第20話 街へ戻れ!
『おい! どうした!? 返事をしろ! おい!』
右耳の方でひっきりなしに誰かの声がする。
何なんだ。うるさいな。今は眠いのに。
『おい、聞こえているんだろ!? クソ……一体どうなっているんだ』
切羽詰まっているのか、必死に呼び掛けているようだ。
どうせ、あの悪魔だろ。かまってちゃんかよ……眠いからもう少し寝かせてくれ。
『私の声が聞こえないのか!? 私だ、コルトだ!』
「――!?」
声の正体がわかった途端、俺の眠気は一気に吹っ飛んだ。
藁をしきつめたベッドから飛び起きて、俺は周りを確認する。だが、コルトがこの場にいる訳もなく、俺の近くには白い半透明の光がふよふよと浮いているのみだった。
これって……コルトの通信魔法じゃ!? いつのまに?
「コ、コルトか!? 大丈夫だ、聞こえている!」
『な? なんだ? ふざけるのも大概にしろ! 魔物の真似事なんかしている場合か!』
「ど、どういう事だよ! ふざけてなんかいねぇよ!」
『……クソ!! 魔物に襲われて死んだのか?』
『ちょっと落ち着いて、コルトちゃん! 通信魔法が活きているって事は、死んだわけじゃないって事じゃない! 何かあったのよ』
コルトの後ろからむっくんの声も聞こえてくる。
混乱しているコルトをやや強い口調で宥めていた。
そ、そうだ! 同じ魔物のむっくんなら俺の声が届くはずだ!
『……!? シロちゃん!? アタシ達の声が聞こえているのね! 良かったわ』
『何!? おい、聞こえているのなら返事をしろ! どれだけ心配したと思っているんだ!』
かなり強い口調で叱責してくるコルト。相当、心配をかけたようだ。
そうだよな……あれだけ忠告してくれていたのにこんなざまになっているのだから。
『生きているのだから良いじゃない。それよりシロちゃん、一体どこで何をしているの?』
「それが……」
俺は説明しようとして、言葉を詰まらせた。
説明って……何をどう、説明したら良いんだ? ニルに殺されたと思ったら実は生きていて、今は人間としての肉体を回復させるために魔物の姿になっている、なんて包み隠さず話すのか?
そんな事言ったら、ニルの立場は!? 真相を究明しないまま、ニルを犯人扱いするのはダメだ。
きっとコルトの事だから、ニルが俺を殺した事実を知れば必ずニルを手に掛けるはずだ。
元々、悪魔の力が無かったら俺はとうに死んでいたんだから、仲間想いのコルトは絶対にやりかねない。
『どうしたの?』
むっくんは何も答えない俺を不審に思ったのか、心配そうに声を掛けてきた。
仕方ない……少し事実を捻じ曲げるが、状況は説明しなきゃならない。
「いえ、それが……魔物に襲われてしまって大けがを負ったんです。死んだと思ったんですけど、どうやら俺の武器の力で魔物の姿に変身させられてしまって……元の人間の肉体が回復するまでの間、魔物の姿でいなくちゃいけなくなったんです」
『何だ? 何を言っている? 私には鼻を鳴らしたような声にしか聞こえないぞ?』
『そういう事だったのね。コルトちゃん、大丈夫よ。シロちゃんは生きてる。詳しい事はアタシが説明するわ。今はアタシにしか声が聞こえないようだから』
『そ、そうか……だが、こちらの声は聞こえているんだろ?』
さすがはコルトだ。頭の回転はニルに引けを劣らず早い。
「ああ。聞こえている。大丈夫だ」
『聞こえてるそうよ』
『そうか、だったら良く聞くんだ!』
俺の言葉をむっくんが通訳してくれている。
むっくんがいなかったらこのまま話は進まなかっただろう。元に戻ったらお礼を言っておかなきゃいけないな。
だが、こんなに切羽詰まったコルトの声は初めてだ。一体何が?
『どういう訳か分からないが、あいつが魔族であることが街の連中に知れてしまっている。衛兵も血眼になってあいつを探しているんだ。今は噂の範疇でしかないし、情報自体は衛兵を覗いてはごく一部の奴らにしか知られてない。だが、広まるのは時間の問題だ。このままでは、あいつは殺されてしまうぞ!』
「な!? あいつって、ニルの事だよな!? なんでそんな急に!?」
俺はそこまで言って思いつく。
クローディアが攻め込んできてから、街の魔族に対する警戒は強まっていた。対魔族用魔波感知機能が働いている今はニルがこの街を出入りする行為こそ危険極まりない。
だが、俺がニルに殺された時、明らかに街の外にいたはず。
もしかしたらニルはそれのせいで魔族だとバレてしまったんじゃないか?
『魔族が攻めて来てから、街の警備が厳重になっていたじゃない? 多分、それに引っかかったんじゃないかって思うのだけど』
『そんな事があるか! あいつはそこまで能無しじゃないはずだ。こんな街に潜んでいる魔族が、そんな警戒態勢の中、迂闊に街の外に出るような真似……するとは思えない』
『でも、その子……ニルちゃん? だったかしら? ニルちゃんが魔族だって急に知られるようになった理由としては理に適っていると思うわよ』
俺もコルトと同意見ではある。
けれど、あの時街の外で確かにニルに会った。その事実は変わりないし、俺が見間違えることはない。
復讐に目が眩んで状況を冷静に判断できなかったのか? 何にしても今、ニルが危険な状況にあるのは確かだ。
「むっくん。俺は今、魔物の姿だから街へ戻るのはかなり危険です。でも、ニルが危ない状況なのなら放っておく訳にはいかないんです。どうにかなりませんか?」
無茶なお願いをしているのは分かっている。でも、何の真相もないままニルが死んでしまうのはダメだ。
人を恨んだまま死んでしまうなんて……そんな悲しい事、あってはいけない!
『そうね。ない事はないけれど……いいえ、分かったわ。中に入れるように手筈は打っておくから、シロちゃんはなるべく見つかりやすいところにいて頂戴』
「わ、分かりました。また、落ち合いましょう」
俺がそう告げると、ふよふよと浮いていた球は消滅した。
俺が生きていた事を確認出来て安心したのだろう。とにかく、むっくんの指示通り、見つけやすい場所にいかないと。
そうだったら……ここから出ないといけないよな。
「よぉ? 起きたか。なんだよ……変な顔して」
「あっ! スラング!」
外に出ていたスラングが、住処に入ってくる。カインズは住処の端の方ですうすうと寝息を立てていた。
姿が見えないと思ったら、外に出ていたのか……丁度いい。
「なあ、スラング。ここから出るにはどうしたら良いんだ?」
「あ? 出るって、何しに行くんだ?」
「えっと……それはその、説明できなくて……」
さすがに、街に行くなんて言ったら絶対に止められる。
良い言い訳が思いつかない。クソ……どうしようか。
「まあ、何があるのか分かんねぇけどよ。上に戻りたいのならお前が落ちてきた穴の近くに洞穴があるんだよ。上に一直線に続いている穴だから戻るならそっちを使いな」
「わかった。ありがとうスラング!」
俺は礼を言うとすぐに住処を飛び出し、その洞穴を目指した。
「お、おい!」
だが、背後からスラングの声が聞こえて立ち止まる。
「穴はその姿のままだと通れねぇから。小さい姿に戻るしかねぇぞ。戻り方はアニキに教えてもらったやり方と同じだ」
「ああ、ありがとう!」
再び礼を言って、俺は駆け出す。
とにかく、むっくんんの指示通り見つけやすい場所に行かないと。詳しく聞くことは出来なかったけれど、多分……森を抜けて草原の方へ出れば街も一望できるし見つけやすいはずだ。ただ問題なのは、警備している冒険者達と龍車の列。鉢合わせになるのは危険だ。慎重に行動しないと。
そう考えているうちに俺が落ちてきた穴のところに辿り着いた。俺が上にあがる穴は意外とすぐに見つかる。木の穴のすぐ横に土を掘り起こしたような穴があった。たしかに、今の姿では這ってでも入りきれないほど小さい穴だ。
マガリイノシシの姿に戻るには……この姿になった時と同様、イメージすればいい。
俺はすぐにマガリイノシシの姿を頭の中で思い浮かべた。すぐにさっきと同様体に熱が帯び蒸発音が鳴り始める。
体が徐々に縮んでいく感覚がする。両手は指の感覚がなくなりそのまま前に倒れるように地面に付いた。
……ちゃんとマガリイノシシの姿に戻っている。
目を開けると、獣人の姿に変身した時と同様、周りは煙立ち込めていた。
けれど、そんな事今は構っていられない。むっくんやコルトに合流しないと。
俺は煙が立ち込めているのを気にも留めず、煙から飛び出して穴へと入った。
中は、本当にマガリイノシシの姿でないと進む事は出来ないようで、傾斜のあるその穴をどんどん進んでいく。
穴を飛び出すと、そこは俺が突っ込んだ木のすぐ隣に位置していた。
森の出口まで駆け抜けて、俺は茂みの荷派へ隠れて草原の様子を窺う。
やはり、乗合龍車の列が出来ていた。周りには護衛を依頼された冒険者が数人立っている。
くそ……これじゃ、見つかりやすいところに行けないじゃないか。
どうする? 突っ込むか? いいや、そんなことしたらすぐに冒険者に囲まれて討伐されてしまう。
クソ……都合良く、人間の姿に戻れればいいんだけど……そんな事、ある訳ないよな。
仕方ない……一か八か突っ込むか。
決断した俺は、茂みから飛び出そうと態勢を整えていたその時。
な!? 何だ一体!!
自分の背後で地面が盛り上がる感覚がした。
それもかなり巨大な物が地面を這っているようで、それは俺を目掛けて近付いてくる。
やばっ!? 別の魔物に襲われる危険性を考えていなかった!
そりゃ、マガリイノシシは一番弱い魔物だし、そんな奴が隙だらけの状態でこんなところにいれば恰好の餌食になるのも当然か。
クソ……こんな時に!
俺は地面を盛り上げながら迫りくる魔物を警戒しながら、いつでも避けられるように構えた。
だが、それは俺の目の前で急に止まり、そのまま土を盛り上げながら這い出てきた。
「は!? なんじゃこりゃ!? モグラ??」
地面から這い出てきたのは、考えられないほど巨大なモグラのような魔物。
頭だけを掘り起こした穴から出しているが、その頭だけでも一メートルは裕に超えるほど大きい。
何なんだ? 一体。俺を襲ってくる様子はないけど。
モグラのような魔物は俺をじっと見つめて鼻をヒクヒクと動かした後、何もせずに地面へ潜っていく。
だがそのすぐ後に、残された穴からひょっこりと見慣れた人物が姿を現した。
「驚いた。本当に魔物の姿になっているとはな」
「コ、コルト!?」
そこにいたのは紛れもなく、コルトの姿だった。




