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最弱職のイレギュラー  作者: 華藤丸也近
第2章 俺以外の“転生者”
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第8話 お騒がせ銃撃娘

 その日の夜。

 夕食・お風呂を終えて俺は宿へと戻って来ていた。

 タオルを頭に巻いたまま俺はカウンター前のソファーに座り、ニルから受け取った絵本とにらめっこを続けている。

 教えてもらった文字を見比べてみてもほんの一部しか解読できない。

 パイソンさんの事もあるし、今はそっちに夢中だろうから……今度はいつ教えてもらえるか分かんないな。

 それよりも、この課題って……期限、いつまでだ?


「はい。温かい紅茶よ。どうしたのよ? 絵本なんか見て難しい顔して」


 ティーカップを二つ手にしたむっくんは片方のティーカップを俺の前のテーブルに置いた。

 むっくんが仕事帰りに勝ってきた新品のティーセットと紅茶らしい。

 紅茶の茶葉については詳しくないけれど、香りは爽やかで、甘さもくどくない。

 それになんだか、この香り……凄く落ち着く気がする。


「ありがとうございます。まあその、絵本でも読んでみようかなと思いまして……。この紅茶って何の茶葉を使っているんですか?」

「ベストラムの葉の紅茶なの。心を落ち着かせたり、ぐっすり眠れたり、そんな効果があるのよ」


 そう言って俺の隣に腰かけるむっくんは器用にティーカップを持って一口紅茶を飲んだ。


「……本当、何度飲んでも飽きないわぁ」


 うっとりした声むっくんは手を頬に当てた。

 相当美味しいのだろうか……それよりも、飲んだ紅茶がその体のどこに入っているのか凄く気になる。

 謎だ……普通に考えたら骨の隙間から飲んだり食べたりした物がダダ漏れになるでしょ。

 俺はそんな事を考えてむっくんを眺めながら紅茶に口を付けた。

 口に広がるくせのない甘さと爽やかな香り。

 それはスッと鼻から抜けて、自然とため息が漏れてしまうほどに美味しい。


「これ、美味しいですね!」

「でしょ? シロちゃんも分かる?」

「はい。これって……他にも茶葉ってあるんですか?」

「ええ。ムコルスとかミストーレ、パーマル、グラシフィール、レノス、ナーベルク……茶葉によって香りも味も効能も違うのよ。レノスはちょっとクセが強いから初めて飲むのには向かないし、ミストーレは凄く甘いから苦手な人はあんまりオススメしないわね」


 聞いておいてなんだけど、違いがさっぱり分からない。

 まあ、この世界にいる以上飲む機会はあるだろうから、その時に飲み比べてみるのもいいかもな。


「って……ごめんなさいね。読書の途中だったでしょう?」

「いえいえ! 読書って言うか……字が読めないので解読しようとしているところなんですよ」

「あら、そうなの? 良かったらアタシが読んであげようか?」

「え!?」


 むっくんはそう言って手のひらを見せるように手を差し出した。

 た、確かに……分からないままじっとにらめっこを続けるよりも読んでもらった方が理解しやすいかもしれない。

 それ以前に、むっくんの声で本を読んでもらえるなんて……最高だろ。むっくんはオネエの声だけど聞いていて癒される声だ。そんな声で本を読まれたら……多分、絶対虜になる。というか寝てしまう。けれど……。


「いえいえ……読み書きを教えてくれている人からの課題なので……その、むっくんにここで読んでもらうのはズルになっちゃう気がするんですよ。なので……ごめんなさい」

「いえいえ、良いのよ。アタシがここで読んじゃうのはその人に申し訳ないものね」

「本当、すみません……」


 むっくんの何気ない好意を断るのはかなり気が引ける。

 けれど、それを受けてしまったらニルとの繋がりを否定しているような気がしてならなかった。

 

「もう、本当に可愛いわね!」

「うわっ! ちょっと」


 むっくんはいきなり俺に抱き付いて自分の胸まで引き寄せた。

 ……やっぱり不思議だ。温もりなんて感じないはずなのに、むっくんの胸の中は温かで凄く安心する。

 硬い指で頭を撫でられるのも全然不快じゃない。スッと髪を掻き分ける指の感触が何となく心地いい。


「……お前ら、何をしてんだ?」

「ふぇあ!?」


 むっくんの温もりに酔いしれているところに、コルトが姿を現した。

 真っ白なルームウェアに身を包んだコルト。髪は普段と違ってお団子にしておらず、完全に下ろしている状態になっている。

 俺は驚きのあまり、むっくんから飛び退いてしまった。


「あら? コルトちゃん。コルトちゃんも一杯飲む?」


 むっくんは俺を抱きしめていた事も気にも留めずティーカップを持って指で指示した。

 なんかこう……もっと驚いても良いシチュエーションだったのに。

 なるほど……これが大人の余裕ってことなのか。

 …………って、何考えてんだ俺。


「いいや、トイレが近くなるから良い。それよりそこの出来損ない、ちょっと来てくれ」


 コルトは紅茶を断ると、俺を指差して覇気のない声でそう言った。

 いやいや……出来損ないって。


「なんかさ、俺の扱い日に日に酷くなってない?」

「気のせいだろ。それより早くしてくれ」

「……はいはい、分かりましたよ」


 俺の言葉にも面倒臭そうに軽くあしらい、まともに取り言ってくれない。

 本当……コルトとちゃんとやっていけるか心配になってきた。

 能力とか以前に、俺のメンタル的な問題で。


「済みません。紅茶、ごちそうさまでした」

「ええ。おそまつ様でした」


 俺はソファーから腰を上げて、残っている紅茶を飲み干した。

 むっくんにお礼を言って、コルトのもとへ向かう。

 コルトはそのまま何も言わずに顎だけで『付いてこい』と合図して、自分の部屋へと向かった。

 そういえば、コルトの部屋に入るのは初めてかもしれない。

 というか、女の子の部屋に入ること自体初めてかも。

 何だか……無駄に緊張するな。

 初めての経験に胸が高鳴る。

 もしかしたら……性格や見た目の割に部屋の家具とか色々女の子らしいものだったりして……。


「適当に座れ」


 コルトは部屋に入るや否や気怠そうにテーブルを指し示すと、まっすぐ棚へ向かって何かを探り始めた。

 コルトの部屋は多少甘い香りは漂っているものの見事に殺風景な部屋だった。

 ピンクとか赤とかそういう明るいインテリアなんて程遠い。俺の部屋と対して変わらないばかりか、多数の銃火器や薬の入った瓶、着替え、無造作に置かれた麻袋、古めかしいタンスや棚など、女の子らしさのかけらもない。


 ……うん。何となく分かってた。

 まあ、こんなコルトがいつは可愛いもの好きで、ぬいぐるみとかメルヘンな物とか集めていたらそれはそれで引くけどね。そんなギャップ全然萌えない。


 コルトの指示通り、俺はテーブルの椅子に座る。

 それと同時にコルトは透明な液体の入った小瓶を持ってきて俺の前に置いた。

 コルトはそのまままっすぐベッドに腰かけ、ナチュラルに服を脱ぎ始める。

 ……何してんだこいつ。何で服を……って!


「ちょいちょいちょいちょい!!」

「なんだよ、うるさいな」


 俺は慌ててコルトの両手を掴んで服を脱ごうとする手を止めた。

 コルトは心底不満そうに眉を顰めて俺を睨む。


「うるさいな、じゃねぇよ! 何ナチュラルに服を脱ごうとしてるんだよ! ナチュラル過ぎて脳内処理に時間かかったわ!」

「あ? 何言ってんだ? 別に騒がなくても下は脱がないからな?」

「そういう問題じゃねぇ! 急に服を脱いで何をする気だよ!」

「私は何もしないぞ。お前にやってもらうつもりなんだが?」

「……………………ふぁ!?」


 またも一瞬の思考停止。

 お、俺が一方的に? いやいや下は脱がないって言ってるし、そういう事はしないんだろうけど。

 ……いいや、まてよ? 俺に一方的にやってもらうって事は……。

 上は脱ぐけど、下は脱がせなさいよ的なやつなのか!? 

 いやいや、コルトはそんなキャラじゃないだろ! こるとはどちらかといえばこう……攻めるタイプだろ!

 それなのに何で?

 ……はっ!! まさか、まさかこれって!

 外では無愛想無気力キャラで通してるけど、二人きりの時は違うんですよシチュなのか!?

 だとしたら合点がいく。俺に対する扱いの酷さや不愛想な振る舞いは建前で、本当はいちゃラブしたいと……つまりはそういう事なのか!? 仲間になって一ヶ月も経ってないけどここの世界の人達にとっては普通の事なのかもしれない。

 ということはつまり、あの意味深な透明の液体は……ロ、ロロ、ローショ……。

 俺は緊張と期待のあまりゴクリと生唾を飲んでしまった。

 ど、どうしよう……天国の父さん、母さん。

 俺、色々な過程すっ飛ばして大人の階段上ってしまいそうです。


「黙ってないでそこの薬を背中に塗ってくれ。お前にやってもらわないと全体に行き届かないんだ。あ、ついでにマッサージもしてくれ」

「……え」

「何、間の抜けた顔してんだよ。さっさとしてくれ」


 そう言ってコルトは俺の腕を振りほどき、胸が見えないように器用に服を脱ぎながら俺に背中を向ける。

 ……ですよねー。

 うん。分かってました。

 だってコルトそんな事に一切興味なさそうだもん! 俺、期待なんてしてないからな!

 ぜ、絶対……期待なんてじでないがらなぁぁぁぁぁぁ!!

 そういう心の叫びとは裏腹に、俺の目には涙が溢れてきた。

 テーブルの上の小瓶を掴み取り、中身の液体を取り出してやけくそでコルトの背中に塗ったくった。

 少々背中の方にシミが出来ているような気がするが、そんな事、今は全然気にならない。


「なんだ、なかなか上手いじゃないか。気持ち良いぞ」


 畜生、こいつ嫌いだ!

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