要塞都市ウォールドガンド
私達は剣と杖を騎士達に預けたうえで、彼等に囲まれた状態でラーグ密林を移動していた。
帝国所属の騎士と名乗る彼等は、私達を囲んで連行しながらも、周囲への警戒は怠っていない。
彼等を観察してみたところ、騎士達個人の実力は、ゴングと名乗ったこの隊の隊長以外は大したことはなさそうだった。
しかし、互いが互いをカバーすることでひとつの戦力として機能している。
決して侮れる相手ではない。少なくとも密林で倒したグレイトタイガーよりは格段に手強い。
しばらくして、私達は密林を抜けた。
急に降り注ぐ太陽の光に、思わず顔をしかめる。しかし、久しぶりの日の光はこんな状況でも、危険なラーグ密林を抜けた安心感を私に与えた。
隣では、サテラスが「うぅ…。」と弱々しい呻き声をあげていた。
太陽の光は、吸血鬼であるサテラスの敵である。
浴びても死にはしないが、能力全般が弱体化してしまうのだ。
密林を抜けた先に広げるのは、遮蔽物が一切ない平原。
そして、ここから少し平原を進んだ先にある、圧倒的な存在感のある壁だった。
その存在感に、私は思わず息を呑んでしまう。
「あれが、これから我々が向かう要塞都市ウォールドガンドだ。あの城壁の中に街がある。」
そんな私に気付いたのか、ゴングが壁の正体を教えてくれた。
なかなかに親切な人である。
あれは都市なのか。
人間という生き物は、凄いものをつくるものだ。
少なくとも魔都に、町を覆うほど立派な城壁はなかった。
私達は平原を30分くらい歩き、ウォールドガンドの城壁の真下に到着した。
あらためて、そびえ立つ城壁を見上げる。
石を規則正しく積み上げ、土属性の魔法を使ってそれを補強することで、強度を増している。
さらに、頑丈な城壁の上には固定式の大型クロスボウや魔術砲台が設置されており、対地・対空が備わっていた。
私達が向かったのは、搬入口と思われる扉。
私達を囲む騎士達と同じ意匠が施された皮鎧を着た兵士達が、見張りとして立っている。
ゴングが合図を送ると、兵士達はさっと扉を開けた。
「ごくろうさまです!」
背筋を伸ばし、ビシッと敬礼する兵士達。
ゴングは手をあげて彼等の敬礼に応え、街に入っていく。
私達もそれに続いた。
初めて見る人間の街だ。
魔都と似ているところもあるが、違うところも多々あった。
まず、戦士や魔術師の数がすごく多い。
剣や槍、杖を持って武装した男女達が、そこら中にいる。これから大きな戦いでもあるのだろうか?
次に、飲食店や居酒屋もやたらと多い気がする。昼間から酒を飲んでいる酔っ払いが、大声で笑い声をあげていた。
そして、宿屋。
これも沢山ある。
魔都にはなかったものだ。
料金を払うことで、寝泊まりするところを貸してくれる店とクレネアに教わった。
宿によっては、食事を出してくれるところもあるらしい。
一部の人間や傭兵といった者達は、街に定住せず旅や移動を繰り返すので、こういう施設が大陸には沢山あるらしい。
私達も、今日からこれにお世話になることだろう。
私がキョロキョロとせわしなく街を眺めて歩いていたら、いつの間にか一際大きな建物の前に来ていた。
建物の周囲には、同じ格好の兵士や騎士達の姿が多数ある。
となると、ここは兵士や騎士達の駐屯地だろう。目的地についたようだ。
私とサテラスは建物の中に通され、1つの部屋に連れてこられた。
こじんまりした部屋の中には、机が1つと椅子が幾つかあるだけ。
ずいぶん殺風景だ。
「しばらくここで待っててくれ。」
そう言ってゴングや他の騎士達は出ていってしまった。
残されたのは、私とサテラス、それに見張りの兵士だけ。
武装の類いは、ゴング達に預けたまま。
他の荷物は部屋の隅に置いておく。
固い椅子に座り、ゴングに言われた通りに待ち続ける。
私からは何かするつもりはない。が、何をされるかわからないので、警戒は解かない。
隣ではサテラスが、座ったままうつらうつらと舟を漕いでいた。
3日間も気を抜かずにラーグ密林を歩き続けて疲れているのは理解しているし、太陽の光を浴びてさらに疲弊してしまったのも分かるが、ここで寝ないでほしい。
こんな状況で居眠りができるとは、私の親友は思ったよりも肝が太いのかも知れない。
それとも私が小心者なのだろうか。
そんなことを考えていると、ゴングと、彼と一緒にいた女魔法使いが部屋に入ってきた。
着ているのは、先程までの鎧ではなく、軍の制服だった。
「おう、待たせたな。」
ゴングが机を挟んで私達の前にどっかりと腰を降ろす。先程よりもフランクな言葉遣いと雰囲気だ。
女魔法使いも、その隣に腰かけた。
隣で居眠りをしているサテラスを小突いて起こし、あらためてゴングに向き直る。
よく鍛えられた、いかつい顔の大男。
だが、不思議と粗暴さは感じない。
「そっちの嬢ちゃんも起きたな。じゃ、取り調べを始めさせてもらうぜ。」
それからゴングは私達に、名前、出身地、密林にいた理由など、一般的な質問をしてきた。
私達はそれに答え、それを女魔法使いが記録していく。
「さて、これで事務的な質問は終わりだ。これで、この国での嬢ちゃん達の最低限の身分は保証される。」
「「ありがとうございます。」」
案外簡単に取り調べは終わった。
なんだか、さんざん不安に思っていたのが馬鹿みたいだ。
「さて、ここからは個人的な質問なんだが、嬢ちゃん達は魔都から来たんだろ。……クレネアっていう魔族の女を知らねぇか?」
「え、お母さんのこと?」
私がその言葉を発した瞬間、目の前の二人の動きが凍りついた。
「……は?」
「あと、私達の師匠でもありますね。」
サテラスも続く。
少なくとも、私は魔族でクレネアという女性はお母さんしか知らない。
「いや、いやいやいや、クレネアは魔族で黒山羊族だろ!?嬢ちゃんは角ないだろ!というか、嬢ちゃんはなんの魔族なんだ?人間そっくりだしな。」
黒山羊族とは、黒い髪と頭に角が生えているのが特徴のポピュラーな魔族である。
普通の魔族より、若干だが魔力の保有量が多い種族だ。
クレネアは黒山羊族の出身である。
ちなみに、サテラスは吸血鬼。
太陽の光を浴びると能力全般が弱体化し、逆に月の光を浴びると能力全般が向上するという種族である。
「私は魔族ではなく、人間。お母さん……クレネアに養子として育てらた。」
私の言葉に、二人はしばらく呆然としていたが、やがてゴングは納得いったというように頷いた。
「なるほど、いや、納得したぜ。クレネアの娘や弟子なら、ラーグ密林を二人だけで越えられたことも不思議じゃねぇ。」
どうやら彼等は、お母さんについて何か知っているらしい。
私は、お母さんが若い頃に傭兵として大陸中を旅したとしか聞いてないので、この二人の反応は気になるところだ。
「お母さんについて、何か知ってるの?」
「は?嬢ちゃん達は知らねぇのか?」
呆けた顔で聞いてくるゴング。
「お母さんは、若い頃に傭兵をやっていたとしか言ってなかった。」
「私も師匠の過去は知りませんね。」
私達の返答に、ゴングは急に真面目な顔になると、声を潜めて忠告してきた。
「嬢ちゃん達、これから傭兵になって旅をするんだろう?なら、クレネアの名前は出さない方がいいぜ。もちろん、関係者だっていうこともだ。」
「なぜ?」
「今から説明してやる。」
このとき初めて、私達はクレネアの過去を知ることになった。