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最弱職のイレギュラー  作者: 華藤丸也近
第2章 俺以外の“転生者”
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第2話 浮かび上がった模様

 雲一つない青空。太陽は天高くに昇り、暖かな陽気と草花の香りが漂う風が俺の鼻を掠める。

 ただただ広い草原のど真ん中で、俺は刀をにぎりしめ、子供のように一心不乱に…………逃げ回っていた。


「ふざけんなクソ! うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 逃げ回る俺を執拗に追いかけるマガリイノシシの群。その数、10体。

 モニカと討伐した時とは倍の数のマガリイノシシがいきなり現れて、俺に襲い掛かってきた。

 しかも、モニカと討伐したマガリイノシシよりも図体が大きい。あんな体で突進されれば無事では済まないはずだ。


 そんな中、逃げ回る俺を、コルトはまるで他人事のようにボケーッと見つめていた。


「お、おい! 見てないで助けてくれよ!」

「何言ってんだ。特訓だって言ったろ、逃げてないで戦え」

「アホか!? 1体だけなら未だしもこの数はさすがに無理だって!」

「そうか……なら死ね」


 必死に叫ぶ俺に、冷たく言い放つコルト。

 その間にもマガリイノシシとの距離はどんどんと狭まっていく。脚力にも持久力にも自信のない俺は、徐々に体力を奪われつつあるが、さすが異世界。魔物の生命力は並のものではないようだ。1体とて、他のマガリイノシシと後れを取るような事はない。


「やっぱりお前は鬼畜だぁぁぁぁ!!」


 俺の叫びに全く反応せず涼しい顔でじっと俺を見つめるコルトは懐から小さなフラスコを取り出した。赤い絵の具を水に溶かしたような液体が入っている。

 コルトはそれを目の前に放り投げ、フラスコは何の抵抗もないまま地面に落下した。割れたフラスコから漏れ出た赤い液体は空気に触れると瞬時に気体になって、辺り一面に漂った。


「な、なんだ!?」


 その直後、辺りの草むらから様残な魔物が次々に飛び出してきた。それは狼だったり、巨大な蜘蛛だったりカマキリだったり……様々な魔物は、すぐに俺を標的にすると、すでに俺を追いかけているマガリイノシシに加わる。


「おいおいおいおい! 何をしたんだ!」

「撒き餌だよ。魔物を誘き出すための臭いを放つ液体が入っている。液体は空気に触れればすぐに気化して風に乗り、周りに潜んでいる魔物を誘き寄せるんだ」


 コルトはもう一つ隠し持っていた撒き餌を取り出して、俺に見せびらかしながら説明した。

 ま、撒き餌? いやいやいや!? ただでさえマガリイノシシから逃げるだけでも精一杯なのに、何でこんなに魔物を誘き出す必要があるんだよ!?


「鬼! 悪魔! 人でなし! おかしいだろぉぉぉぉぉ!」

「おうおう、文句を言えるほどには余裕があるみたいだな。駄弁ってないで戦えよー。昨日の臭いセリフはどうしたんだー」

「臭いとか言うな! ていうか、昨日の今日でいきなりこんな無茶ぶり、さすがにやり過ぎだ! 殺す気かよ!?」


 大体、何で撒き餌を放った本人が魔物に襲われないんだよ。

 俺は怪訝に思いながらコルトの方を見つめると、コルトの周りに歪んだ壁のようなものがチラチラと見えた。

 普通なら魔物にはコルトの姿は見えていないはずだ。

 まさかこいつ、自分だけ魔物に認知されない魔法でも使っていやがるな! なんて奴だ!


「ああもう! やるよ! やればいいんだろ!」


 俺は踵を返して刀を構え、向かってくる魔物を迎え撃つ。

 マガリイノシシ10体に加え、巨大な蜘蛛とカマキリ。溶解液を吐き散らしながら突き進む蜘蛛と切れ味の良い鎌の腕を乱雑に振り回すカマキリは、マガリイノシシを蹴散らしながら俺に迫る。

 ああ……なんというか、こうして見るとマガリイノシシが可哀想だ。完全にとばっちりじゃないか。同じ魔物でもやっぱり弱肉強食なんだな……。

 でも、都合は良い。数が減ればこっちのものだ…………って、そんなわけあるか! 尚更無理だろ!

 溶解液を浴びたマガリイノシシも鎌で斬られたマガリイノシシもたったの一撃で死んでる! マガリイノシシでさえ一杯一杯なのにこんなのを二体も相手に出来るか!


「グギュウウウウウ!! グイイ! グイイ!」

「ギュルルルルルルルル! ギュルル!!」

「おおー、こりゃ予想外だ。頑張って戦えー、死ぬぞー」


 何とも言えない音のような鳴き声を上げて、尚も迫る二体の魔物。

 コルトはこんな状況になっても、相変わらず他人事のように軽々しく言い放つ。

 手を貸す気は毛頭なさそうだ。だったら、やっぱり戦うしかないのか。

 まあ、これくらい乗り越えないと……モニカだって頑張っているはずだ。

 強引なやり方ではあるけど、コルトは強くなりたいって俺の気持ちを汲んで、あえて悪役を買って出てくれている。楽しんでいるのは……まあ、考えないとして。

 やってやるさ。あのクローディアだって倒せたんだ。何で倒せたのかなんて分かんないし、未だに実感なんて湧かないけど……何とかなるだろ!

 先にやるとしたら、あのカマキリだな。なるべく殺傷能力の高い攻撃を仕掛けてくる魔物から片付けないと。

 比較的足の速い蜘蛛は八本の脚を駆使してその距離を詰めてきた。

 俺は瞬時に動けるよう身を屈めて、ギリギリまで蜘蛛を惹き付け、寸でのところで躱した。

 蜘蛛は8つも目が付いているけれど、だからと言って目が良いわけじゃない。ピントがずれてぼやけて見えているって本で読んだことがある。こいつは後回しだ。

 蜘蛛は視界から標的を見失ってもそのまままっすぐ尽くす済んだ。

 間髪入れずに今度はカマキリの鎌攻撃が襲い掛かる。地に膝を付いていた事と蜘蛛の突進を躱した直後で判断が鈍った事が重なって、俺は仕方なく刀を頭上で構えて鎌攻撃を防ぐ。

 だが、カマキリはそんな事お構いなしに何度も何度も鎌攻撃を仕掛けてくる。刀で抑え込んではいるけれど、一発一発が重い。押し返せる気がしない……だったら。


「うらぁ!!」


 俺はカマキリの鎌攻撃を見計らって、刀に掛けたままの片方の鎌を押しのけ、片方の鎌攻撃をギリギリで躱す。そのままカマキリの懐に転がり込み、胸部の下に刀を突きさした。

 途端に動きの止まったカマキリは緑色の塵となって消え失せる。

 最初にマガリイノシシを討伐した時と同じだ。コルトがマガリイノシシやオルクスを倒した時と違って、俺の刀で斬った魔物は消滅してしまう。という事は……。

 辺りをキョロキョロと見回す蜘蛛はゆっくりと振り返ると、再び俺に突進してきた。

 多分、この刀は……一度攻撃を与えた相手を消滅させることのできる刀なんだろう。でも、クローディアが倒された時、コルトやモニカは消滅したとは言わなかったから、この力は魔物に限定されるってところか。

 何だっていい。今は目の前の魔物を倒す事に集中しなきゃ。

 突っ込んでくる蜘蛛を横に躱し、蜘蛛がこちらに向く前に刀を蜘蛛の体に突き立てる。

 力を失った蜘蛛はだらしなく脚を伸ばすと、黒い塵となって消滅した。


 よ……ようやく終わった。もう今日は戦いたくない。

 俺は刀から手を放してその場に座り込んだ。足も腕も痛い。こりゃ、明日には筋肉痛になりそうだな。


「おー、お疲れ。ふぁぁぁ」


 やる気のない声でコルトは労うような言葉を投げ返る。

 心底眠たそうな顔で、しかも欠伸までしやがった! 本当、こいつは!!


「ああ……疲れたよ」

「まあ、あの程度じゃまだ戦えるとは言えないな。その刀の力は……ん?」


 コルトはそう言いながら俺の刀に目を向けると、怪訝そうな声を上げて首を傾げた。

 刀の傍に座り込み、じっと顔を近付ける。


「お前、この刀の刀身に……何か、模様みたいなものが浮かび上がってるぞ」

「え?」


 俺は這うように刀に近付いて見てみると、確かに刀身全体には模様のような奇妙なものが浮かび上がっていた。それは片面だけでなく両面に。対称的な模様のようだ。そのまま柄の方へ目をやると、今の今まで茶色の球がはまっていただけの窪みに緑と黒の球もはまっていた。何なんだ? 一体。


 考えている最中、アルミィの方で重い鐘の音が鳴り響く。

 相当大きい鐘なのか。街の正門からかなり距離のあるこの場所にも聞き取れないほどではないが僅かに聞こえてくる。


「何だ!? また奇襲か!?」


 俺は慌てて立ち上がり、刀をとって駆け出そうとするが、コルトはゆっくりと立ち上がって街の方を見ると、何故だか表情を曇らせた。あまり表情を変えないコルトだが、どこか悲し気な雰囲気を漂わせている。


「どうしたんだよ?」

「ああ……あれは奇襲を知らせる鐘じゃないぞ」


 コルトは俺に目を合わせようとせず、足元に目を向けたまま口を開いた。

 奇襲を知らせる鐘じゃないなら、一体何のための鐘の音なんだ?

 俺が顔を顰めて首を傾げていると、コルトは俺の方へ目を向けて悲しげな表情を見せる。


「あれは、鎮魂の鐘だ」

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