第34話 帰還
「えー!! 何で!? 一緒に寝たいよ!」
「あのなぁ……」
モニカの特訓が終了した後、夕食の席に案内された俺はモニカとともに夕食をとる事となった。
とはいっても、今の俺はマガリイノシシの姿だから人間が食べるようなものは与えられず、細かく刻んだ野菜や加熱した肉類などを混ぜたサラダのようなものだった。もちろん塩気は全くない。本物の魔物だったらこの上なく豪勢な食事だったんだろうけど。
その後は再び一緒にお風呂に入る事になり……ようやくモニカの就寝時間に差し掛かっていた。
俺を腕に抱いたままベッドに入るモニカ。それをライムは止めようとしている。
どうやらモニカは俺を抱き枕のようにしたまま朝まで眠るつもりなんだろう。
「それはさすがにダメだろ? さっきも言ったけどそいつはモニカのペットではないだろ?」
「でも……他にむーたんが眠る場所がないじゃない」
「むーたん? おいおい、まさか」
「うん! この子の名前!」
「はぁ……」
何の悪気も感じさせないような混じりけのない笑みを見せるモニカ。
そんな反応を見せるモニカに対してさすがに本気で怒れないのかライムは嘆息しながら頭を抱えてしまう。
他人のペットに名前を付けてしまうって……相当愛着が湧いてしまっているみたいだ。
俺が本当に他の誰かのペットだったら例え悪気がなかったとしても、あまり褒められた事ではないよな。
「とにかく、一緒に寝るのは諦めな」
「嫌だよ! 飼い主が見つかるまでは私のペットだもん」
優しく諭すライムだが、モニカはさらに俺を強く抱きしめて嫌嫌と駄々をこねるように首を激しく横に振る。
このままこれを許してしまったら、この屋敷から抜け出す手助けをしてもらう計画が破綻してしまう。
モニカには悪いけれど、一緒に寝るわけにはいかない。
「参ったなぁ……」
いやいや、参ったなぁじゃないよ!
夜中に抜け出せるようにしてくれる約束はどうなったの!? さすがに朝までは一緒にいられないよ。
ライムに首を振って訴えかけるも、俺の声が聞こえているはずのライムはこちらの言葉に全く反応してくれない。
こいつ……このまま有耶無耶にする気じゃないだろうな!?
「こら、モニカ。ライムを困らせてはいけないぞ」
モニカの部屋の入り口から優しげな声が聞こえてくる。
駄々をこねるモニカを見兼ねたのか親父さんが諭しに来たようだ。
もう少し近付けば良いものの、親父さんは不自然にモニカやライムから距離をとっている。
そういえば俺を抱いたままモニカが近付こうとして止めてた気がするけど、何かあるのか?
単純に魔物が嫌いなのか……もしかしたら、アレルギーがあったりだとか。
「でも……」
「人様のペットなんだろう? 一時的に預かっているとはいってもモニカが好き勝手して良いものではないだろう? それに……ベッドに糞でもされたら大変だ。抱いて寝るのは止めなさい」
理由としては苦しい気もするけど、まあ……寝ている間に自分の布団に漏らされてたら堪んないよな。
「……分かりました。確かにそれは、嫌ですね」
親父さんの説得が通じたようで、モニカは渋々俺をライムに預けた。
この後にはもう俺はいなくなっている訳だから、ちょっと悪い気もするけど……どうにもならない事だ。
多分、ライムも責められるかもしれない。助かった事は助かったけれど、正直あまりいい気分ではないな。
「じゃあ、モニカ。お休みなさい」
「……はい。お休みなさい。お父様、ライム」
「おう、良い夢見ろよ」
寂しげな表情をしながら視線を落とすモニカ。
俺はそんな姿に罪悪感を覚えつつもライムに抱かれてそのままモニカの部屋を後にした。
その後、ライムに抱かれた俺は一階にある、一つの部屋へと連れてこられた。
そこはモニカの部屋よりも少し狭いようで、ベッドとテーブル、クローゼットやタンスや棚が置いてあるのみだった。
きらびやかな雰囲気はなく、どちらかと言えばやや暗めの雰囲気で、黒と白のツートンカラーが印象的だ。
棚には無数の分厚い本が並べられ、ドクロの置物や赤色の太い蝋燭、サソリや蛇のようなの剥製などかなり不気味な感じだ。
というより、どこか悪魔的な印象がある。
何だよこの部屋……悪趣味にもほどがあるな。
「悪趣味で悪かったな」
部屋のランプを灯したライムがボソリと呟く。
やっぱり……こいつの部屋だったか。こんな雰囲気の部屋、ライム以外にあり得ないな。
「まあ、そんな事はどうでも良い。ほら、窓から出してやるからさっさと消えな」
ライムはそう言って屋への窓を開けて、俺を窓の外に放り投げた。
一階だった事もあって大した高さはなかったようで、特に衝撃もなく俺は地面に着地する。
俺を逃がしてくれるとは言え、俺がいない事を知ったモニカがどんな反応をするか大体は想像がつく。
ライムが責められてしまうのは俺としても胸が痛い。
「何だよ。私の事を案じてくれているのか? だったら今すぐにモニカの抱き枕にしてやるぞ?」
「それは止めてくれ。コルトやむっくんに心配かけるわけにはいかないし、俺にもやる事がある。ライムやモニカには悪いけれど、俺ばかりはどうしようもない」
俺の目的はニルを見つけて助け出す事。
ニルを見つけるために衛兵が動き回っている上に俺の姿が衛兵に見つかってしまったから、このままじゃ目的を果たせないと思って夜までは屋敷で匿ってもらっていた。二人には悪いけれど、気遣ってはいられない。
「別に良いさ。モニカには色々と理由を付けてお前が消えた事を言っておく。気にすんなよ、ジジィよりは仲が良いんだ。どうにでもなるさ」
「……ごめん。でも、ありがとう」
俺は後ろめたさを感じつつもライムと別れ屋敷を後にした。
街の方はもうすっかり暗くなっていて、街灯が街を照らしているのと、ほんの数か所、部屋の明かりが灯っているのみだった。
商業区の方はまだ、酒を飲んでいる連中がいるかもしれないから……そっちの方には行けないな。
とりあえずはコルトとむっくんと合流しよう。
屋敷の門は閉まっていたものの鉄製のその門は潜り抜けられるほどの穴が開いている造りのようで、俺は少し身を捩りながらも難なく抜け出す事が出来た。そのまま街の方へ入っていき、気付かれないうちに建物の間に入り込む。
街灯が無いためかかなり暗いが、迷うほどではない。
良かった。宿からは割と近いところにあるみたいだ。さすがにもう迷う訳にはいかないよな。
俺はそう思いながら、来た道を思い出しつつ宿を目指す。
しばらく走り回ったのち、思ったよりも早く宿へ辿り着いた。
「遅くなってごめん! 俺だ、セイジだ! 開けてくれ!」
扉の目の前まで駆け寄ると、俺は前足で扉をガリガリと引っ掻きながら開けてもらおうと叫んだ。
だが、扉の奥からは物音や人の話し声は全く聞こえない、それどころか誰かがいる気配もないようだ。
ドアノブに手を伸ばそうとするが、今の姿では腕が短くドアノブを回せそうにない、そもそも届いたとしてもドアノブを掴める手ではない。
外から中の様子を確認しようにも、この宿がそもそも外から中を確認できないような仕組みになっているんだったっけ?
これじゃ宿には入れないな。俺が戻ってこない事を心配しているだろうけど……さすがに今は夜遅いから探してはいないだろうし。
仕方ない……朝になるまで見つからないように隠れながらコルトが出てくるのを待つか。
俺は渋々宿の扉から離れようと振り返ると、黒いローブに身を包んだ誰かがふっと目の前を通ったのが見えた。
街灯のない、月明かりだけが僅かに道を照らす中、月明かりに反射して銀色の髪がキラキラと輝く。
それは紛れもなくニルの姿だった。




