俺は彼に借りがある身だ。杉山君は俺の姿を見て察するものがあったらしく、俺にくっついてこの相馬君の部屋に来て、人懐っこく挨拶をして相馬君の部屋に入り込んだのだ。
だが二人も、萌音の親友の彼氏だと紹介しなければここに入れることはしなかっただろう。それぞれ彼女から、萌音の親友も一緒に来ると知らされていたそうだからな。
「ところでさ、桐谷さん。萌音との事どうなっているの?」
杉山君が興味津々という感じに訊いてきた。なんか目が輝いている気がする。
「萌音から聞いてないのかい」
「智絵経由だと、お正月に桐谷さんの家族と会って、すごく緊張して何を話したのか覚えていないって言ってたってさ」
そうだろうな。萌音もあとから同じことを言っていたからな。
「そんなもんだよ」
「え~? 結婚式の話はしなかったのかよ~」
呑気な声でそう言われて、俺はコーヒーを飲みかけて吹き出しそうになった。慌てて飲み込んで、気管に入れかけてむせながら、何とか答える。
「ごほっ、何を言うんだ、杉山君」
向かいで菱沼さんもゴホゴホとむせていた。それを相馬君が「大丈夫ですか、菱沼さん」と背中をさすっている。動揺しすぎだよ、菱沼さん。
「おかしいことじゃないだろう。もうさ、萌音だって27歳じゃん。結婚していいと思うんだよ」
頷きながらいう杉山君。彼は綾瀬さん経由で相馬君たちのことを聞いているのだろうか。それで、探りやすくネタとして振ってくれているのか?
「それにさ、智絵がさ、萌音が結婚しなきゃ、自分もしないとかいいだすんだよ。だからさ、そっちの進行状況を知りたいんだよね」
・・・違った。個人的理由じゃないか。
「あの、少しいいかな。杉山君は萱間さんとすごく親しいみたいだけど、どういう関係か聞いてもいいかな」
菱沼さんがもっともな疑問を口にした。
「ああ。俺と萌音は親戚で、ついでに高校の先輩後輩ってやつなんですよ」
二カッと笑って言う杉山君に相馬君が微妙な顔をした。そんなことに気が付かないように杉山君が俺に畳みかけるように訊いてきた。
「あのさ、この際いい機会だし、はっきりさせておきたいんだけど、桐谷さんは萌音とのことどう考えているのさ。結婚する気はあるようだけど、自分の歳ってわかっているの? もう30代半ばなんでしょ。さっさと籍入れて子供を作ったほうがいいって。定年迎えてもまだ大学生の子供がいる状態になったらどうするのさ。まあ、その頃に定年があるかどうかも分からなくなってそうだけどね。それに結婚式の事はどう考えているのさ。萌音に花嫁衣裳を着せたくないわけ? 紙切れ一枚で婚姻は成立するけど、それじゃあ味気ないよね。萌音ってさ、ああ見えて、結婚式に憧れがあると思うんだよ。ここで萌音にいい顔したかったら、ちゃんと式のことを考えたほうがいいって。それともまさか海外で二人だけで式を挙げたいなんて言わないよね。萌音の兄ちゃん姉ちゃんは歳が離れた萌音のことを可愛がっているんだから、そんなことをしたら泣くし怒るぞ~」
情けないことに俺は杉山君の言葉に何も答えられなかった。
去年の春まで、弟が大学を卒業するまでは自分の恋愛のことは棚に上げていたんだ。やっと萌音と恋愛ができるということしか考えていなかった。去年の春の萌音のマンションの水漏れ事故のおかげで、多少強引だったけど、萌音との距離を縮めるきっかけになればと、自宅に強引に住まわせた。
恋愛からずっと遠ざかっていたから、萌音とどう接していいのかわからなくて、距離感を間違えて気持ちがすれ違って駄目になりかけたりしたけど、最近はいい感じになってきたんだ。プロポーズはしたけど、もう少し恋人同士の時間を楽しみたいと思っていたのも事実だ。
それに、相馬君たちではないけど、婚姻届けを出せばすむ話だとも思っていたのは確かだ。式については婚姻届けを出してから考えればいい。いや、めんどくさい式はしなくてもいいかなと考えていた。
それを見透かされたようで、何も言えずに黙ってしまった俺の代わりに、相馬君が口を開いた。
「ねえ、杉山さんって言ったっけ。桐谷さんと萱間さんのことに口出しできる立場には見えないんだけど」
「なんかおかしいことを言ったか? 普通の事しか言ってないんだけど」
「そうだけど、決めるのは二人だろ。親戚だか、先輩だか知らないけど、口出しすんの止めたら。二人はうまくいってんだよ。もう少しゆっくり考えさせてやったっていいだろ」
「それじゃあ、俺が困るんだよ。萌音の式が決まんないと智絵が頷いてくれねえの」
「なっさけねえな。女の尻に敷かれてんのかよ」
「わりーかよ。あの気の強い智絵を落とすのにどれだけ苦労したと思っているんだよ。俺だってな、放っておきたいけど、俺も進退窮まってんだよ。俺が30歳になるまでに、萌音がどうこうならなかったら、別れるって智絵に言われてんの。普通おかしくねえ? 女が30歳前に結婚したいっていうのならわかるけど、なんで男の俺の年齢制限してくんだよ。理不尽だろ、こんなの」
杉山君が目に涙を浮かべて愚痴りだした。
◇萱間萌音
智絵の話に私だけでなく、聖子ちゃんと和花菜ちゃんも唖然とした顔をしている。
「本当にそんなこと言ったの、智絵」
「ええっ、言ったわよ。大輔が結婚、結婚ってうるさいんだもの。私は萌音と合同の結婚式か同じ年に結婚したいのよ。それを萌音に彼氏ができて安心しただろうから、俺と結婚しようなんて言ってくるんだもの。うざいからそれなら大輔の誕生日までに萌音たちを結婚させて見せろといったのよ。それが出来なきゃ別れるってね」
智絵は澄ました顔でそういった。開いた口がふさがらない。何を考えてそんなことを言ったのかわからない。
「ねえ、でも、それって方便よね、智絵さん」
「本気だと言ったら?」
「その・・・杉山さんのことを好きなんじゃないの」
「さあ、どうなんだろう? だってさ、強引に迫られたから付き合うのはOKしたけど、もともとタイプじゃないのよね」
和花菜ちゃんが智絵の返答に困った顔をしている。聖子さんに至ってはショックを受けているみたい。
「ねえ、智絵。今頃泣いてるんじゃないの。大輔先輩は」
「そうかもね。でも、知ったこっちゃないわ。それよりね、萌音はもし結婚式を挙げるなら、チャペルと神社どっちがいいの?」
「いきなり何よ、その質問は。・・・でも、そうねえ、・・・って、結婚式場ならそれは関係ないんじゃないの」
「ええっ! 結婚式場ってどちらか片方じゃないの」
「先月見てきたけど、どちらもあったわよ」
私の言葉に智絵の目がキランと輝いた気がした。
「じゃあ、萌音は洋式と和式のどちらのお式がしたいの?」
「う~ん。私は和装で式を挙げたいかな」
「あら、意外じゃない。萌音はチャペル派だと思っていたわ。ねえ、聖子さんはどちらのお式なの」
「私ですか。私たちは神式のほうでお願いしています」
「そうなんだ。和花菜さんならどっちがいいの。って、まだ大学生の和花菜さんには早い話よね」
「あー、私ももうすぐ籍を入れるので、早い話ってことはないんですけど」
智絵が聖子ちゃんと和花菜ちゃんにうまいこと話を振っていく。
「ええっ? 籍を入れるって、そんな人がいるの~! じゃあ、結婚式は? いつするの」
「あ~、その、式はしない方向で考えてます」
「どうして? あっ、わかった! 親のすねをかじりっぱなしが嫌なんでしょ。だから式を無しにするつもりなのね」
「まあ、そんなところです」
和花菜ちゃんの口元に苦い笑いが浮かんだ。
「でも、それなら働いてお金を貯めてから、式をすればいいじゃない。中には子連れで結婚式を挙げる人もいるしね。それどころか、晩年になって式を挙げたって話も聞くわよ。さすがにそこまで待てとは言わないけど、それはそれでありな気がするわ~」
智絵の言葉に和花菜ちゃんは目を丸くした。
「それって有りなんですか。・・・ううん。有りなのよね。そうよね。今に拘らなければ」
呟くように言った和花菜ちゃんの言葉で、和花菜ちゃんも本当は結婚に憧れをもっていたのだと分かった。聖子ちゃんと目が合う。聖子ちゃんも同じことを思ったみたい。
「ねえ、和花菜さん。それなら将来のためにシミュレーションしてみない?」
「シミュレーションって、なんのですか?」
「将来の結婚式のよ。まず、和花菜ちゃんはどんな結婚式をあげたいの?」
「私は・・・チャペルでドレス姿で挙げたいです」
「そうなんだ。じゃあ、ブーケはどうするの? ブーケトスをするのか家までもって帰りたいか。ああ、生花と造花のどちらがいいかという話もあるわね」
「そうですね。幸せのお裾分けをしたいから、ブーケトスではなくて1輪ずつ渡したいな」
「あら、次の誰かではなくて、皆にってこと?」
「はい。おかしいでしょうか」
「おかしくないわよ。ブーケトスなんて向こうから入ってきた文化だもの。それを真似る必要はないわよ。それよりも1輪ずつにするってほうがオリジナリティーがあると思うわ。じゃあ、次は披露宴のシミュレーションもしてみましょうか。まずはどういう格好にするからね」
「えっ? 式を挙げた白いドレスじゃないんですか?」
「今はここで色のドレスに替えることもあるのよ」
「そうなんですか。それじゃあ・・・」
このあと、智絵のうまい誘導で和花菜ちゃんがどんな結婚式を挙げたいのかが、わかったのよ。
◇桐谷尋昇
気が付いた時には杉山君の愚痴に付き合わされた相馬君は、いつの間にか理想の結婚式について語っていた。語り終わった頃に部屋のチャイムが鳴った。
「お待たせ~。って、やっぱり居た~」
返事をする前に、結城さんがドアを開けて元気に部屋に飛び込んできた。そして、初対面のはずの杉山君に指を突きつけている。あとから入ってきた3人の女性、その中で初めて見る女性が杉山君に向かって言った。
「やっぱり。大輔ってば、駄目じゃん。初対面の人に迷惑を掛けちゃ」
「桐谷さんとは初対面じゃないぞ」
「他の人とは初対面でしょ。皆さん、初めまして。私は綾瀬智絵です。萌音の親友です。以後お見知りおきくださいね」
綾瀬さんがニッコリ笑顔で挨拶をした。俺たちも順番に名前を名乗っていった。杉山君も、女性たちに挨拶をしていた。
どうやら杉山君の行動は彼女の綾瀬さんにはお見通しだったようだ。
そして俺たちは、結城さんと相馬君に暇を告げて相馬君の部屋をあとにする。マンションを出た後、何故か俺たちの部屋に6人でやってきた。部屋に入ってくつろぐ間もなく、杉山君と綾瀬さんがボイスレコーダーを差し出してきた。
「はい、萌音。あれでよかったんでしょ」
「さすが、智絵。助かったよ~」
萌音が満面の笑顔で綾瀬さんに抱きついてた。綾瀬さんも萌音を抱きしめ返しながら、俺に向けてニヤリと笑った。
「勝手して悪かったと思うけど、訊きたいことは訊けたんじゃねえの。あとは頑張れよ」
杉山君もニヤリと笑って言った。
杉山君と綾瀬さんは「またね~」と、機嫌よく帰っていった。残された俺たち4人はそれぞれのボイスレコーダーを聞いて、ため息を吐き出した。
「すごいな。なんでこんなに自然に聞き出せるかな」
「でも、これで披露宴の流れは決まりましたよね、忠隆さん」
「そうだと思う。やりたくないことも明確に聞き出してくれているからね。これだと衣装替え無しでもいいみたいだね」
「ええ。でも、そこはご家族の意向に任せましょうか」
「それじゃあ、私から泰河に連絡するね」
萌音がそう言って泰河君に電話を掛けた。泰河君はボイスレコーダーに会話を録音してあると聞いて、取りに来ると答えたそうだ。内容を書きだすのは自分たちがすると言ったらしい。
約20分後に泰河君と相馬紫さんが表れて、ボイスレコーダーの内容を確認していった。
「ねえ、この声って大輔よね。なんでいるのよ」
「大輔先輩って綾瀬の彼氏だろ。あの人って面倒見いいから、綾瀬から聞いて心配してきてくれたんじゃないのかな」
・・・そうだった。泰河君が萌音の同級生なら、綾瀬さんとも同級生で、その流れで杉山君と先輩後輩の関係でもおかしくないはずだ。だけど、紫さんまで杉山君と同級生だとは思わなかったな。
「まあ、いいわ。大輔には会うことが有ったらお礼を言うことにしましょう」
「え~、それで大丈夫かな。絶対あの人、和花菜が俺の妹だって気が付いたと思うよ。こっちから挨拶しといたほうがよくない?」
「バカね。こっちから会いに行く必要はないわよ。また振り回されるのが落ちよ」
「でもな~、紫さん。萱間に協力頼んでんのはバレてんだから、ここで連絡しないのはまずいっしょ」
泰河君と紫さんはしかめっ面をして頭を悩ませていた。
「ああ、もう。なんで厄介な男にバレたのよ」
「すみません、紫さん。私が智絵にお願いしたばかりに・・・」
「そこは気にしないでよ、萱間さん。こちらがお願いしている身なんだし。大輔がしゃしゃりでて来なければよかった話なんだもの」
「えーと、それよりも紫さんも同じ高校だったんですね」
「そうみたいね。やっぱ学年が違うと分からないものね」
世の中は狭いものだと笑いあって、泰河君と紫さんは帰っていった。菱沼さんと上条さんを連れて。車で来たから送っていくと申し出てくれたからだった。
皆が帰ってしまい二人っきりになった。なんとなく疲れたので、二人で食事の支度をして食べて片付けた。それからさっさとお風呂に入ってくつろぐことにした。
お風呂から出たら萌音がいそいそとコーヒーと共に今日作ったものを持ってきた。小さなアルミのカップに入ったチョコは上にアーモンドなどのナッツ類が乗ったものと、色とりどりの・・・もので飾ってあった。星の形やハートの形があるけど、それを可愛く並べていた。ほかにトリュフチョコもあって、メインらしきものは小さなケーキの箱の中だ。このためにこの箱も用意したのかと感心していたら。
「尋昇さん、開けてみて」
萌音が自信を見せて言ってきた。注意をしながら箱を開けたら、出てきたものはハート形のチョコだった。たぶん表面はチョコレートでコーティングしてあるケーキだろう。厚さが12センチくらいあるからな。・・・まさかこれがすべてチョコだなんて言わないよな。
「これを本当に萌音が作ったのか」
「ひどーい、尋昇さん。私も一生懸命作ったのに~」
萌音がプンと頬を膨らませた。そんな仕草が可愛くて、手を伸ばしそうになる。いけない、いけないと気持ちを抑えてフォークを手に取った。
「ごめん、ごめん。綺麗にできているから、素人の手作りに見えなくてね」
そう言ったら萌音は、途端にパアッと嬉しそうな表情に変わった。
「あのね、本当にこれは私がすべて一人で作ったのよ。卵を泡立ててね・・・」
一生懸命に作り方を説明しているのが、本当にかわいらしい。萌音が本当は料理があまり得意じゃないのはわかっている。というより作り方が大雑把なんだよな。繊細な料理には向かないみたいだ。たまに煮物であくを取り忘れることがあるみたいだし。
「ということで、食べてみて、尋昇さん」
萌音の説明を聞き流してしまったことに気づかれないように、手に持っていたフォークをそっとケーキに押し当てた。チョコでコーティングされているから、少し力を入れる。チョコの下はスポンジだったようでふんわりとした感触が手に伝わってきた。一口分を切り分けて、フォークを突き刺すと口に運んだ。3段に分かれたスポンジの間にチョコレートクリームが挟んであった。
「うん、うまい」
お世辞じゃない言葉がするりと出てきた。外のチョコレートは少しビターで、中のクリームが程よく甘い。スポンジもふんわりとしていいかんじだ。少し、混ざりきらなかったのか粉が見えるのは愛嬌というものだろう。
「本当に? よかった~。スポンジは味見できなかったから心配だったの」
「それなら・・・はい」
もう一口切り分けてフォークに突き刺すと、萌音のほうに差し出した。萌音がパクンと食べて頬に手をやった。
「おいしい~。自分が作ったものじゃないみたい~」
喜んでいる萌音の唇にコーティングのチョコのかけらがついている。
「萌音、ついているよ」
萌音を抱き寄せて、唇についたチョコをなめとった。目を丸くして見返してきた萌音が可愛くて、今度は唇を重ねた。舌を絡ませると甘いチョコの味がした。しばらく味わった後、唇を離して俺は言った。
「萌音、俺たちも結婚式を挙げようか」
俺の胸に凭れ掛かるようにしていた萌音が顔を上げた。
「えっ? 結婚式? って。えっ? ええっ~!」
ワタワタと俺から離れようと萌音がするから、腕に力を入れて閉じ込めるように抱きしめた。
「あ、あのね、大輔先輩が言ったことは嘘なのよ。ほら、これ見て。智絵と大輔先輩は打ち合わせをしていて、それで今回のことに協力してくれたの」
萌音が綾瀬さんから来たメールを見せてそういった。
「杉山君の言葉が理由じゃないよ。ずっと考えてはいたんだ。でも、やっと恋人になったのだから、もう少し恋人気分を楽しみたかった。だけど、菱沼さんたちが結婚に向けていろいろしたり、相馬君たちのことに協力しているうちに気持ちは変わってきたんだよ。萌音、改めて言うよ。ちゃんと結婚式を挙げよう。婚姻届けを提出するだけにしないで」
萌音はしばらく固まったように俺のことを見つめていた。その瞳にジワジワと涙が浮かんできて、一筋頬を伝って落ちていった。それと共にとても綺麗に幸せそうに微笑んだ。
「はい、尋昇さん。はい」
萌音は俺の首に手を回すとギュウっと抱きついてきた。
やはり俺は女心がわかっていなかったらしい。菱沼さんと上条さん、相馬君と結城さんの結婚式の準備を見て、萌音が何も思わないわけないじゃないか。
萌音のことを抱きしめながら俺は心に誓った。
絶対世界一幸せな花嫁にしてやると。
やっと、この二人も結婚に向けて動き出す決意をしました。
結婚式まではまだいろいろと起こりそうですが、それはまた別の話です。
いつかはその話も書いてみたい気はしますが、またいつかですね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。