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最弱職のイレギュラー  作者: 華藤丸也近
第2章 俺以外の“転生者”
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第11話 悪夢の幕開け

「よっ。ニル」

「……え?」


 その夜、食事とお風呂を済ませた俺は宿には帰らず、そのままニルの働いている例の店に向い、店に入ったところで丁度ニルの姿を見つけたので、気軽に声を掛けてみた。

 店内では相変わらず奇抜な衣装を着た女性が客の男相手に、その腕に自分の腕を絡めて体を密着させ、何やら品を作って媚びた顔で女性としての色気を醸し出していた。

 さすがにこういう人達の相手はハードルが高すぎる……まあ、そもそも俺はニルに会いに来たわけなんだが。

 かくいうニルも他の女性達と同じ格好をしていた。胸が大きい分、その装いが奇抜さを際立たせている。

 だが、都合が良い事に今は他の男の相手をしていないようだ。

 ニルは俺の姿を見るや否や口を半開きにして、まるで幽霊でも見たような表情で俺を見つめていた。


「な、何でセイジさんが?」

「いやいやー、ちょっとな」


 武器を持ち込んでいるが、文字を見てもらうためには刀を鞘から引き抜かなきゃいけなくなる。

 さすがに、他の人が見てる前で刀を引き抜いちゃ勘違いされて通報されかねない。

 今日ここに来たのは、ニルに刀の文字を解読してもらうためだ。

 恥ずかしい話だが、こればっかりはニルに頼るしかない。


「あら? この間の坊やじゃない。どうしたの? お姉さんと遊ぶ?」


 受け付けから顔を出したお姉さんが俺に歩み寄ってきた。

 扉の方を指差して、色気のある笑みを浮かべている。

 ……この人は危険だ。気を許してしまえばもう後戻りできない。


「い、いえいえ。ニルに用事があるだけで……」

「あら! ニルちゃんを御指名? ニルちゃん、人気者よねぇ」

「えええ!? ボクですか?」


  目を見開いて驚くニルだが、恥ずかしそうに頬を赤らめているというよりは、若干迷惑そうな声のトーンのように感じた。

 結構傷付く反応だけど、まあ、今の状況ではこの方が妙な勘違いされるより全然いい。


「良いなぁ……ニルちゃん、男受け良いものね。初心でも直向きなところが堪らないってお客さん、結構いるのよ」

「うっ……ボクはあんまり嫌なんですけどね。で、セイジさん。もしかして……ボクとしたいんですか?」


 頬を赤らめるとか恥ずかしそうにモジモジするとか、そんな仕草や兆候を全然見せず迷惑そうに溜息を吐いて腰に手を当てるニル。

 やめて、その気は無くても何だか辛くなる。


「いやいや、そんな堂々と嫌とか言って大丈夫なわけ? 他の客だったら怒るんじゃないのか?」

「全く、馬鹿ですね。それは相手がセイジさんだからですよ。そうでなければそんな事言わないです」

「ですよねー。ニルと言いコルトと言い、俺の扱い酷過ぎでしょ」

「セイジさん、良くも悪くも扱いやす……気軽に話す事が出来るですからね」

「今扱いやすいって言ったよね!? そこまで言ってよく誤魔化そうとしたな!」


 まあ、どっちにしても悪い気はしないけど……俺のメンタルが無限でない事はそろそろ気付いて欲しい。


「はいはい。仲良しを確かめ合う喧嘩は二人っきりでして頂戴」

「「あっ」」


 お姉さんに言われて俺とニルは周りの視線にようやく気付く。

 他のお姉さん達や客の男達は俺達の姿を微笑ましそうに眺めていた。


「セ、セイジさん……とりあえずこっちに」

「う、うん……」


 呆れた表情をして頭を抱えながらも、恥ずかしさから頬を赤らめているニルに個室へ案内され、俺はニルと二人きりになった。


「全く……何でまた来ちゃうですか?」

「ごめんごめん。色々と話したい事があってさ」


 部屋に入るや否や気怠げにベッドに座り、不機嫌そうに口をへの字に曲げる。

 本当……俺以外にこんな態度とっていないと良いんだが。

 まあ、こうして本音で話し合えるのも悪くはないんだけどさ。


「そういえば今日、パイソンさんに会ったぞ。色々と話をしたけど、あの人思ったよりも良い人そうだな」


 有名って言うくらいだからそれを鼻にかけて威張り散らしているかと思ったけど、まさか自分と同じ日本出身で、有名が影響して苦労しているだなんて。1日に2人も日本出身の人と出会えたのはかなり運が良い。

 どっちも良い人そうだったけど、特にパイソンさんは患児のよさそうな人だった。ニルが信頼を置くのも分かる気がする。


「ですよね! ですよね! セイジさんは意外に見る目があるですね!」


 パイソンさんの話をした途端、ニルは距離を詰めて身を乗り出し、思い切り顔を近付けてきた。

 目をキラキラさせて興奮しているようで、心底嬉しそうに頬を緩めている。


「意外に、は余計だろ。ニルはパイソンさんと一緒に行動した事、一度もないのか?」

「いえいえ、こっちに帰って来ている時は一緒にクエストしたりすることもあるですよ。いない時は一人が多いですが」

「じゃあ、こっちにいる間は一緒にクエスト行けなくなるかもなぁ」


 コルトと二人でクエストするのが嫌って訳じゃないんだが、二人でやる事になると間違いなく俺を囮にするからな。

 ニルがいた方が賑やかで退屈しないし。


「え? みんなで行けばいいじゃないですか。きっと楽しいと思うですよ」

「おいおい。そんな事したらいよいよ俺の肩身が狭くなるじゃないか。マスケティアのコルトにトレジャーハンターのパイソンさんとニル……それで俺って組み合わせは……な」


 特にパイソンさんはチート能力を持っているし、ニルにはいくつもの魔法を自己流で組み合わせるほど魔力量は桁違いで、全属性魔法が使えるからもっと俺の存在が薄くなっちゃうだろ。むしろ、いらない子だろ。


「えー。ボクはセイジさんも加わってくれると嬉しいですけどね?」

「え?」


 ニルはそう言って何やら含みのある挑戦的な笑みを浮かべて俺を見つめている。

 そういう顔をしないでくれ……勘違いしちゃうから。


「からかう相手がいなくなるですから」

「そんな事だろうと思ったよ……はぁ」


 本当……コルトもそうだけど、敵わないな。


「そうだ。忘れてたよ。ニルに見てもらいたい物があるんだ」

「え? これがどうかしたですか?」


 そう言って俺は腰に差した刀を鞘ごと引き抜き、ニルに渡した。

 ニルは渡された刀を不思議そうに見つめている。


「刀身に何か変な文字が浮かび上がっているんだけど、パイソンさんに相談したらニルに聞く方が良いかもねって言われてさ。見てもらって良いか?」

「パイソンさんが? あー、もしかしてサクリス文字ですかね? パイソンさんがボクを頼るって事は多分そうだと思うですけど……まあ、良いですよ。見てあげるです! えっと…………!?」


 満面の笑みを浮かべて刀を引き抜いたニルは刀身の文字を目にした途端、急に表情が強張った。

 その目は大きく見開かれ、意外な物でも見たかのような反応をしている。


「ん? ニル? どうかしたのか?」

「……い、いえ。その」


 ニルは刀の文字をじっと見つめたまま震えた声でボソボソと呟いた。

 刀を持つ手が震え、心なしか息も荒げているようにも見える。


「ご、めんなさいです。ボクにも読めないみたい……です」


 弱々しい声で申し訳なさそうにそう言うと、ニルは刀を鞘に収めて俺に突き返した。

 今まで縮まっていた距離を不自然に離して、身構えているようにも感じる。


「ど、どうしたんだよ。急に」

「い、いえ……その。今日は体調が悪いみたいで……」


 額には汗が滲み、さっきよりも呼吸は荒くなっていた。

 苦し気に顔を歪め、胸を押さえている。


「ひ、人呼んでこようか? というか、横になった方がーー」

「――構わないでいいです! 今日はもう、帰ってくださいです!」


 体を支えようとニルに触れようとした途端、ニルは苦し気な表情をしながら声を荒げて叫んだ。

 聞いた事もないようなニルの声に、俺は動揺してしまう。

 な、何か……悪い事でもしたのか? ニルの気に障るしてしまったのか?


「えっと……その、ごめんなさいです。とにかく、今日は帰ってくださいです」


 言った後で表情を曇らせたニルは俺に目を合わせることなくそう言った。

 ニルはベッドから立ち上がり、俺を避けるように部屋を出ていった。


「……何があったんだ?」


 刀の文字を見た途端、態度が一変した。

 ニルにしか分からない何かが、この刀に刻まれているって事なのか?

 ……真相を聞こうにも、今の状態のニルにしつこく声を掛けるのはさすがに悪い。

 また日を改めて、聞いてみよう。

 俺は仕方なく、ニルの店を後にした。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 昨夜、かなり遅くに宿に帰ってきた俺はすぐにベッドに横になった。そのまますぐに眠りに落ちてしまっていた。

 翌日起きた頃にはもうお昼近くなっていた。

 ベッドに座り込んで俺は刀を見つめる。

 コルトは起こしに来なかったようで、多分まだ帰って来ていないのか、また一人でふらっと外に出かけているのだろう。

 変な気分だ……昨日のニルの態度の変貌がどうも気になって仕方がない。

 自分が何か失礼な事をしたんじゃないかって、そんな気がしてならない。

 今日はどうにか、ニルに謝らないとな。


「おい! 起きてるか!? おい! 返事をしろ!」


 急に扉を激しくノックする音が聞こえ、扉の外からコルトの焦りに満ちた声が聞こえた。


「え? なんだよ。起きてるよ」


 怪訝に思って扉を開くと、汗だくになりながら息の上がったコルトが目の前に立っていた。


「なんだよじゃないぞ! 今、大変なんだよ、お前もすぐに来い! 街の公園だ」


 そう言ってコルトは再び、宿の外に飛び出した。


「何よ、コルトちゃん。あんな焦ったコルトちゃん久し振りに見たわね」


 むっくんはコルトの飛び出して行った扉を見つめてボソリと呟く。

 今大変って、何があったんだ? 街の公園って言ってたよな。

 俺はすぐに着替えて支度を済ませ、コルトに指定された通り街の公園へ向かう。

 他の冒険者や衛兵も公園を目指しているのか、かなり焦った様子で走っていた。

 もしかして……また、魔王国の精鋭部隊が攻めて来たとか!? 街の中まで、侵入しているって事か!?

 やばい……それはやばい!

 そう考えると俺も段々と焦りが込み上げてくる。

 公園を目指す足は段々と早くなり、俺はようやく公園に辿り着いた。

 公園に植えてあった一本の木を取り囲むように、そこにはすでに人だかりが出来ていた。

 皆が木を見つめて怯えた表情をしている。口を押えて吐き気を堪えているようにも見えた。

 人の間を掻き分け前へ進み……取り囲んでいる木が目の前に現れた途端、俺は絶句した。


「う……うわぁぁぁ!!」


 見てられないほどの酸鼻極まる光景に、あられもない声を上げて後ずさる。

 人が……死んでる? 何で……こんなところに?

 そ……それにあれは、パイソンさん? パイソンさんが…………殺された?


 「う……おえぇぇぇぇ!! おえぇ!!」


 知り合いの凄惨な死体を目の当たりにしたのと漂う血生臭い匂いに当てられ、俺は耐えきれず何度も嗚咽を漏らす。

 どんな凶行に走れば人一人をこんなに切り刻めるんだと思ってしまうほど、その死体の損壊は激しかった。

 

「いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺のすぐ横で、騒ぎを聞きつけて来たであろう女の子の、喉が裂けそうなくらい悲痛なまでの叫び声が響く。

 その声は間違いなく、ニルだった。


「いや……いやぁ!! 誰……が。そんな……嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!! いっ……あ」


 力なくフラフラとパイソンさんの亡骸に歩み寄るニルは、亡骸の目の前で糸の切れた人形のように座り込み、呆然とそれを見つめる。


「ああ………あ、ああ……」


 すがるように亡骸に掴まりながら立ち上がったニルは血塗れになるのもお構いなしに亡骸を抱きしめる。


「ああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ニルは亡骸を抱きしめたまま激しく泣きじゃくった。

 これ……どう考えても殺人……だよな!? 誰が、こんな事を!?

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