第13話 心配
ライムはパイソンさんの死体を見て眉を寄せている。
ライムでも、これほどの惨たらしい光景には慣れないのだろうか。
いいや……こんなのを見て平気な顔を出来る人なんてそうそういる訳ない。
「ライム様!」
衛兵の一人がライムの元へ駆け寄る。ライムの傍で跪き、頭を下げた。
「被害者の身元は?」
「はっ! 被害者の名はパイソン・ギフト。男性。トレジャーハンターを生業としている者でした。死因は、腹部を横一文字に切り裂かれ、臓器を抜き取られた事によるショック死と推定されます。結界以外に魔法を使用した痕跡がない事や魔族特有の魔破の反応もない事から、犯人は少なくとも我々と同じ人間である可能性が高いと思われます」
「発見されたのは?」
「今から30分ほど前に、公園付近を歩いていた住人によって発見されました」
「その第一発見者は?」
「遺体を目の当たりにしたショックが大きいようで……現在は兵舎で保護しております」
「把握した。済まない、報告ありがとう」
一通り衛兵の報告を聞いてライムが礼を言うと、衛兵は立ち上がりライムへ一礼した。
ニルに攻撃されそうになり、その場に佇む冒険者達をライムは一瞥する。
「お前ら、とりあえずここは私らに任せておけ。不安だとは思うが、状況はおって報告する」
ライムは皆に聞こえるよう声を張り上げてそう告げる。
冒険者達は不安そうに顔を合わせていたが、渋々といった感じで公園を出ていった。
無理もない。これほど人を惨たらしく殺す事を躊躇しない人間が街中に潜んでいるのだとしたら、次は自分が殺されるんじゃないかって不安に苛まれるはずだ。
「お前らは遺体を下ろせ。一刻も早く原因究明に努めろ。お前らは被害者の身辺調査だ。お前らはこの場に人払いの結界を張るんだ。原因が究明されるまでは証拠隠滅は避けたい。私はこの子を連れていく」
「「御意!」」
役割を与えられた衛兵達は力強く返事をする。
すぐさまそれぞれに別れ、与えられた仕事に取り掛かった。
そんな中、ライムは倒れているニルを引き起こし、そのままニルをお姫様抱っこのような形で抱き上げる。
ニルは泣き腫らした目でぐったりとしていている。眠ってはいるようだが、辛そうだ。
「私達も早く引くぞ。このままここにいても無駄だ」
「え? で、でも……」
コルトが俺の肩を突いて、そう催促するが俺はニルの事が心配でライムを呼び止めようとする。
……気が動転してたとは言え、俺達に危害を加えようとしていたのは事実だ。このことが原因でニルがもし捕まるような事があれば……ニルが魔族だってバレるのも時間の問題だ。
けれど、俺が不審な行動に出たら、そういう疑いを助長してしまうかもしれない。
俺が声を掛けようか迷っていると、ライムがニルを抱きかかえたまま俺へ目を向けて怪訝そうに首を傾げた。
「なんだよ? テメェらの知り合いか?」
「あ……ああ」
「まあ、そんなところだ」
俺に合わせてコルトも返答する。
ライムは俺とコルトへ交互に目を向けると、頬を緩めて笑みを零した。
「心配はいらねぇよ。救護室へ連れていくだけだ。目を覚ましたら詳しい事は聞くつもりだが、悪いようにはしねぇよ。私は、男に厳しく女に甘く、がモットーだからな」
不敵に微笑みながら胸を張って、得意げに言うライム。
色々とツッコミたいところだけど、今はそれが凄く心強い。
ライムに任せておけば大丈夫だろう。
「分かった。ニルを頼むよ」
「おう。お任せあれ」
ライムはそれだけを告げると、ニルを抱きかかえたまま公園を出ていった。
衛兵達は忙しなく動き回っている。どこからか担架を持って来た衛兵は吊るしあげられていたパイソンさんの遺体を慎重に下ろし、担架の上へ乗せ、上から布をかぶせて運び出していた。
別の衛兵は公園の中心に立って、何かをブツブツと唱えている。
それに合わせて徐々に公園に淡い光がからじわじわと立ち込めていた。
「結界が張られるな。出るぞ」
「わ、分かった!」
コルトを戦闘に俺は公園から駆け出した。
俺達が公園から出るのと同時に、公園を包み込むようにドーム型に光の壁が天へと延びていく。
公園の頭上の全てを光の壁が覆い尽くすと、まるで擬態するかのように周りの景色へ溶け込んでしまった。
「……私達は、宿へ帰ろう。どのみち、こんな状況じゃクエストに出る事は出来ないはずだ。街中で起こった事件なら、しばらく街の外に出る事は制限される。原因がはっきりするまでは今ある報酬で食い繋ぐしかないな」
「そう……だよね。分かった」
コルトの提案を俺は渋々了承する。
ライムに任せたとは言え、結局心配腕ある事に変わりはない。
どうにも悪い方向に考えてしまって胸が痛む。
やっぱり、俺も傍にいた方が……。
「余計な事考えんなよ」
「え?」
考え込んでいた俺の顔を覗き込み、コルトは眉を僅かに寄せてそう言った。
「大方、あいつのところに行こうと考えているんだろうが、止めておけ。お前を見たあいつの反応を考えれば、お前があいつの所に行くことは得策でない事くらい、お前の頭でも分かるだろ? 火に油を注いで、あいつの立場をより悪くする一方だ。落ち着くまでは顔を合わせない方が良い」
コルトは険しい表情のまま俺を諭す。
確かに、俺がニルの元に行ったからと言って何が出来る訳でもない。
それに……ニルは今、大切な人を失ったショックで気が動転している。また歯止めが効かなくなるかもしれない。そうなったらいよいよニルの立場が危うくなる。
「そうだよな。ごめん、大人しく宿へ戻るよ」
「賢明な判断だ」
俺の言葉にコルトは僅かに口角を上げて微笑む。
笑っているのかどうかも分からない表情だったけれど、どこかその表情には温かなものを感じた。




