第3話 悪魔的
コルトの理不尽な特訓を追えて、宿へ戻ってきた俺はコルトから、さっきの鐘について説明を聞いていた。
どうやらアルミィの街の南、商業街や住宅地を抜けたその先には広大な共同墓地と教会が存在しているらしい。
この世界ではもといた俺の世界と似た信仰があるようで、豊穣と勝利を司る神様を崇拝しているようだ。
この世界の人々は、死した者は天上へ行く事が出来るが、生前に罪を犯した者は地上に囚われ、その魂は生者への嫉妬と憎悪に染まり、アンデットとして人々を襲うようになると、古くから言い伝えられているようで、戦死した者の魂を鎮め、アンデット化を防ぐために鎮魂の鐘を鳴らしているらしい。
天上では、地上で過ごす事の出来なかった残りの寿命分を過ごす事が出来るらしく、その期間を過ごした後で再び地上へ降りて、生まれ変わる事が出来るのだそうだ。すでに地上で寿命を全うした魂に関しても結局は一度天上へ向かうが、速攻で地上に送り返されるんだとか。
こういう言い伝えってどこにでもあるんだな。まあ、罪を犯した魂はアンデット化するっていうところは日本とは違うけど、アンデット化するって事は無条件で人を襲うようになるんだよな? それを倒して冒険者は私腹を肥やしているんだから、何だか居た堪れないというか……罰当たりだよな。
でも、そうなると……この世界に地獄は存在しないって事か。俺にとってはこの世界そのものが地獄に感じるけど。
「コルトは墓地にいかなくて良いのか?」
「鎮魂の鐘が鳴ったって事はもう大体の事は終わっている。今更行っても誰もいないぞ。それよりも私は眠い」
そう言ってまた大きく欠伸をするコルト。
相変わらず突き離すような言い方だけれど、さっきのあの悲しげな表情が頭から離れない。
あの時に死んだ人の中に、思い入れのある人がいたのかもしれないな。
「そっか……」
ここで無理矢理墓地に連れて行っても、余計にコルトには辛い思いをさせるかもしれないな。
コルトの気持ちが落ち着いてからそれとなく行ってみるのも悪くはないだろう。
「じゃあ、私は少し寝てくる」
「ああ……分かった」
コルトはカウンターの傍のソファーから立ち上がって自分の部屋へと戻っていった。
俺はソファーへ寝転がり、鞘ごと刀を構えてまじまじと見つめる。
見た目はちょっぴり外見が違うだけで日本刀とさほど変わりはない。
少しだけ鞘から引き抜いてみると、やっぱり不思議な模様が浮かび上がっていた。それはコルトも視認出来ている。
何より不思議なのはこの刀の特性。魔物を一刺しで塵にしてしまうチート能力。魔物に限定されているところは弱点だけれど、例外なく魔物を塵に出来るのはお手軽というか……もしかしたら、魔法とかスキルを使えなくてもこれさえあれば戦えるじゃないか。これがあれか? 異世界チート物の能力って事か? 随分気付くの遅れたけど……これからが俺のターンじゃないのか!?
さっきの戦闘で怯えていた事も忘れて段々と自信というか、余裕が沸き上がってくる。
「珍しいものを持っているのね」
「え? うぎゃぁぁぁぁぁぁl!!」
寝転んだ状態で自分の武器を眺めながらニヤニヤとしていた俺の顔を覗き込む、頭蓋骨。
光の加減と未だ慣れない異形な存在に俺は情けない声を上げて飛び起きる。
すぐにむっくんだと分かったけど、さすがにその破壊力は慣れない。
「あらら。驚かせちゃったわね。ごめんなさい。珍しい武器を持っているものだからついね」
頬を指でポリポリと掻きながらむっくんは申し訳なさそうに言う。
珍しいって事は……もしかしたらむっくんはこの刀について知っているのかもしれない。
「知っているんですか?」
「いいえ。見るのは初めてよ。ただ、鍔のない剣なんて珍しくってね」
むっくんは俺の手の中にある刀まじまじと見つめながら顎に手を当てている。
刀、という点には珍しいと感じていないのか。まあ、確かに唾のない刀自体あまり見慣れないのは俺も同じだけど。
「あっ、そういえば……むっくんってこの模様に見覚えはないですか?」
おれは思い立って刀を引き抜き、むっくんへ見せてみた。
むっくんは結構頭がよさそうだから色々と知識を持っていそうだ。出来る事ならニルにも聞いてみたいけれど、ニルが今、どこにいるのかも分からないし、情報は多い方が良い。
「どれどれ? 見せてみて」
俺は刀の柄を両手で握り、切っ先を天井に向けた状態で刀身に浮かび上がった模様をムックんに見せる。
むっくんは前屈みになりながら刀身の模様に目を近付け、じっと眺めている。
「これって……」
しばらく模様を眺めていたむっくんは神妙な声を漏らして腕を組み、その場をウロウロと歩き回った。
あれでもない、これでもないとブツブツと呟き、結構悩んでいる様子だ。
「何かわかったんですか?」
「そうね……あんまり言わない方が良いのだけれど」
俺が問い掛けるとむっくんはかなり答えを渋っていたようで少しだけ考え込んでいた。
だが、渋々と言った感じでむっくんは俺の隣に腰を下ろす。
「その武器に浮かび上がっている模様はね、模様ではないのよ。正しくは文字ね」
「も、文字!? でも、俺がこの街でいつも見かけている文字とはなんか違うような……」
刀に浮かび上がっている模様は……図形を組み合わせたり、適当に線で書き殴ったような感じに見えたけど……これって文字だったのかよ!?
「これは古代文字よ。今じゃ衰退してしまってるわ。アタシも解読できるまでには至らないのだけどね」
「そ、そうなんですか……」
こ、古代文字って……何でそんなものがこのタイミングで俺の刀に!?
原因があるとしたら、あの声が聞こえた時からって考えるのが妥当なんじゃないのか!? 盟約とか何とか言ってたし。
「まあ、ただの古代文字なら良かったんだけど……これは、結構……嫌な感じね」
刀に浮かび上がった模様ならぬ文字を見ながら、むっくんは低いトーンで言う。
その言葉は妙に重みを帯びていて、並々ならぬ緊張感が漂っていた。
「嫌な感じって……」
「古代文字――サクリス。基本的には黒魔術を扱う際に使われていた文字よ。しかもこの武器に浮かび上がっている文字はかなり悪魔的ね。所有者に悪影響を及ぼすタイプの。文字は読めないけれど、アンデットの私にはこの武器から悪魔的なオーラを感じるわ。かなり禍々しくて、寒気がするほどにね」
「持ってたら悪影響があるんですか!?」
「そうね……武器に込められた黒魔術って事は悪魔が封印されていると考えて間違いないわ。禍々しさから言って、友好的な悪魔ではなさそうね」
……え? 悪魔だって!?




