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最弱職のイレギュラー  作者: 華藤丸也近
第2章 俺以外の“転生者”
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第10話 チート能力を持っているからって何でもできると思うなよ!

 そ、そうか! ニルはトレジャーハンターだし、魔法の勉強も欠かさないほど勉強熱心なところもある。

 古代文字も勉強してるだろうし、依頼すればニルはなんだかんだ言いながら教えてくれそうだな。


「あれ? でも……パイソンさんもトレジャーハンターなんですよね?」

「うっ!? そ、それは、その……はぁー」


 俺の何気ない一言に苦笑いを浮かべて弁明しようとしていたパイソンさんは、諦めたのか気怠げに溜息を吐いて刀を鞘に収めると俺に返して、膝に頬杖を付いた。


「僕だって、それは死活問題だって考えているんだけどさ。ニルちゃんに色々教えてもらっているけれどさっぱり分かんないんだよ。文法とか何とか。現代の言語も覚えるのに苦労したのに、サクリス文字はもっと難しいからね……英語みたいに一度、ラジオス文字に翻訳しなきゃいけないから……5年経ってもいまだに覚えられないんだよ」

「確かに……俺もニルから教えてもらいましたけど、そのサクリス文字っていうの何だかラジオス文字より複雑な気がしますね」


 俺は刀の文字を眺めながら言う。

 改めて文字を見てみると、ニルからラジオス文字を教えてもらった事もあってか、その複雑さを一層に感じた。

 まず、ラジオス文字のように規則性がない。十字の文字を基本としてラジオス文字は構成されているけれど、サクリス文字は共通点がまるでない。


「そうなんだよね。現状では使い道がないから何とかやっていけているけど、トレジャーハンターとしての仕事の幅を広げる為にはそういう知識も必要なんだよね。これじゃ遺跡調査なんてまず無理だし、文献も漁れないからさ……」

「パイソンさんも何かと苦労されているんですね……」

「そうなんだよ……こんな世界に飛ばされてから5年も経ってるのに、依頼がなきゃ働けないフリーター生活。報酬も安いし、毎日毎日、朝起きて、ご飯食べて、働いて、ご飯食べて、ぼーっとして、ご飯食べて、お風呂入って、寝て、の繰り返し。向こうにいた時の方が充実していた気がするんだ」


 そう言ってパイソンさんは窓の外をじっと見つめていた。

 と、遠い目をしていらっしゃる……相当苦労されたんだな。

 でも、確かに……パイソンさんの話を聞いていると俺も似たような生活になっている気がする。

 というか俺は、コルトがいなきゃ一人で街の外に出る事すらできない。

 こんな生きがいを感じられない生活をパイソンさんは5年も続けているのに、俺は何年……いや、最悪何か月続けられるか。


「しかもね、物価とかご飯とか高すぎるんだよ!? 酷いんだよ!? 宿代もバカにならないし……だからこの街に居座っているんだけどさ。日帰りで出来ない依頼の時はそうもいかなくて……一週間とか余裕で掛かっちゃうから、必死に稼いだお金も貯金も湯水のように消えていくんだ。せっかくその依頼で得た報酬も、依頼を行うための交通費とか宿代とか食事代とか、後は雑費も含めてマイナスになっちゃうし……ねぇ、一体僕達は何のためにこの世界に呼ばれたの!?」


 話をしているうちにパイソンさんの表情がどんどん暗くなる。完全に腰を曲げてしまって、足元に視線を向けていた。

 そんな現実、聞きたくなかった。いや、何となく分かっていた事だけど、あんまり聞きたくはなかった。


「でも、貰った能力のおかげで依頼自体は完遂できるんだけどさ……そのせいか何だか僕が凄い人みたいな事になっちゃって。この前の依頼でもクリスタルスノードラゴンを一撃で倒しただの、尾ひれがつく始末だし……あんな化け物一撃で倒せるわけないでしょ! 10階建てマンションよりデカいドラゴン相手に『よっしゃ倒してやる』なんて考え浮かぶ!? 第一ドラゴンの住処に行くまでに凍え死ぬかと思ったし、ドラゴンはドラゴンで近付いただけでドラゴンから放たれる冷気で凍死しちゃうし、吐く息は絶対零度なんだよ!? 攻撃とかじゃないんだよ? ドラゴンが呼吸するだけで凍死するレベルなんだよ!? 初めて見たときはバカじゃないのかっ! って思っちゃったよ」

「そ、そんな殺人兵器が住み着いているんですか!? この世界終わりじゃないですか!」

「まあ、そのドラゴンは人里に降りる事は絶対にないらしいから大丈夫なんだけどさ。まあ、実際のところドラゴンなんて倒してないんだよ。依頼されている希少アイテムを回収するだけの依頼だったんだけどね、それがもう酷くて……まさかドラゴンのウ〇コを回収しなきゃならないなんて……」

「う、ウ〇コ!? な、何でそんなものを!?」

「なんか、成金の貴族には高く売れる物らしい……何に使うかは分かんないけど。実際、凄く綺麗だったよ、ウ〇コ。もうびっくりするくらい。日にかざしたらキラキラしてんの、あんな輝くウ〇コ見た事なかったよ。でも、ウ〇コだからね……僕はそんなものを回収するために凍え死にそうになる事を我慢してたなんて考えたらさ、その場で叩き割りたくなったよ」

「何だかその……ご愁傷さまです」


 チート能力を貰ったパイソンさんでさえ、そんな壮絶な苦労をしていたのか。

 チート能力を持っていたとしても何でも出来る訳じゃないんだな。本当、世知辛い世界だ。

 しかも、凄い能力を持っている分、周りの冒険者も期待と希望のまなざしも向けてくる。

 そんな重圧に圧されて、言いたい事も言えずに我慢して頑張ってきたパイソンさん。

 同じ日本出身の俺相手だからこそ、自分を曝け出せているんだろう。

 そう考えると、何だか親近感が湧いてくる。


「……何だかごめんね、愚痴を聞いてもらって。喋りだしたら止まらなくなっちゃって」

「いえいえ! 逆に貴重なお話だったので全然気にしていませんよ」


 これで、そのドラゴンの住処には絶対に近付かないと心に決める事が出来た。

 人気者なんてまっぴらごめんだ。平凡が一番。


「さてと、僕はいかないと……この街に帰っても依頼は受けなきゃならないからね……」

「休み、取った方が良いんじゃないですか?」

「……今月、厳しいんだ。前回の依頼でお金使い過ぎて、貯金がスズメの涙ほどしかなくてね……泣きそうだよ。と言うか昨日泣いた」

「そ、そうなんですか……」

「……うん。じゃあ、またね」


 そう言って苦笑いを浮かべるパイソンさんは軽く手を振ってギルドを出ていった。

 身軽そうに見えてその背中に相当なものを背負っているんだな。

 本当に理不尽だ、この世界。

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