旅立ち
目が覚める。
視界に映るのは、見慣れた天井。
欠伸をひとつして、起き上がる。
しばらくすると、徐々に意識が鮮明になってきた。
部屋にある唯一の窓から外を見れば、昇ったばかりの太陽が暖かな光を放っている。
いい朝だ。
絶好の旅立ち日和である。
寝床から這い出て、早速支度にとりかかる。
と言っても、魔法の修行を兼ねて魔物を狩りに行くときと同じだ。
丈夫な服の上から、動き易さを重視した魔物の硬皮を使った皮鎧を纏い、鉄と、魔力の伝導率が高いミスリルを少量混ぜた合金のショートソードを腰にさす。
左手には、魔法の威力を上昇させる銀のブレスレット。
ベルトには、投擲用の投げナイフを数本。
魔法を使うために盾は持たない。
少し長めの銀髪を、邪魔にならないようにツインテールに結わえれば完了だ。
鏡の前に立つと、いかにも傭兵といった姿の美少女が写った。
ツインテールの銀髪に、青い瞳。白い肌と整った顔立ちを持ち、最近膨らんできた胸元とあわせて絶妙なプロポーションをしている。
本人は無自覚だが、他人に聞けば誰もが間違いなく美少女だと言うだろう。
格好に問題がないことを確認し、荷物を詰めたリュックサックを背負って部屋を出る。
部屋を出る際に感じた名残惜しさを胸に仕舞い、いつも以上に前を向いて歩きだした。
魔都の郊外にある小さめの屋敷が、レニが育った家である。
クレネアと数人の使用人、それからクレネアの目に叶った数人の弟子達住んでいる。
外に出ると、早朝だというのに屋敷の住人達が見送りの為に集まってくれていた。
その中から二人が、こちらに向かって歩いてくる。
一人はクレネア。
黒い髪をロングに伸ばした、鋭い目付きをした長身の女性。耳の上辺りから、ふしくれだった2本の立派な角が生えていた。見た目は女の盛りといったところだが、既に100年以上は生きている。
魔族は人間より寿命がかなり長いので、人間に換算すれば二十代後半くらいらしい。
もう一人は、私の親友であり、同門でもある吸血鬼のサテラス。
ウェーブのかかった金髪と、血のように紅い瞳。顔立ちは整っているが、肌が青白い為に不健康にみえる。
吸血鬼は元々肌が青白いから、不健康に見えるだけで本人は健康である。
そんなサテラスは黒いローブをすっぽりとはおって日光を避け、魔法の威力上昇と安定化を出来るようにした水晶を嵌めた杖を持ち、旅にでも出るかのようにリュックを背負っている。
ステラスは私に近づくと、ちょっぴり恥ずかしげに告げた。
「レニ、その……私も旅につれてってくれない?ずっと二人で修行してきたし、私の魔法があれば役に立つし、………レニと一緒にいたいし……。」
その言葉に驚いて、私はクレネアの方を見る。
「レニ、孤独の旅は辛い。信頼できる仲間がいるなら、連れてってやるといい。旅の道連れは多い方が楽しいぞ。」
にやりと微笑み、そう告げるクレネア。
どうやら彼女も、私の旅にサテラスが同行することに賛成らしい。
少し、いやかなり驚いたが、私からすれば願ってもないお誘いだ。
断る理由もないし、親友のサテラスが旅に同行してくれるなら、とても心強い。
「わかった。サテラス、改めてよろしく。二人でがんばろ。」
「ええ、こちらこそ。レニとふたりなら、魔物も人間も恐れることは無いわ!」
あれ、魔物はともかく、人間とは戦うつもりはないのだけど…?
まぁいいや。魔族は血の気が多い奴が多いから、昂るとこんなもんだし。
「よし、二人で旅をするなら、私も少しは安心だな。旅は危険で困難だらけだが、未知の世界を知る喜びは、困難を乗り越えるだけの価値が必ずある。何事もよく考え、自分達のしたいようにするといい。最後に、これは弟子達の門出を祝った餞別だ、きっと旅の役に立つだろう。」
クレネアが差し出したのは、鞘に収まった大振りのナイフだった。
鞘から抜いてみると、魔力をよく通すミスリルと、最高硬度を誇る金属であるオリハルコン、希少な精霊石を使った合金の肉厚な刃が、日の光を反射して鈍く輝いている。
このナイフだけで、平民の家族が10年は暮らしていける程の価値があるだろう。
私はナイフを大事に腰のベルトにさした。
クレネア言葉通り、きっと旅に役立つだろう。最高の贈り物だ。
ちなみにレニの横では、竜の宝玉の欠片が嵌め込まれたミスリルの指輪をもらったサテラスが、大切そうに指に嵌めていた。
これ以上、クレネアと話すことはない。
というか早く出発しないと、固めた決意が揺らいでしまいそうだった。
それでも、旅立つ前にどうしても言っておかなければならないことがある。
私はクレネアの方を向き、深く腰を折った。
「ありがとう師匠、大切に使わせてもらう。それと、……お母さん、今までありがとう。私は絶対、お母さんのような最高の魔導士になってみせる。」
前半は私に魔法を教え込んでくれた師匠であるクレネアへのお礼、後半は魔族なのに人間の私を拾って育ててくれた、人生の大恩人である母親への感謝だ。
顔をあげると、お母さんは見たこと無いほど優しげに微笑んでいた。
「ああ、いってらっしゃい。」
「うん。」
「身体には気を付けるんだぞ。」
「うん。」
「たまに手紙をくれるとうれしいぞ。」
「うん。」
「あなたは私の自慢の娘、絶対に最高の魔導士になれる。…頑張りなさい。」
「………うん!」
これ以上は本当にダメだ。これ以上話していたら、きっと私は旅に出られなくなってしまうだろう。
「いってくる!」
私はそう叫び、皆に背を向けて走り出した。
「あ、レニ!?ちょっと待って、えっと……師匠、今までお世話になりました!これからも頑張ります!」
「サテラス、お前も身体には気を付けろよ。それと、レニをよろしく頼む。レニは少し常識知らずだ、支えてやってくれ。」
「はいっ!……師匠、泣いてます?」
「早く行け!置いていかれるぞ。」
「は、はい~!!」
サテラスは慌ててレニの後を追っていった。
既にレニは、かなり遠くまで走っていってしまっている。
夜ならともかく、日の光が溢れている今、レニに追い付くのはかなり大変だろう。
サテラスは必死になって足を動かし、ラーグ密林のすぐ手前で、ようやくレニに追い付いた。
旅立ちそうそう、屋敷から密林まで10キロの道のりを全力疾走である。
サテラスは疲労で昼過ぎまで動けなくなった。