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最弱職のイレギュラー  作者: 華藤丸也近
第2章 俺以外の“転生者”
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第4話 干渉…そして対話

 悪魔って……アレだよな? ブリッジで階段を駆け下りるアレだよな!?


「でも……どうして悪魔が?」

「人為的なものと考えるのが筋でしょうね。黒魔術によって呼び出した悪魔を、その武器に封じ込めているのだから。どのみち、シロちゃんに悪い影響を与えるのは間違いないわ。悪魔っていうのはそれが何であれ見返りを求めるものだから、シロちゃんが武器を使う事で何らかの対価を支払わないといけないわよ」

「対価って……命、とか?」

「あはは。悪魔とは言っても結構低級な悪魔だから命を奪う事はないわ。けれど、何度も言うようだけどシロちゃんにとって悪い影響を与える悪魔である事には変わりないわよ。何を対価に求めているのかは武器の“声”を聞けば分かる事だわ」


 隣に座るむっくんは人差し指を立ててそう言った。

 武器の声って……クローディア戦で死にかけていた時に聞こえてきた声の事なんだろうか。

 でも、武器から声がするなんてコルトやライムからも聞かされてないし、ヴェルガさんにもそんな事は聞かされていない。そもそも刀に浮かび上がった文字を見てコルトは不思議がっていたし、少なくともコルトの持っている銃には悪魔は憑りついていないんだろう。


「声って……刀が意思を持っているって事なんですか?」

「そりゃそうよ。悪魔が憑りついているんだから。持ち主へ干渉して、自らが求める物を対価に力を与える。それは憑りついている悪魔で様々よ。それに彼らは悪魔ではあるけれど義理堅い性格だわ。盟約に従って彼らが求める物を捧げれば力を貸してくれるわよ」

「盟約……。そう言えば、昨日の戦闘の時に声がしたんです。あれは確か……血と残酷の盟約って言ってたような」

「……え!?」


 俺が顎に手を当ててあの時の場面を思い出しながら口にしていると、むっくんが急に驚いたように声を上げた。


「え? な、何かまずかったですか?」

「い、いいえ! そうではないのだけれど……」


 焦ったように両手を振っていたが、急に思い詰めた感じで俺から目を逸らし、じっと自分の膝を見つめていた。

 何か知っていそうな気がするけれど……口籠るって事は言いたくないんだろうか。


「シロちゃん。悪魔との盟約については双方の間で既に結ばれたものはどうにも出来ないわ。悪魔の声を聞いて盟約を交わしたのなら、後は一つしかないわよ」

「後一つって……」

「悪魔の名を聞き出しなさい」


 むっくんは声のトーンを下げて俺をじっと見据える。表情は分からないけれど、その眼窩の奥に感じる目はかなり真剣なものに感じた。

 悪魔の名を聞き出す……一体どうすれば聞きだせるんだ? というか聞き出したところでなんになるっていうんだ? いいや……もっと気になる事は他にある。


「どうしてむっくんは、この武器に浮かび上がった文字を読めないのにそこまで知っているんですか?」

「……」


 俺の問いかけにむっくんは再び口籠ってしまった。

 生前の記憶がないって言ってたから多分これを知ったのはむっくんがアンデットになってからなんだろう。

 気にはなるけれど、言いたくない事を無理に聞き出すのは不躾だよな。


「ああっ! 今の質問は忘れて下さい。あまり言いたくない事ですよね」

「ご、ごめんなさいね。気を遣わせてしまって」

「いえいえ! 十分過ぎるほど情報を貰えましたから。ありがとうございます」


 俺はソファーから立ち上がり、むっくんに向かって頭を下げる。

 悪魔の名前の聞き方は分からないけれど、自分なりに何とかしてみないと……何か、そういうのには条件があるはずだから。


「本当、良い子よね。シロちゃんは……。悪魔の名前は盟約に従えば聞く事が出来るわ。最初の盟約は互いの干渉、次は対話よ。シロちゃん自身がその悪魔を呼び出すの」

「盟約に従えば対話が出来るって事ですか? 血と残酷の盟約に従うって……具体的にどうしたら」


 血と残酷の盟約って事は少なくとも血を捧げるって事だよな? じゃあ残酷って何だ? 何をすれば残酷を捧げたことになるんだよ。


「それは自ずと理解出来る事だろうけど……今、アタシからそれを聞いても、今のシロちゃんには難しい事だと思うわ。答えは自分で導き出しなさい」


 むっくんは優しく語りかけるように言いながら俺の頭をポンポンと軽く叩いた。

 何にしても、俺に対して悪影響の及ぶ盟約なのはむっくんが言うのだから確かだろう。

 どうにかして憑いている悪魔の名前を聞き出さなきゃいけない。

 そのためには、血と残酷について考えるのが先決だな。



「頑張ってみます」

「ええ。でも、くれぐれも自分を見失わないようにね。悪魔の与える能力は、時に盟約を交わした相手を豹変させるものよ。強大な力は心を狂わせるの。だから、シロちゃんもそうならないようにね」

「肝に銘じておきますよ」


 確かに、強大な力を手にすれば自信過剰になったり、好戦的になるなんていうのはありがちな話だ。

 むっくんの言葉には憶測とかそんな曖昧な感じじゃなくて、実際に経験してきたような重みを感じるし、この手の忠告は素直に聞いておくに越した事はないだろう。

 俺はアニメやゲームのようにはいかない。暴虐ルートのフラグはきっちり回避させてもらう。


「それじゃ、アタシはちょっと出かけてくるわね」


 立ち上がったむっくんはカウンターへ向かうと、紺色のローブと白い手袋を身に付けて、数枚の束になった紙を手に持った。ローブのフードから覗かせた顔はいつもの頭蓋骨ではない。そこにはそもそも頭なんて存在しないかのようにぽっかりと空いていた。


「あら? 忘れてたわ」


 手で顔の部分を探るような素振りを見てたむっくんがそう呟くと、両開きの棚の取っ手に手を掛けて開く。

 棚の奥の壁には仮面が立てかけられていた。どれも同じ表情……というか、目と口の部分を切り抜いているだけの物で個々に表情のある仮面とは言えない。ただ、仮面の形は若干の違いがあって、丸かったり、頬が膨れていたり、顎が長いものもある。

 でも、何だか妙に生々しい仮面だな。表情がないのに、何故かそれが生きているもののように思える。

 仮面の色も人の肌の種類に合わせたもので揃えてあるし。

 あれってもしかして……いや、まさかな。


「うーん。どれだったかしら?」


 むっくんは棚の前でいくつもの仮面を眺めながら時に仮面を手に取って見比べている。

 そして、しばらく悩んだ末に一つの仮面を手に取って顔に被った。


「これよこれ。この街じゃこの顔で通っているからね」


 自分の顔を両手で覆い隠し、仮面の位置を調整しているような仕草を見せる。

 両手を動かすたびにぐちゅぐちゅと不快な水音を立てる仮面。ローブの隙間から銀色の長い髪が唐突に垂れ下がり、ローブの隙間から見える脚には無いはずの肌が見えていた。


「ふー。これで良し」


 一息吐いて顔から両手を離したむっくん。

 頭蓋骨だったその顔は、中世的な顔立ちの若い男性の顔に成り代わっていた。

 整った顔。肌は女性と見間違えてしまうほど白く綺麗でシミやほくろ一つない。


「…………はぁ!?」


 何これ!? どういう事??

 むっくんってアンデットじゃなかったっけ? 何で顔があるんだ?


「な、ど、どういう事なんですか!? どうして顔があるんですか!?」


 驚きのあまりむっくんを指差して叫んでしまった。

 異世界だから、こんな当然と言わんばかりにナチュラルに肉体を再生させているけれど、俺にとっては信じ難い行為だからな!? 何!? アンデットって仮面を被るとと肉体再生可能なの!?


「え? さっきも言ったじゃない? 出かけてくるって。骸の姿で外に出たら大騒ぎになっちゃうでしょう? だから魔波を誤認させるローブと仮面を被っているの」

「で、でも……その顔って……」

「ああ。これはアタシ本来の姿ではないの。あくまで仮の姿よ」

「そ、それでも何で……肉体が?」

「うふふ。女の秘密は詮索しない方が幸せな事もあるのよ?」


 めっちゃ気になる! めちゃくちゃ気になるけどむっくんのあの意味深な笑みはヤバい!

 多分詮索したら消される! 全く敵意を感じなさせない冗談交じりの笑みにも感じたけれど、それでも詮索しない方が幸せだ。


「……あれ? いやいや、あなた男でしょう!?」

「あらら? 酷いわぁ。この前も言ったけれど心は女であるつもりよ?」


 ま、まぁ……確かに今の姿のむっくんは女性と見られてもおかしくはないのだけれど。


「って……そんな変装してまで出かけなきゃいけない案件なんですか?」

「ええ。色々と大変でね。頼まれているクエストを片付けないといけないのよ」

「え!? クエストを請け負ってるんですか!?」


 魔物がクエストを請け負っているってだいぶシュールな状況なんだけど……。


「そうよ? アタシがアンデットキングなのは知っていると思うけど、そういう事情から、アタシのようにアンデット化した魂を浄化するために動いているの。アルミィではこの姿のアタシが祈祷師として通っているから、クエストで動くときはこの姿にならなきゃいけないのよね」

「何でそんな事を? わざわざ変装までして……」

「誰かがやらなきゃいけない事なの。だから、アタシがやってるのよ。誰もやろうとしないんじゃ仕方ないじゃない?」


 アンデットって物理的な攻撃を加えても効果がない事もあったし、アンデットの対抗策としてむっくんの存在は大きいのか。誰もやらないんじゃむっくんが動くのも仕方ないよな。


「それじゃ、アタシは行くわね」

「あ、はい。頑張ってくださいね」

「ええ。もちろんよ」


 むっくんはそう言って俺にウインクを送ると、宿の扉を開けて外へと出て行った。

 一人取り残された俺は、そのままソファーに座って天を仰ぐ。

 コルトも部屋に戻っていったし、特にする事がない……。


「お腹空いたな……軽く何か食べに行くか」

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