第30話 思いがけない協力
「でも……そもそも侵入や逃亡を防止するためにその機能を導入しているんだったら、魔族の魔波を特定出来ないなんておかしいじゃないか。その機能がないとしても正門を出入りした時点で普通は警報が鳴るようにするとかあるだろ?」
「そこもおかしいんだよ。警報は鳴るようになっているんだけどな。昨晩、正門の警備に当たった衛兵は、誰かが出入りした形跡も警報も鳴らなかったと言っていたんだが……」
大体、何で今になってそんな機能を導入したんだ?
確かに、駆け出し冒険者が集う街に魔王国の精鋭部隊の一人が攻め込んできたのは予想外だったかもしれない。
でも、この街は乗合龍車の列が出来ている様に街への出入りが盛んだ。
その時点で対魔族用魔波探知機能を導入するのは当然の柵だと思うのだが……。
駆け出し冒険者の集う街だからここは襲われる事はないと思っていたって事か?
「確かにな……お前の言う事も一理ある。まあ、考えてみればその機能が導入されてからまるで待ってましたって言わんばかりにあの子が魔族だって衛兵の中で広まっているからな。今まで導入していればクローディア戦の防止とまではいかなくとも、魔族の出入りの対策はいくらでも取れていたはずだ。そんなものがある事を知っていれば初めから申請を出して導入していたはずだがな」
「は? ライムは知らなかったのか?」
コルトだってその機能を知っていたんだし、ライムが知らないなんておかしな話だと思うけど。
「いいや、知っているはずなんだが……ん? 妙だな、知っているはずなのに」
ライムはそう呟きながら怪訝そうに顔を顰めたまま視線を落として考え込んでしまう。
何だ? ド忘れしているのとは違うような……。
「い、いいや……何でもない。ところで、私も少し気になる事があってだな……」
「ん? 気になる事って何だよ?」
特に気にする事でもなかったのか、ごまかすように話を切り替えるライム。
「昨日死んだパイソン・ギフトの死体が、綺麗さっぱり消えてしまっているんだ」
「は!? 消えたって……どういう意味だよ」
「そのままの意味だ。まるで生きていましたと言わんばかりに忽然と姿を消している。次から次へと妙な事ばかり起こってこっちもてんてこ舞いなんだよ。アンデットにでもならない限りは死体が動くなんて事、ないはずなんだけどな」
ライムは頭を片手で掻き毟りながら不機嫌そうに顔を顰めている。
むっくんはパイソンさんが死んだはずのあの日に誰一人死んだ人間はいないと断言していた。
もしそれが真実なら、死体が消えた理由も納得がいく。誰かがパイソンさんの死を偽装しているのだとすれば、死んだと街の連中が認識した時点でそれは不要になるし、死体が消えたとしてもアンデットなんかの魔物になってしまったって事で片付けられてしまう。
でも、そもそも何でパイソンさんである必要があるんだ? パイソンさんが死ぬ事で誰かが得をする?
いいや、それならわざわざ死体をあんな分かりやすい位置に、しかも結界が解けるのを分かっていて磔にして見世物にするなんておかしな話だ。
俺だったら、ニルみたいに誘き出して殺す。どんな馬鹿でもそれくらいは考えるはず。
じゃあ、もっと別の何か……パイソンさんが死ぬ事自体には大した意味がなくて、それ以外に意味があるとしたら何だ?
「私もその可能性は考えた。だが正直、私が導き出した答えはかなり可能性が高いのと同時に、今のオメェ等にはあまりにも悍ましい答えかもしれねぇ」
「大丈夫だ。何か考え付いたのなら言ってくれ」
俺の頭では色々な可能性を考えてしまってどれが正しいか分からなくなってしまう。
一つの頭より、二つあった方が発想も広がる。
「おそらく一連の首謀者は、パイソン・ギフトを殺す事でオメェ等が探しているニルって子を誘き出そうと考えているんじゃないか? パイソン・ギフトはニルにとってかなりの影響力がある。死体を目の当たりにしてのあの反応だ。相当なものだったんだろう。そしてオメェとも関りがある事を知っていたそいつはオメェをパイソン・ギフトを殺した相手であり、魔族狩りの一員だと何らかの方法でニルに知らせ、ニルにオメェを殺させた。
対魔族用魔波探知機能なんてものが導入されている状況を利用してな。それで、街に魔族が侵入しているという騒ぎに乗じて、ニルの名を出し、衛兵を使って探させているってところだな」
「じゃあ、その首謀者の目的って?」
「……魔族狩りが狩り損ねた生き残りを誘き出すため、だと考えている」
確かに……最悪な可能性だ。けれど、ライムの考えは一番信ぴょう性がある。
魔族狩りがニルの正体を知っててニルを誘き出すために起こした事なら、パイソンさんを殺さなくても、死んだように見せるだけで十分な影響力はあるはずだ。俺もパイソンさんとは数回言葉を交わした程度の関りはある。その上、ニルとかかわりの深い俺を殺させる事は何らおかしい事じゃない。それで街に混乱を招き、街に住み辛くなるように仕向けた。
ここが魔王国なら、こんな面倒臭い事しないで襲う事が出来たのだろうけど……ここではそれは出来ない。
そういう事なら、一刻も早くニルを見つけ出さないと!
「私も色々な情報網から探し出してみるが、あまり期待はしないでくれ。魔族の絡む問題は私でもそう易々と関われるものじゃない。魔族を擁護していると知られればこの家に仕えるものとして、モニカや領主のダンナ、ジジィにも何かしらの影響を与えてしまうからな。許してくれ」
ライムはそう言いながら座ったまま頭を下げた。
正直、ライムがいてくれればこの上ない戦力にはなると思ったけれど……そういう立場上の問題がある以上は感情で動けない部分がどうしてもあるんだろう。
ニルを探すように動いてもらうだけでも、俺達にとってはかなり助かる。
「ああ、分かった。くれぐれも、衛兵に先を越されんなよ」
「十分理解しているさ。そっちも頼んだよ」
屋敷に逃げ込んだことでこんな協力を得られるなんて思ってもみなかった。
あとは衛兵よりも先にニルを見つけ出すのみ。
言うのは簡単だが、動き回れない分、状況は厳しい。もっと慎重に動く必要があるな。
「それなら夜中までここにいればいいんじゃないか? 夜中なら警備も手薄になる。その辺も協力してやるから、安心しな」
「そ、それは助かる! 夜中には抜け出そうと考えていたけど、どうやって抜け出そうか悩んでいたところだから」
ライムはベッドから腰を上げ、任せとけと言わんばかりに無邪気に微笑みながら親指を立ててグッドサインを俺に送った。
まあ、ともあれ夜まではこの屋敷で過ごす事になったけどどうしようか。こんな姿じゃやれる事なんてないし……。
「おっ? だったら丁度いい。ちょっと付き合え」
「え?」




