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最弱職のイレギュラー  作者: 華藤丸也近
第2章 俺以外の“転生者”
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第12話 魔法の痕跡

 周りの冒険者や街の住人、商人さえも死体の周りを取り囲んでいる。

 衛兵達は解散するよう呼びかけてはいるが、目の前の想像を絶する光景に目を奪われ、一切動こうとしていなかった。

 皆一様に、目の前の光景が信じられないような、そんな困惑した表情をしていた。

 パイソンさんの惨殺された死体を抱きしめるニル。その肩は震え、その背中はとても小さく思えた。

 パイソンさんが殺された? 俺と同じ、日本から来た異世界人が……チートもちで、人柄も良くて、ニルが慕う、あのパイソンさんが……。

 

「……すか」


 肩を震わせ、細い腕でパイソンさんの死体を抱きしめるニルが弱々しい声で何かを呟いた。

 その直後、死体から離れると、ニルは身を翻して俺達の方を向く。

 その顔は確かに、憎悪に満ちていた。

 涙で腫れた目で俺達を一瞥し、歯を剥き出しにしている。


「誰が殺したですか!!」


 声が枯れるほどに激高するニル。

 取り囲んでいた人達はあまりの剣幕に怯んでしまっているようだ。

 ニル自身も想像を絶する光景を目の当たりにして混乱している。

 俺自身も信じられないけど、ここはニルを落ち着かせないと……ニルは魔族であるから予期せぬところでボロが出てしまうかもしれない。ニルの安全のためにも落ち着かせないとダメだ。このままじゃ誰かれ構わず周りの人を襲い兼ねない。


「ニ、ニル。一旦落ち着こう……突然の事で俺達も混――」

「――か」

「え?」


 ニルを落ち着かせようと前へ出る。

 ニルは顔を俯かせ、肩を震わせながら何かを呟いた。

 俺はそれを聞き取れなかったが、顔を上げたニルの顔を見て悟る。

 俺に向けられた憎悪の目。キラキラと輝いていた天真爛漫なニルの瞳は見る影を失い、俺を見るその瞳は酷く冷めて陰っていた。


「お前かぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ニルは再び激高して、片手に黒い砂のようなものを吸収し、剣のようなものを生成する。

 それを両手に握って構えたニルは、真っ直ぐに俺に襲い掛かった。


「ちょ!! ちょっと待て、ニル! 俺は――」


 俺が制止しようと叫ぶ声を遮るように銃声が鳴り響いた。

 その銃弾はニルの頬を掠め、木の幹に風穴を開けて消滅する。

 発砲した張本人は俺を守るようにニルと俺の間に分け入っていた。


「コ、コルト!?」


 コルトは銃をニルに向けたまま、半歩下がる。

 面倒臭そうに溜息を吐いて、目だけを俺に向けた。


「馬鹿かお前は……怒り狂っている相手に迂闊に話しかけるな。首を刎ねられそうだったぞ」

「だ、だって……落ち着かせないとダメだろ」

「この状況で、それで落ち着くと思ったのか? だからお前は馬鹿なんだ」


 本当、どんな状況でも俺を貶すのブレないですよね……。


「邪魔するですか……まさか、お前が!!」

「寝ぼけた事言ってんなよ。動転は分かるが弁えろ。マスケティアの私がどうやって腹を引き裂いて殺せるのか説明してみろよ」

「……魔法か何かを使ったんだと思うです。でなきゃ……」

「なら、お前のお得意の魔法で調べてみろ。魔法を使用した痕跡なら死体の傷口から読み取る事が出来るだろ」


 コルト……確かに混乱している相手に話しかけたのは不注意が過ぎたと思うんだが、だからってその言い方は犯人のセリフのように感じるんだが。

 というか、煽る方がダメなんじゃないのか!?


「くっ……」


 ニルは眉を顰めてコルトを睨むと、剣を生成した黒い砂を解除し、パイソンさんの死体に駆け寄って傷口の方へ手をかざした。その両手は淡い光を放ち、ニルは必死にその魔力の痕跡を探り出そうとしていた……が。


「……見つからないです」

「だろうな」

「で、でも……魔力の痕跡が完全に消えている可能性もあるじゃないですか!」

「他者から受けた魔法の魔力の痕跡は、6時間ほど相手の肉体に残る。さて、そこの男が6時間前に殺されていたとして、気付かない奴がいると思うか?」

「……」

「そういう事だ。少しは頭を冷やせ」


 ニルは不満げに顔をしかめながらも押し黙ってしまう。不本意ではあるようだが、納得はしてくれたのだろうか?


「一体どういう意味なんだ?」


 俺は目の前に立つコルトに耳打ちする。

 コルトの言葉のどこにニルを黙らせる効果があるのかが分からない。

 ニルは一体、なにを納得したんだろうか?


「答えは簡単だ。今から6時間前きっかりに殺されていたとして気付かない奴はいないからだ。この公園は目立つ場所にあるし、ましてやこれだけの有様だ。普通は気付くだろ。なのに、第一に発見されたのは私がお前を呼びに行った少し前だ。おかしいと思わないか?」


 そう言われてみれば確かに……この公園は人通りも多いし、何より商業区のど真ん中に位置している。死体のあったこの木も何かの陰になって見えないなんて事はないはずだ。商業区の商人達の朝は早い。そうでなくても冒険者や他の街からの来訪者の出入りの激しいこの街で、今の今まで誰にも気付かれる事がないなんてはっきり言っておかしな話だ。


「じゃあ、何で今になって人の目に触れるようになったんだ?」

「何、ここまで状況生理が出来れば答えなんて限られてくるじゃないか。お前の魔力探知で探ることは出来るだろ?」

「ま、まあ……出来なくはないですが」


 コルトの指示にニルはやや不満げな表情をしながらも、死体に添えられた両手を宙に翳した。

 そのまま、アルヴェラッタ湖に向かう途中の森でやったようにその場を行き来しながら魔力の痕跡を探る。

 そして、元の位置に戻ったニルは何やら難しい表情をしていた。


「どうだ?」

「確かに、魔力の痕跡はあったです。この感覚からすると……性質までははっきりしないですが、結界の類だとみて間違いはないです」

「まあ、だろうな。人払いか目くらましか。どちらにせよ、ここに結界が張られていた事は間違いない」

「つまり……どういう事なんだ? この事件を犯した犯人は結界を張って気付かれないようにしていたって事か? でも、みんなに見つかっているじゃないか」


 俺の何気ない一言にコルトもニルも目を丸くする。

 だが、コルトはすぐに何かを察したのか眉を顰めて呆れたようにため息をつくと俺へ体を向けた。


「あのな。例え気付かれないように結界を張っていたとしてもだ、永久に効果を持続させる結界なんて存在しない。大方、殺した直前に発見させる何かしらのリスクを恐れていた……と考えるしかないな」


 犯人がパイソンさんを殺した動機は分からない。

 人気に対する嫉妬か、何なのかは定かではないが、ここまで残酷に執拗に殺した形跡からすると、相当な恨みがあったに違いない。

 

「じゃあ、誰が殺したって言うんですか! こんなやり口、誰かがしないとおかしいです! 二人でないとしたら……この中にいる誰かって事じゃないですか!? いるのなら出てくるです!」


 だが、冷静さを欠いたニルは、今度は取り囲んでいる人々を標的にしだした。

 俺達に、犯人である可能性を感じられない以上、周りが怪しいと思うのは別に変な事ではないが……これでなの出でるとも思えない。

 案の定、名乗り出てくる人はいない。周りはニルの一言で騒めきだす。

 そんな光景を見て、ニルは絶望したかのように目を見開いてそれを見つめると、急に視線を落として肩を震わせた。

 その目からは涙がこぼれ、雫がポロポロと輝きを放ちながら滴る。


「出て来いって……言っているですよ!!」


 ニルの体に迸る、激しい電流。

 悔しさと悲しみに満ちた表情をして顔を上げたニルは、両手を皆の方へ向けた。

 その両手の中心に、徐々に集まっていく電流。それは段々と一つの塊となり増幅していった。


「ば、バカな事をするな! 全員殺す気か!」


 コルトが必死になって叫ぶも、ニルは効く耳を持たない。そんな中でもニルの柄の中の電流は増幅していく。

 身の危険を感じた皆は悲鳴を上げながら、自分は死ぬまいと周りを蹴り落としてでも逃げようとしていた。


「雷線拘縛」


 だが、ニルはその場にいた全員を逃げられないように魔法で動きを止めた。

 それは俺やコルトにも浴びせられ、いくらもがいても指一本動かせなかった。

 ましてや、声すら出せない。浴びた電気の影響か、筋肉が麻痺しているのだろう。


「パイソンさんの仇です……出てくる気が無いのなら。全員、死んで下さい」


 酷く冷たい言葉を放って、ニルは俺達を縛り上げている電流に力を籠めようとした。


「――そこまでだ」

「――!?」


 突如、ニルの背後に現れた、デッキブラシを担いだ人物。

 ニルはそれに反応して即座に振り向くも、その人物から顔に手をかざされた瞬間、人形のように崩れ落ちて地面に倒れた。

 ニルの意識がそれたのか、放たれていた魔法は消滅し俺達は拘束から解放される。


「街中で魔法が使われた反応があったから急いで来てみたものの……一体何があったんだ?」


 ニルの傍に立っていたのはメイド服姿のライムだった。

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