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最弱職のイレギュラー  作者: 華藤丸也近
第2章 俺以外の“転生者”
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第14話 同じ境遇

「何よ。 何があったの!?」


 宿に帰って来て早々、むっくんが心配そうに声を掛けてきた。

 かなり慌てて飛び出して行ったから、心配していたんだろう。


「街中で人が死んでいた。今は原因究明のために衛兵達が動いているが……収拾がつくまでお前は外に出ない方が良いと思うぞ。昨日の魔族の襲撃といい、今回の殺人といい……街の警戒は強まる一方だ。何かの拍子にお前が魔物だってバレてしまえば、ここにいられなくなる」


 そんなむっくんにコルトは宿に潜んでおくよう忠告する。

 魔族の襲撃に、街中で人が殺されている事態……街の人が警戒を強めるのは当たり前の事だ。少なくとも今は、この街に殺人鬼が潜んでいる事になる。警戒が強まれば強まるほど、少しでも怪しい動きをする相手を容赦なく疑う。この場合においてはむっくんやニルのような、人間ではない存在が一番危険だ。殺人鬼とは関係がなくても、二人は魔物と魔族。最悪、パイソンさんを殺した殺人鬼なんてレッテルを張られて捕縛されるか、殺されるか……どちらかだ。


「……え、ええ。コルトちゃんがそういうなら事態の収拾がつくまではここにいるわ」


 むっくんはコルトの気迫に気圧されながらも、その忠告を受け入れた。

 俺もしばらくは、外を出歩かない方が良いのだろうか。

 けれど……やっぱりどうしても、ニルの事が気がかりで仕方がない。


「痛っ!!」


 考え込んでいた俺の頭を、コルトは後ろから平手打ちする。

 叩かれた頭を押さえてコルトの方を見ると、コルトは俺をジトっとした目で見つめて盛大に溜息を吐いた。


「ちょっと話がある。ついて来い」

「……え? うん」


 それだけ告げて自分の部屋に向かうコルトの後ろから、俺は付いていく。

 ふと、むっくんの方へ目を向けると、むっくんは窓の近くまで歩み寄り、窓の外をじっと眺めていた。

 しばらく見つめた後で訝し気に唸りながら顎に手を当てて首を傾げる。


「どうかしたんですか?」


 声を掛けるとむっくんは俺の方へ振り向いた。が、その視線は一度俺に向けられると、すぐに窓の外へ戻した。

 何か気になる事でもあるのか、じっと一点を見つめているようにも思える。


「いえいえ、大したことはないのだけれど……人が死んだにしては、やけに静かだなって……」

「え? 向こうではかなり騒ぎになってましたけど……」


 まあ、公園までは多少距離があるから、それで騒ぎに気付かなかったって事もあるんだろうけど。

 でも、コルトが俺を呼ぶためにここまで来たんだし、内容を知らなかったにしても騒ぎに気付かなかったなんて事、あり得ないだろ。


「いいえ。そういうのじゃないの……ただ」


 むっくんはそこまで言うと、急に言葉を詰まらせた。

 口を閉ざしたまま、じっと窓の外を眺めている。


「やっぱり、アタシの思い違いかもしれないわね。ごめんなさい」

「い、いえ……」


 むっくんは窓から視線を逸らしたが、その疑念は晴れないのかずっと何かを考えている様子だった。

 何だろう……むっくんが何を考えているのかは分からないけれど、様子からしてあまり良い事じゃなさそうだな。


「おい。早く来い」

「分かったよ。今行く」


 自分の部屋から顔を覗かせたコルトから催促され、俺はコルトの部屋に向かった。

 相変わらずの女の子らしからぬ殺風景な部屋。

 まあ、それがコルトらしさを醸し出しているんだけど。


「ここに座れ」

「あ、ああ」


 ベッドを指差してそう指示を出すコルトの言葉に従って、俺は言われるがままベッドに座る。

 コルトは近くの椅子を俺の目の前に持ってくると俺と対面するように椅子を置いて座った。

 

「えっと……何なんだ?」


 コルトは椅子に座った直後から、腕を組んだまま目を閉じて少しばかり視線を落としていた。

 コルトと俺の間にわずかな沈黙が訪れたが、俺はそれに耐えきれずコルトに声を掛けた。

 そもそも、俺を呼びつけたのはコルトだし……理由くらい言っても良いんじゃないかって思うんだけど。


「はぁ……ああ、あいつの事が心配だ! 私にはああ言われたけれどやっぱり気になって仕方がない!」

「……!?」


 急にわざとらしく声を上げるコルト。

 さっき俺の思考を見透かしたかのようにコルトは言い放った。

 やっぱり……考えを読まれてたか。だからって、そこまで言わなくてもいいのに。


「あのさ……ずっと気になっていたんだが、少し気に掛け過ぎじゃないか? お前はあいつの母親かっての」

「いやいや。別にそんなつもりじゃなくて……ただ、どうしても気になるって言うか」

「何だ? まさかと思うが、好きなのか?」

「そういうのでもなくて……」

「じゃあ、一体何なんだ?」


 別に、ニルに特別な好意があって気に掛けている訳じゃない。

 まあ、普通そうだよな。色々と忠告しているにも関わらず危ない方向へ進もうとしている相手に、何故そんな事をするのか? なんて疑問が湧くのは。

 コルトは俺の目をじっと見つめて答えを待っているようだった。

 話すまでは開放してもらえないだろうな……あまり、言いたくはなかったけれど。


「……ニルは両親を殺されているか、奴隷として売られたかもしれないって言ってたろ?」

「ああ、そうだな」

「俺も……似たような境遇なんだよ。殺されたとかではなくて、事故だったんだけどさ。自分の親を失った孤独感とか悲しさとか、色々と分かる気がするんだ」


 両親が死んだあの日。動かなくなった二人の体を目の前に、俺はただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 二人を撥ねたトラックの運転手が僕の前で泣きじゃくり土下座をする姿が今でも鮮明に脳に焼き付いている。

 けれど、全く憎しみなんて感じなかった。いいや、そんな事を考えている余裕なんて全くなかった。

 涙すらも出なかった。

 俺の心を支配していたのは、圧倒的なまでの喪失感と孤独感。そして、受け入れる事の出来ない自分に圧し掛かる真実という重圧だった。


「周りの人の助けがあったから俺は今もこうして生きているけれど、ニルの境遇は俺よりもっと残酷だ。周りの人の助けがどれだけ心の支えになったかを俺は十分に知っている。だから……俺はニルの心の支えになりたくて、気に掛けているんだよ」


 両親を失った俺を、おばさんやおじさんは快く引き取ってくれた。

 両親を失った悲しみから立ち直れるように、おじさんとおばさんはずっと支えてくれたんだ。

 それがどれだけ心の支えになったか……それを知っているから、俺は同じ境遇のニルにも感じて欲しくて、心の支えになろうとしている。

 正直、動悸は不純かもしれない。

 心の支えになりたいだなんて、ニルに感謝されたいって考えていると言われても文句は言えないだろう。

 それでもいい。支えてもらった分、誰かを支える事が出来たなら自分はそれだけで満足だから。


「お前があいつを気に掛ける理由は分かった。だがな、あいつにとってお前は、心の支えだった奴を殺した奴だって思われているんだぞ。それでどうやって心の支えになるつもりだ?」

「そ、それは……」


 コルトの言葉に俺は言い返す事が出来なかった。

 それはおそらく、俺がニルに殺される事を意味している。

 ニルにとって、パイソンさんの仇を討つ事がその悲しみを乗り越える唯一の方法だとしたなら、俺も含めてニルに疑いを持たれた人達を手に掛けるかもしれない。そんな状態のニルの心の支えになるのはかなり難しい事だろう。


「お前の言いたい事は分かるが……お前が死んだ時、悲しむ相手が誰なのか少しは考えろ。それが殺されたものだって知った時、そいつがどうするかを考えれば、今は大人しくしておくのが一番だって事くらい分かるだろ?」

「……そうか。そう、だよね」


 俺はニルの心の支えになろうとするばかりで、自分が最悪、ニルに殺されるような事態になった時に、ニルがしたように仇討ちとして誰かがニルを殺すような事になるかもしれない。俺はそれを望まないし、そんな事では悲しみは晴れない。近しい人にそんな辛い思いをさせるわけないはいかないよな。


「分かればいいんだ」


 コルトは一度も、自分が悲しむとは言わなかったが、心のどこかでそうなるだろうという確信はあった。

 言わなくてもコルトはそういう事をしそうな奴だ。

 それに、モニカやヴェルガさん、イルさん、リーザスさん……絶対ないだろうけど、ライムも俺が殺されるような事があれば悲しむだろうし、ニルを責めるかもしれない。

 そういうところまで、コルトは考えていたんだな……。


「なあ、コルト」

「何だ?」

「俺が死んだら、コルトは悲しんでくれるのか?」


 俺はどういても気になって、コルトに聞いてみた。

 まあ、適当にはぐらかされるんだろうけど。

 コルトは目を見開いて驚いたような表情をすると、ばつが悪そうに口をへの字に曲げて目を逸らした。


「まあ、それなりに……」


 ボソリと呟くコルトの言葉を聞き逃さなかったのは言わないでおこう。

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