第1話 小さな変化
「おい! そっちへ行ったぞ!」
「お、おう!」
「セイジさん、気を付けて下さい!」
「分かった! はぁぁ!!」
アルミィから出て30分弱。
相も変わらない景色ばかりが広がる草原のど真ん中で俺とコルト、そしてニルは魔物の討伐を行っていた。
特に何かしらのクエストを請け負ったわけではなく、名目上は俺の特訓のためだ。
俺達の周りを取り囲むのは数々の魔物。
マガリイノシシはもちろんの事、巨大な蜂やコウモリ、狼、熊など今までに見た事のない魔物も多く出現していた。
俺に襲い掛かってきた狼を刀で一刺しすると、狼は塵となって消滅する。
「クソ……キリがねぇぞ!」
「文句を言ってる暇があったら一体でも倒せ!」
コルトはそう叫びながらハンドガンを両手に持ち、何度も銃を撃ち続けていた。
その命中率はあの時と変わらず、銃弾一発で即死させてしまう。
ニルは魔物から離れた場所で魔法を放つ準備をしているところだし。
発動するまでに時間を稼がないとまずいな。
「二人とも、下がってください!!」
俺達の数メートル後ろで構えていたニルが叫ぶ。
ニルの周りには火の粉が散っているかのような赤とオレンジ色の光る塵が舞っていた。
ニルの指示の下、俺達は魔物から離れニルの背後まで下がる。
「炎よ集え、灼熱の爆炎、その一切を灰燼とせよ! エクスブロージョン!」
掛け声の下、まるで魔物を取り囲むかのように魔物の足元にオレンジ色の魔法陣が現れ、その限定された範囲に天を貫く程の巨大で太い火柱が立ち上った。
そしてその直後、その火柱は根元から凄まじい勢いで爆発し魔物もろとも消し飛ばしてしまう。構えていないと体が吹き飛びそうなほどの凄まじい爆風が吹き荒れ、鼓膜が破裂しそうなほどの爆音が鳴り響く。
「す、すげぇ……」
「巻き込まれたら一溜りもないな」
魔法陣が展開していた範囲の地面は抉れて焼け焦げ、魔物の痕跡すら残っていなかった。
あれだけの巨大な炎と爆発の威力だったら、そりゃ魔物なんて木っ端微塵だろうな。
いや……人間だって五体満足ではいられないだろう。
「これが街のすぐ近くだったら、大騒ぎになっていたところだな」
コルトは頭を抱えながら呆れたように眉を寄せる。
地響きとかかなり凄かったからな……コルトの言う通り、街の近くだったら衛兵とか飛び出してきそうなくらい凄まじい威力だった。
「でも、なんか魔物の数が多くなった気がするな。この前まではこんなにたくさんの魔物はいなかった気がするけど」
今まで来た事のない場所まで来たせいでもありそうだが、見た事がない魔物も多くみられたし、なにより襲ってきた魔物の数が多く感じた。
それに、いつもより何だか攻撃的というか……捨て身で襲ってきているようにも思えた。
「確かに……魔物の数もそうだが、やけに好戦的に感じるな。魔物が活性化しているのか?」
「活性化? 繁殖期か何かなのか?」
「いいや。それとは何か違う気がするが……お前は何か知らないか?」
考えがまとまらないのか、コルトはニルに問い掛ける。
不意に問い掛けられてニルは困ったように首を傾げて考え込む。だが、
「ボクも分からないです。魔物の生態系については詳しくないですから」
どうやらニルにも分からない事はあるようだ。
それにしても、魔物の活性化か……大した事ではないと良いのだけれど。
「ギィィィィィィ!! ギュルルルルルル!!」
「なっ!?」
三人で固まって考えていると、近くの森から巨大なカマキリが飛び出してきた。
そのまま赤い目をギラギラと輝かせながら鎌を振り上げて俺目掛けて襲い掛かる。
俺は向かってくる巨大なカマキリに対抗して駆け寄り、鎌の攻撃を刀で受け止める。
力任せに押し込もうとする鎌を受け止めながら俺はカマキリの懐に滑り込み、腹を刀で切り裂いた。
「――ッ!? はっ!? き、消えない!?」
どういう訳か、前回この刀で斬りつけて消滅したはずの同じカマキリにもかかわらず、今攻撃したカマキリは消滅する気配がない。
それどころか傷が浅かったようで、カマキリはその場から飛び退くともう一度鎌での攻撃を繰り出そうと振り上げた。
直後、銃声が鳴り響き巨大なカマキリの頭が弾け飛ぶ。
頭部を失った巨大カマキリは力なくカマを振り下ろし、地面に倒れてしまった。
「何をしているんだ。急に飛び出すな」
「あ……ああ」
コルトに叱責されるが、魔物が消えなかった事が不思議でたまらず素っ気ない反応をとってしまう。
刀の柄の部分の窪みに目をやると、すでに5つの宝石のような玉が嵌め込まれていた。色はそれぞれ違い、同じ色の物はないようだ。
「どうしたですか?」
そんな反応を怪訝に思ったのかニルが目を丸くして俺を見つめてくる。
「この刀、魔物を吸収できるみたいなんだが……どういう訳かあのカマキリは吸収できなかったんだ」
「あの、斬りつけた魔物が消滅するあれか。あいつから話には聞いていたが、それがお前の刀に潜む悪魔の力って事か」
「何だ? むっくんから話を聞いていたのか?」
そういえば、詳しい事はコルトやニルには離していなかったけれど……コルトはむっくんから話を聞いていたみたいだな。
悪魔の事はむっくんくらいにしか話していなかったし、それをコルトにも話していたって訳か。
「窪みは全部埋まっているですから、多分その窪みに空きがないと吸収できないとか?」
「でも、窪みを埋める方法なら分かるけれど、窪みに空きを作る方法なんて知らないぞ?」
埋める方法なら魔物を吸収する事だってことは容易に予想がつく。
けれど、空きを作る方法は悪魔からも知らされていない。
どうすれば良いんだろうか……窪みの色が全て違う事も不可解だし。
「とりあえず街へ戻るぞ。今回の件もギルドへ報告しておかないといけないからな」
「ああ……分かった」
「はいです!」
まあ、今ここで考えていても仕方ないしな。街に戻ってからゆっくり考えるしかないか。
俺は仕方なく刀を鞘に収めようとした、その時だった。
「な、何だ!?」
名前も呼んでいないはずなのに刀からいきなり黒い靄のようなものが出現し地面に伸びると、それは徐々に人型を形成していく。
いきなりの事に警戒したのか、ニルやコルトはいつでも攻撃を仕掛けられるように態勢を整えていた。
俺も刀を再び構えて、臨戦態勢に入った。
黒い靄は人型を形成した後すぐに消滅し、その中には黒いタキシードに身を包んだ猫のような虎のような、どちらにも見えるような全身真っ黒な人物が立っていた。人というよりも獣の部分が強い獣人と言ったところだろうか。漆黒の毛並みが特徴的で一切の光さえ通さないような感じだ。
出現したその獣人はゆっくりと目を開ける。鋭く凛々しい、宝石のような金色の瞳。体格は中肉中背と言った感じだろう。特徴的な鼻や髭に愛らしさがあるが全体的に猛々しさを感じる。
「何者だ。お前は」
コルトは低い声で威嚇するように問い掛けた。
だが、獣人はまるで聞く耳を持たず、手を握っては開いたり肩を回したりと不可解な行動を取っていた。
「おい。聞いているのか」
「喧しい小娘だ。そう敵意を向けるな。貴様など敵にもならぬ」
「なんだと……」
どこかで聞いた事のあるような声でコルトを貶す。
こんな獣人と知り合った記憶なんてないし、こんなビジュアルなんて見たら絶対忘れる訳が無いんだが。
「そんな呆けた顔をしてどうした? 我が主よ」
獣人は俺を見つめながら目を細め、怪しげな笑みを浮かべる。
主? ……え!? 主ってまさか!
「お、お前……アルヴァーレか!?」




